96. 毒を以て毒を制す
2074年3月21日
糸原高俊釈放日。
12月の国会事件で親父に全ての罪を擦りつけた害刑制度の存在を、俺は今でも許せないし憎んでいる。
だが皮肉なことに、今回俺はそれによって救われた。今回の俺の釈放も親父の時も、結局は長井の思惑通りになった。
正規の司法などもう存在しない。
これ以上長井の思い通りにさせないためにも……、長井の権力と共に害刑制度を消滅させてやる。
俺の釈放は密やかに行われた。
時間をマスコミには伏せ、青山の運転する車でさくら号へ帰ることになった。
結局長井は俺の名前を世間に公表する事を良しとしなかった。……当然温情などではなく、国会事件の犯人の息子を釈放したとなれば、長井自身にも様々な憶測が流れる事を避けたのであろう。
車が発進して数分。青山と2人きりの車内。
この送迎は青山が買って出たらしいのだが、特に会話することもなく、俺は後部座席で窓に打ち付ける雨を眺めていた。
信号が赤になり、車が停止する。それを契機に青山は口を開いた。
「なぁ、糸原」
運転席の青山は、こちらを振り向かずに言った。
「実はお前が捕まってから今まで、俺はかなり大きな嘘をついてきた」
「……は?」
「本当は……、いたんだ。最初から」
青山はカバンを漁り、何かを取り出す。
俺に見せびらかしたのは、ボイスレコーダー。
「何か捜査をする時は、これを必ず身につけて動く。思わぬところで重要なことを耳にすることがあるからな。だからこれは……、お前の嘘を暴く証拠だ」
青山は再生ボタンを押した。
『ひかる……!?』
『おいっ、じーさん!!』
『っ……! まさかりさん! エリンギッ!』
「!?」
これは、前回のダーク(俺)の声……!
それもじーさんの変声術を使ってない、生身の声……。
『おっと、これ以上話していると警察が来てしまうな。最後に、仲間に会わせてあげよう。彼等に大人しく従いなさい。谷田貝の部下達だからね、力技では勝てないよ』
『……殺すのか?』
『うん?』
『俺が無関係なアイツらをダークに巻き込んだ。殺すなら、俺だけにしろ』
青山はそこで音声を停止させた。
俺は奥歯を噛んだ。懸念していた最悪の事態だ。
青山は、あの時会話の全てを聞いていた。
「これがある上で、お前が名前を呼んだ4人の関与を否定できるか?」
「っ……」
青山……、こいつ……。
わざわざ釈放寸前に……!
信号が変わり、車はゆっくりと前進する。
「俺はダークの捜査を外されてたんだよ、だから捜査本部から外れて勝手に行動が出来た。お前に目星をつけていた俺は、あの日お前を尾行していた。
写真だってあるぞ。お前らが同時に車に乗り込むところのな」
「……!」
最初から最後まで……。
今までの取り調べは松浦任せで、やけに大人しいと思っていたら。
俺は深く溜息をついた。
これまで証拠を出さなかったのは訳がある。……何か、思惑があるな?
