99.セプテンバー計画
俺は、4人に支えられながらタブレットが置いてある椅子に座り直る。
谷田貝に捻られた左腕が、折れてはないが未だにジンジンと傷んだ。それを摩りながら、画面の長井に向き直る。
「黒幕の正体、どうしても今言わないと?」
「あぁ、だから俺の提案を聞け」
「私も自分の命が懸っている、谷田貝が加減をするなら今度は別の者に尋問させに行くまでだ」
「これだけは誓って言う。ダークが続行可能ならコンドルはあんたに手を出さない」
「何故そう言い切れる?」
「“コンドル”という鳥は狩りをしない。基本的に死肉を喰らうからだ」
長井は失笑した。
「そんなものは根拠にはならない」
「いいや、おかしいと思わないか? 糸原高成があんたの殺害に失敗して、わざわざ今度は俺を嗾けた。ダークという周りくどい手段を使っているのに、文句一つ言わずただ静観している。
奴は可能な限り自分の手を汚したくないんだよ。安全圏からあんたが悶え苦しむのを、高みの見物をしようとしている。あわよくばダークがあんたの面の皮を剥がした瞬間、横から美味しいところを掻っ攫おうとまでしているかもな」
俺の背後に立つ谷田貝の表情は窺えなかった。
だが多分、間違っていない。コイツは人が怒ったり苦しむ顔を見るのが、大好きだからだ。
長井を殺したい動機はまだ分からない。だがこの男の性格上、ただ殺してはつまらない……、そこまで考えていてもおかしくはない。
「ハハ、しかしその口振りだと、もう一度ダークをやるという様に聞こえるが?」
「あぁ、それが提案だ。俺に協力しろ。あんたの協力があればダークを復活させられる」
「!?」
場にいる全員が驚いて俺の顔を見た。
誰もが正直、この状況でダークを復活させるなんて思いもしなかっただろう。
「そしてあんたを囮にして、コンドルを誘き寄せ捕まえる。ダーク……俺の誘いなら、コンドルは必ず現れる」
谷田貝が、背後で笑いを堪えて肩を震わせているのが分かった。
長井は高笑いした。
「ハッハッハ……! どうやって復活させる? 君の素性はもう警察にバレているのに?」
「詳しい事は俺の計画が纏まってから話す。だが前提条件として、あんたが囮になる為に当日現場に居合わせる事が必須事項だ。
そして宝石は盗まないから利益は出ない。資金を出せ」
「幾らだ?」
俺は右手を開いて言った。
「5億だ」
「5億!?」
4人 (エリンギでさえも)は素っ頓狂な声を出した。
しかし長井はただ口角を上げたのみだった。
「図々しいな。私の協力を仰ぐどころか金まで錆びるとは」
「俺はあんたの命を助けようと言ってるんだが? それに5億なんてあんたにとって端金だろ。お前のシモを拭く紙がそれくらいの値段じゃないか?」
「アッハハハハ!」
長井は腹を抱えて笑った。
「君の冗談は面白いが。その計画に協力するにしても、やはりコンドルの正体を知らないのは私だけ不利な状況だ」
ハァと、俺は深いため息を吐いた。
話が堂々巡りだ。このままではいずれ、俺の方が押し切られる……。
「総理〜、もう諦めろよ」
谷田貝もいい加減助け舟を出してきた。
「実際国会事件から1年以上、総理を殺そうとした人間は現れてねぇだろ? それが確かな証拠じゃねーか。糸原の言う事は信じて良いと思うぜ。オレもアンタの周りにスパイがいる可能性は高いと思うしなァ」
「……」
……コンドル本人が言うのなら間違いない。
長井は鼻から長く息を吐いた。
「……分かった。但し君の計画に協力するにあたり、私からも条件がある。二つだ」
「何だ」
「一つ目、コンドルと一緒に当初の計画通り、平野も葬りなさい」
……ついでみたいに言うな。当然、土壇場で上手く欺いてやるが。
「良いだろう。二つ目は」
「作戦は8月中に行いなさい」
「何故? 却下だ。俺の執行猶予期間は今日から5ヶ月――8月21日までだ。自由に動けるのが10日しかない。準備期間にしては短過ぎる」
「私が9月以降、君達に関与している暇が無くなるからだ」
「だから何故? 9月に何がある?」
ハッと、長井は笑って言った。
「これは超極秘プロジェクトなのだが、まぁ君達になら特別に言ってもいいだろう。9月1日、“セプテンバー計画”を実行する。より日本が豊かになり、皆が幸せになる素晴らしい計画だ」
