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97.全ての元凶

 


 青山の運転する車がさくら号に着く。


 2週間半ぶりのさくら号は、最後に見たときと変わらず佇んでいた。何だか懐かしさすら感じる。

 俺の頬は思わず緩んだ。


「糸原、利き手じゃない手を」


 車が停まるなり、青山は運転席から振り向いて言った。

 怪訝に思いながら、俺は左手を差し出す。


「悪いな、これは義務だから」


 青山は俺の手首に腕輪をはめた。

 一見ただのブレスレットだが、カチッとはめ込んだ音は尋常じゃなく頑丈そうな音だった。


「執行猶予の期間中、お前は警察に監視し続けられる。特にお前の場合は、リーダーに接触する可能性があると思われてるからな。

 この腕輪は位置情報を監視側に送り続ける。つまりお前の行動は今後5ヶ月、24時間ずっと把握される訳だ。昼夜問わず屋外は尾行もつく」

「やむを得ないな。盗聴の機能もあるのか?」

「いや、それは大丈夫だ。ただそれを無理に外そうとすれば、警察がすっ飛んでくるから気をつけろ」


 さらに携帯の通話電波もメッセージも傍受されるらしい。

 警察にとっては、俺はダークの(存在しない)リーダーを誘き寄せるエサ。この5ヶ月はプライバシーも人権も何もない。


「で、屋外の尾行というのは今日からか?」

「あぁ、今日は俺がこのまま見張ってる」

「多分、これからすぐ俺に来客がある」

「は? 釈放された直後だぞ?」

「長井の手の者だ」


 青山は、ハッと息を呑んだ。


 長井にとって、国会事件の黒幕というのは現在進行形で自身の命を脅かす存在。

 1秒でも早く俺の口からその正体を吐かせたいだろう。来るなら間違いなく、今日だ。


「そうか……。お前から強引に何かを聞き出す為に、長井は急いで釈放した訳だ」

「察しが早くて助かる」

「俺も同席するか? 用心棒として」

「バカ、俺とあんたが手を組んだ事が早速バレるだろ。それにあんたがいる限り、向こうも顔を出して来ない」

「それもそうか……。じゃあ普通に来客を報告するが、当然ソイツの事も捜査の手が及ぶぞ」

「あぁ。あんたはただ静観し、ありのままを捜査本部に報告すれば良い。ただ、恐らくそいつの事を調べても何も出ない。その辺り奴等も無策な訳がないからな」

「……まるでもう、誰が来るか分かっているような口ぶりだな」

「……」


 俺の読みが正しければ、100%アイツが来る。

 

「誰なのか俺にも言えないか?」

「だから、まだアンタのことを信用した訳じゃない」

「はぁ、そうかい……。本当に大丈夫か? 長井の手の者という事は、只者じゃないだろ?」

「……警察の監視があるのは、ある意味俺にとって好都合だ。少なくとも殺されはしない」


 何のリスクも無しに自由の身になれたとは思っていない。

 ……多少の痛みは、覚悟の上だ。


 俺が車から降りると、青山は心配そうに運転席から顔を覗かせた。


「本当にヤバかったら呼べよ。突っ込むからな。お前が死んだら俺がここにいる意味がない」

「そうはならないから安心しろ」


 俺は青山の車に背を向けて歩き出す。


 さくら号の引き戸に手を掛けた。


 釈放の日時はあいつらも知っている筈だ。

 ……俺の事、待っているだろうか。


 だが、偽名の件。

 もしかしたらひかるが全部喋ってしまっているかもしれないが、俺の口からもちゃんと説明して……。

 まずは、ちゃんと謝ろう……。それから裏切り者の件も――。


「よぉ。糸原」


 扉を開ける前に、背後から肩を掴まれた。

 ……予想通りの人選。

 谷田貝の声に、俺は振り向かず深い深い溜息を吐いた。


「早い。せめて感動の再会くらいさせてくれないか」

「オレとの感動の再会が先だぜ?」

「警察の見張りがある事は分かってるのか?」

「分かってるがバレねえよ。察しの通り谷田貝という名は偽名だし、オレは前科もねぇからソタイにも顔は割れてない」


 ソタイ…… 組織犯罪対策部の略だ。要するに暴力団を取り締まる警察の専門部署。


「……一人か?」


 他に人影は見当たらない。


「アァ。他の奴らはこの前DKのせいで逮捕されて、釈放はされたが顔は割れてるからな」

「流石に舐めすぎだろ。さくら号に入ればこっちは5人だ」

「ククク。ヒョロいお前らが束になってかかってきても、蹴散らす自信があるぜ」


 ……虚勢ではない。恐らく本当にやる。

 体格もいいコイツは、喧嘩慣れしている。


「それにオレって結構人望あるんだぜぇ? オレに何かがあったら組が黙っちゃいねぇ事を忘れるな」

「……ここに何しに来た」

「ハァ? お前が脅したんだろ? 総理を殺そうとしてる奴を吐かせて来いって言われてんだよ」

()()()()()


