98.三者三様、一触即発
「タ、カ……」
玄関扉を開けると、恐らく待っていたであろうひかるが、俺の後ろに立つ谷田貝を見て青ざめた。
「よぉミミズちゃん、久しぶりぃ! 邪魔するぜぇ」
「ひかる。他の3人は」
「ダイニングにいるよ……」
ダイニングに入ると、谷田貝の姿を見るなり他の3人も驚き椅子から立ち上がった。
「谷田貝……!?」
「何デ!?」
「おいっ、帰って早々なんてヤツ連れて来てんだよ!?」
そういう反応にもなるだろう。俺の事を怒って問い詰めるつもりで待っていたんだろうから。
俺は横目で谷田貝を見た。
「説明くらいさせろ」
「通話の準備してる間なら良いゼェ」
そう言って谷田貝はタブレットの操作を始めた。
俺ははぁと息を吐いて、目を伏せて口を開く。
「悪い、いきなりこんな事になって」
「いや、悪いとかじゃねーだろ……!」
「まず、帰ったら最初に謝ろうと思ってた。名前の件、ずっと嘘をついていて本当に悪かった」
「……」
3人は、変わらず眉間に皺を寄せて俺を睨んでいる。
分かっている、ただ謝って済む話じゃないという事は。
「だが弁解は後にさせてくれ。今はこの状況を打開するのが先だ」
「どういうことか説明しておくれ」
「留置場にいる間、俺は長井と面会してこう言った。国会事件には糸原高成を嗾けた黒幕がいて、ソイツは今も尚お前の命を狙っていると」
「!?」
「これは嘘じゃない、事実だ。だが俺が面会の場でそれが誰か言わなかったから、長井は俺を釈放し、今こうして警察に顔が割れていない谷田貝が俺を吐かせに来ている訳だ」
「え……っ、タカは黒幕が誰か分かったの?」
「……」
今のこの状況。改めて整理すると。
まず、恐らくこのダイニングにも盗聴器が仕掛けられていて、今この会話も長井に漏れ続けている。
そして国会事件の黒幕――コンドルは今隣にいる谷田貝で、それは長井に知れてはいけない。
谷田貝としても体裁的には俺に黒幕を吐かせないといけないから、腹の内を長井に知られないようにあらゆる手段を使ってくるだろう……。
つまり、今この場で4人に俺が板挟みになっている状況が説明出来ない。
「今から長井と話すから、聞いていてくれ。ただ、俺がこの後どういう状況になろうと、手出しせずに見ていろ」
「どういう意味……?」
「……多少目に余る光景になっても、目を逸らしていてくれという事だ」
はぐらかして言う俺に、ひかるは露骨に不安な顔になった。
「糸原、座れ。準備出来た」
谷田貝の言う通り、椅子に座る。その俺の背後に腕組みをして谷田貝が立った。
机に置かれたタブレットには、ニヒルに笑う長井が映っていた。
「やぁ糸原くん。釈放おめでとう。仲間との感動の再会は済んだかな?」
「……」
……それを現在進行形でお前らが妨害しているくせに。
「さぁて、早速本題に入るが。私が君を執行猶予にして釈放した理由は、分かっているね?」
「……」
「面会の後君に言われた通り、実家の方を探させてもらったよ。本当にあった。糸原高成とコンドルを名乗る男がやり取りをしていた記録がね。
ハハハ、本当に哀れな男だな君の父親は。要するに君を人質にされ脅されて、コンドルの要求通り嫌々私を殺そうとした。……君を守ろうとして死んだ訳だ」
「!」
それを聞いていた、まさかりさん・エリンギ・じーさんが息を呑んで俺を見た。
俺は3人から目を伏せた。
「ならば私と君の目的は一緒な訳だ。コンドルを捕まえる……、いや君は復讐のため殺したいのかな? 私はどちらでも構わない。
君と手を組みたい。だから教えてくれないか、コンドルの正体を」
俺は少し荒ぶる心臓を落ち着かせる為に、鼻から静かに息を吐いた。
「言えない」
「は?」
「言った筈だ。もうコンドルはいつでもあんたの喉元を切り裂ける距離にいる。俺があんたに伝えた瞬間、ソイツは口封じの為に今すぐあんたを殺しに行く」
「ハハハ、何の為にこうして密室でビデオ通話していると?」
「密室? こんなにギャラリーがいるのに?」
「……まるで君らの中に、黒幕がいると言うような口ぶりだな」
谷田貝が、背後から俺の肩を掴んで強く握った。
ジワリと、嫌な汗が出てくる。
「今、何人で盗聴している?」
「うん?」
「仕掛け直したんだろ、盗聴器。誰がやったのかは知らないが。
そして24時間、俺たちの会話を聞いて動向を監視している訳だ。それならばこれまでの俺たちの会話やダークの作戦が全て、あんたらにダダ漏れだったのも説明がつく。まさか総理大臣という職務をこなしながら、一人でやっている訳がないだろ?」
「……」
「一体どういう素性の人間に依頼しているかは知らないが、全員本当に信頼できるのか? ソイツらの交友関係を全て余す事なく調べたのか?