「は?」
……何だその微妙にダサい作戦名は。
「具体的に言え。どんな計画だ」
「某国にミサイルを落とし、開戦の狼煙とする」
「!?」
皆が……谷田貝ですら寝耳に水だったようで、言葉を失った。
これはまた、とんでもない話になってきた……。
戦争を仕掛けると言うわけだ。理由は単純明快。金儲けだ。
戦争はその必要物質の需要が高まる事により一部の企業は潤う。既得権益によってズブズブな長井のお友達企業を、儲けさせるのが目的だろう。
確かに一部の人間は今以上に潤い、幸せになる。だが大多数の庶民は、死ぬかその瀬戸際まで追い込まれる。
大広間で長井がダークの配信を乗っ取った時、奴は『大規模な減税を約束する』と豪語した。
長井にとってプラスになるとは思えない宣言に、何かあるとは思っていたが……、コレだったか。もう多少の税収の変動なんてどうでも良くなるほどの計画があったからだ。
俺は……別に日本の未来の事なんて正直どうでも良いし、エリンギみたいに顔も知らない大多数の人間の幸せを願ったりはしない。
だが、俺たちにとっても有事になってしまえば無関係では無くなってしまう。今後さくら号で菓子を食いながら無駄話をするような――そんな平凡な事すら、出来なくなるかもしれない。
コレは……、何としても止めなくてはならない計画だ。
嫌でも8月中にこの暴君――長井を地の底に落とさなければ、俺たちに未来はない。
「そんなに面白い話だったかな?」
俺は、顔を抑えて笑ってしまっていた。
「あぁ、全く、あんたと言う人は清々しい程の悪人だと思ってな……」
「フフフ、今日警察から釈放された君に言われたくはないね。それに私は高尚な人間からはとても人望があり、尊敬されているのだよ? 君たち低俗な庶民にはとても理解出来ないのかもしれないがね」
「フッ。低俗な庶民の俺と、こうやって対等な交渉をせざるを得ないのはさぞ屈辱だろうな」
「対等? 君が言っただろう、5億なんて私にとって塵紙程の価値しかないと。それで手懐けられるなら安いものだ」
……そこまで言うなら、もっと高値を詐取すれば良かった。
「作戦は8月中に行う、この条件も呑んでやるよ」
「では話はここまでだ。忘れるな糸原、それから他の4人も。君達は全てが終わるまで警察だけでなく私の監視下にあると言うことを。
君たちの誰が裏切り者なのか、分からない限りは一生その存在に怯え続けるといい。前回彼のせいで失敗したのだから。フフフ……」
「……」
長井はその事に関して余程の自信があるようだが。
残念ながら俺はもう、その件に関しては対処出来る段階にいる。
長井との通話が切れた。
……何とか、なった。
俺は脱力して、椅子にもたれて息を吐いた。
「糸原ぁ」
谷田貝は満面の笑みで、俺の肩を叩いた。
「お前は本当に最高だ。ありがとうよ、ククク……」
俺は谷田貝の肩を払って、舌打ちした。そして睨みつける。
何が『最高』かと言えば、俺が『長井を囮にしてコンドルを誘き寄せる』約束を取り付けたからだろう。
コイツにとって恐らく、最高のステージを用意することが出来る。だが、お前の思い通りにはさせない。長井は倒すべきだが殺させはしない。
親父とコイツがどういう接点があったのかまだ分からないが、長井と谷田貝の因縁に無関係な親父を巻き込んで、殺人犯に仕立て上げて間接的に殺した。
毎日毎日俺の盗撮写真を送りつけられて、しかもそれを俺自身には一切明かさず、親父は一人本当に気が狂う程苦悩したに違いない。
長井を殺すという、温厚で他人想いの性格からはとても考えられない決断をせざるを得なかった親父を想うと、今でも血の涙が出る想いだ。
どんな事情があれ、優しい親父に漬け込んだお前を俺は絶対に許さない。
谷田貝、お前も長井と一緒に地獄に落とす。
「用が済んだならさっさと失せろ」
「褒めてるのにそんな睨むなって。じゃあまた連絡するからな。色々と楽しみにしてるぜぇ……ククク……」
そう言い残して、谷田貝はさくら号を出て行った。
「……」
残ったさくら号5人組。
皆、何とも言えない表情でいた。
「タカ、腕大丈夫……? 氷持ってくるね」
そう言ってひかるは、キッチンへ行った。
残った3人は、気まずそうに適当な場所を見ている。
……発言すべきは、俺だ。