 俺は谷田貝の手を払い除け、振り向いて睨みつけた。


「お前が、コンドルだ」


 谷田貝は、それを聞いて嬉しそうに笑った。


「ククク。アーア、何でバレちまったかねぇ……」

「惚けるな。お前がわざわざ俺に教えたんだろ。

 お前の部下、あの赤チェックのズボンの男。アイツは最初に『コンドルの部下だ』と俺の前に現れ、今度はお前の部下として大広間に現れた。……なら、必然的に全部お前の計らいだ」

「いいねぇ、()()()()()()()()()話が早くて助かる」


 ――あぁ、コイツが全ての元凶だ。お前が親父に長井を殺すよう仕向け、間接的に親父を殺した。

 怒りの沸点が急速に湧き上がるのを、ギリギリで堪えた。


「親父を愚弄するな、殺すぞ」


 堪えても、言葉が溢れ出た。

 谷田貝はそれを聞いて、本当に嬉しそうに笑った。


「アハハ。アハハハハ。いいぜ、殺せば?

 親父の仇を取れよ。さぁ、今がチャンスだ。お前今丸腰だろ? 銃貸してやろうかぁ?」


 ……出来ないのを分かって言っている。

 何も解明せずにコイツを殺してしまえば、『殺人犯の息子がまた殺人を犯した』、ただそれだけで終わってしまう。


 それにこの男、俺を挑発して俺の反応を見るのを楽しんでいる。

 ひかるの救出とコンドルとの約束をダブルブッキングさせたのもそう、俺を屈ませて顔を洗わせたのもそう、バケツの水を浴びせたのもそう……。

 ここで俺が怒り狂ったら、負けだ。


 俺は無理矢理笑い返した。


「安心しろ。殺すのは今じゃない、いずれ社会的に殺してやる」

「ヘェ。何だ残念、オレが死ねば高成も喜ぶのに」

「ヘラヘラしている場合か? 今お前の方が最大のピンチだろ。俺が長井に『谷田貝が黒幕だ』と言ったらどうなる? あんたはわざわざそれを言わせに来たのか?」

「逆だ。それを言わせない為にオレはここに来た」


 あぁ。だから100%お前がここに来ると思っていた。


「オレだって大変なんだぜぇ……?

 総理はオレの小渕組以外とも多数の暴力団とコネを持ってる。もしオレが総理の機嫌を損ねてみろ……。報復の対象はオレだけじゃねぇ、別の組が総理の命令で総出で小渕を潰しに来る」

「……」

「だからオレはお前に黒幕の正体を吐かせねえといけねぇ。けどその正体はオレだ。

 アッハハハ、参っちまったなぁ〜……。どうする? オレはお前に吐かせるよう迫真の演技をするけどな? 本当にお前がオレだと言っちまったら、お前も長井もすぐに殺るしかねぇが」

「はぁ、俺にどうしろと? 適当な人間をでっち上げればいいか?」

「お前が良いならそれで良いぜぇ? そのでっち上げられた人間がどうなるかは知らねぇけどな」


 ……長井なら何をしでかすか分からない。その手は使えない。


「なら、脅しに輪をかけて脅すしかないな。お前もアドリブで同調しろ」

「ハハハ。本当にお前は高成と違っておもしれーよ……!

 良いぜぇ、付き合うよ。お前と総理の言葉の殴り合い、見ものだ」


 俺がさくら号の引き戸に再び手を掛けると、アッと谷田貝が声を上げた。


「もう一つ、大事なコトを言ってなかった」

「何だ」

「盗聴器がまた仕掛け直されてるぜ」

「……」


 ……だろうな。

 その犯人も恐らく、もう長井に逆らえないから何度でもやらざるを得ない。


「誰がやった、とは言わねーが。や、もうお前は分かってるのか」

「つまりこの家の中に入れば、会話は長井に筒抜けだと」

「そうその通り。余計なコトは喋るなよぉ……?

 下手したらマジでお前をここで始末しなければいけなくなる。気をつけろよぉ、ククク……」

「……」


 ……これ以上最悪な展開があるだろうか。

 究極の板挟みだ。しかもこの状況をあの4人の前で、知らせずに長井と話さなければならない。


 右には長井、左には谷田貝――コンドル。

 どちらからも銃口を向けられ、一歩間違えれば即引き金を引かれる。

 しかも谷田貝は、自分だってピンチなのにこの状況を楽しんでいる……。やはり普通じゃない。頭のネジが外れているようだ。


 俺ははぁと一息吐いてから、さくら号の戸を開けた。



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