俺は今あんたとの会話から、直にコンドルに伝わるとは言っていない。ただ、奴の所謂スパイがあんたのすぐ側にいる可能性が高いから懸念しているんだ」
長井は少し、考え込んだ。
そして再び目線を上げて、俺ではなくその背後に目線を向けた。
「……谷田貝。君はそこに何の為にいる?」
「アァ?」
次の瞬間、谷田貝は俺の後頭部を掴み机に叩きつけて押さえつけた。
そして俺の左腕を、後ろ手に目一杯捻りあげる。
「い……ッ」
「タカ!」
「手出しせずに見てなミミズちゃん。誰もこの場で死にたくなければなァ」
ひかるが悲鳴に近い声をあげ駆け寄ろうとしたのを、谷田貝が制した。
「仮にそのスパイとやらに聞かれたとしても、先手を打って対処すれば良いだけの話。対策はすぐに考える。今は早くその正体を言いなさい」
「っ……」
「吐け糸原!」
長井が怒鳴るのに合わせ、谷田貝は俺の左腕を捻る力を強めた。
物凄い力だ。打ちつけた額の痛みと左腕の激痛に顔が歪む。
コイツ……! 自分だって俺に吐かれたら困るのに、加減というものを知らないのか!?
俺は頭を机に抑えつけられた状態から、谷田貝を強引に睨んだ。
笑っている。
……ふざけているのかこの男は。
今この状況で、俺が絶対に言わない事を分かって、苦痛に悶えるのを面白そうに見ている。
クソ! このクソ野郎……ッ!
負けてたまるか……っ!!
「ハハ……、ハハハハハッ」
俺は腹から声を絞り出して、笑った。
痛みで声が震えながらも、虚勢を張る。
「分からないのか長井。俺はお前が殺されるリスクを鑑みて、配慮してやってるんだぞ。
バカか? 死にたいのか? それでも俺と一緒に心中したいと言うなら、大声でその名を叫んでやるが?」
「……何だと?」
「俺は死んでも言わないぞ」
俺の声が震えるのに、長井は嘲笑した。
「谷田貝、吐かせろ。腕の一本くらい折っても構わない」
「……ハァ〜」
谷田貝は俺の腕を強く引き上げ、椅子から立ち上がらせた。
そして俺の髪を掴んで、腹に膝を突き上げ減り込ませた。
「あ……ッ」
身体が浮くほどの衝撃に、俺はそのまま床に倒れ込んだ。
息が出来ない。腹を抑えて悶える。
「タカ!」
「大丈夫か!?」
4人は堪らず俺に駆け寄った。
谷田貝は俺に構わず、画面の長井にヘラヘラと言う。
「総理。これだけやってコイツが吐かねえなら、オレはここから手を引くぜ」
「何だと?」
「オレの状況も察してくれねぇか? 今ここは警察が見張ってる、コイツが今ここで派手な怪我をしたら、目をつけられるのはオレだ」
「ハハハ、君も私に逆らうのか? 君の肩には小渕の組が乗っている事を、忘れたのかな?」
……その時、一瞬。
谷田貝から信じられない程強い殺気を感じた。獅子の歯噛み――とでも表現しようか。憤怒を刹那に爆発させる様な表情だった。
しかしすぐにそれを押し殺し、谷田貝は笑う。
「小渕に何かあったら、そのコンドルとやらよりも先にオレがお前をぶち殺すぜ?」
「フフフ。その言葉、肝に銘じておこう」
「どうしても吐かせたいなら自分で糸原を殴りに行けよ。テメェは何のリスクも冒さずにオレにお願いしてる立場だろうが? アァ?」
長井は、露骨に悲しそうな顔を作って言った。
「君は分かっていて酷いことを言うね……。糸原には警察の監視の目がついている。警察に捕まったのを利用して、今は警察に守られている。全く腹立たしいよ、転んでもタダでは起きない男という訳だ」
長井と谷田貝が言い合っている間に、俺は息を整えて起き上がった。
泣きそうなひかるはともかく、まさかりさん・エリンギ・じーさんにはもう怒りの感情はない。ただただ心配そうに俺の肩を支えた。
「タカ……っ、こんな、酷いこと……っ」
「ネェ、大丈夫??」
「腕、真っ赤になっとるぞ……」
「あの野郎……、オレやり返すか!?」
「やめとけ、返り討ちに遭うだけだ。それよりもまだ、話は終わってない……」
俺は4人に支えられながら、立ち上がった。
「おい長井。コンドルの正体は言えないが、その上で提案がある」