「何故今まで黙っていた? 取り調べの時俺の自供が嘘だと分かっていただろうに。わざわざ釈放前に言うなんて、嫌がらせか?」
青山は突如ハンドルを切り、車を路肩に停車した。
そして振り向いて言った。
「俺はお前らを庇い、本来従うべき警察を欺いた。俺とお前はもう共犯だ。だから今の俺は警官としてでなく、ただの青山春樹として言わせてもらう」
「?」
「ダークを復活させて長井を倒せ! 俺も協力する!」
「はぁ!?」
突拍子もない発言に、思わず大声が出てしまった。
「バカか?」
そして思わず、本音が漏れた。
「馬鹿とは何だ馬鹿とは。俺はお前より一回りも年上だぞ……」
「取り調べで言ったはずだ、ダークはもう終わりだと。お前も見てたなら分かるだろ、長井に完膚なきまでに叩きのめされ、しかもお前ら警察にももう顔が割れた。復活なんて出来ない」
「いや。お前が病室で目覚めた時から俺はお前の顔を見てるが。お前はまだ諦めちゃいない。そんな顔だ。この先どう動くか、既に考えているだろ」
「ハッ……何を根拠に。またダークをやろうものなら、真っ先にお前が逮捕しに来るだろ? ……いやまさか、そう仕向けようとしてるのか?」
「そんな訳ないだろ。そのつもりなら、最初からわざわざこんな証拠を捜査本部に隠したりしない」
「……」
……それもそうだ。
「俺はな糸原、もう烏合の衆であり続けるのをやめるぞ」
「……」
「俺はお前に畏敬の念すら抱いてる。誰も傷つけずに奪うことほど難しいものはない。だがお前らはそれを三度もやり切った。
殺しという手段を用いず長井を相手に出来るのは、お前らダークしかいない。だから最後までやり切れ。俺も刑事という立場から手を貸す」
――こいつも長井に翻弄された1人だ。
国会事件の際には自分の意思を捻じ曲げてまで長井に屈服させられ、今だってやっとの想いで捕まえた俺を、こんなにも呆気ない形で見逃さなければならない。
俺の味方をしたくなる気持ちは少しは分かる……、が。
そう簡単に信用できる訳がないだろ。
「『俺も協力する』と言ったが、具体的には? 警察の捜査状況を全部俺に流すという事か?」
「勿論そうするし、ダークの当日も俺はお前の都合の良いように動く。……長井を倒すためならな」
確かに本当に青山が味方につけば、かなり都合は良いが。
青山は真っ直ぐに俺を見つめ、俺は青山を睨みつけていた。
本気か……、それとも何かの罠か?
今まで敵対していたこいつが味方になるだと? 信じられない。わざわざリスク侵してまでこちら側に来るなんて……。
分かっていない筈がない、今のこの状況、ダークが圧倒的に不利な立場に立たされていると。
俺がいつまでも青山を疑り深く睨んでいると、青山は視線を逸らして鼻からため息を吐いた。
「……罠だと思ってるだろ」
「思ってる」
「どうやったら信じてくれる?」
「俺にはあんたがそこまで長井に固執する理由が分からないな。合理的でない。ダークに協力するリスクは高すぎるだろ。確かにこれまで長井の思い通りのコマにされて、立腹しているのは分かるが…….」
「奪われたものがある」
俺は首を傾げた。
「……何を」
「夢と、理想」
「はぁ?」
こいつ……、そんなロマンティストだったとは。
「俺の理想の警官……、それを真っ向から長井は否定したんだ。あいつが支配する世界で、俺の目指す正義を全うする警官にはなれないんだよ」
「あんたは本当に『正義』が好きだな。俺は嫌いだ、そんな漠然とした上辺だけ着飾った言葉」
「お前の様な捻くれた奴には一生分かんねーだろうよ」
「具体的に何だ? 長井を倒す事で、あんたには何のメリットがある?」
「“害刑制度”の撤廃。お前がどう長井を言い包めたかは知らないが、実際お前だって死罪になりかけた。
微罪でも犯罪者を捕まえる事が間接的に手を下す事になるかもしれない。……その責任から辞めていった同僚が沢山いる」
長井を倒せば、恐らく与党も共倒れする。そうなれば次の総理の座は平野だろう。
平野は“害刑制度”に異を唱え続けている。青山の望みは――これは俺の望みでもあるが……、叶う事になるだろう。
「あれは長井が弱者を黙らせる制度だ。……お前の親父だっていいように利用されただろ? 警察自体が長井の犬になっている。俺はこんな背徳感がある中、刑事として世の中を守れない。
だったらダークと手を組んででも、巨悪を倒す。毒を以て毒を制す、それが俺の夢で、正義だ」
運転席から、曇りなき真っ直ぐな目で俺を見る青山。
……何だ、この既視感は。
『おれの夢はね、タカの笑顔を見ることだから』
……。
「それに、これは交渉じゃないぞ。脅しだ」
そうニヤけながらボイスレコーダーを見せびらかす青山に、俺は舌打ちした。
「俺は警官として動ける。こっちのお前らに不利になる情報は全てそっちに流す。
糸原、お前は今回捕まったことで行動の範囲が極端に制限される。コマは多い方がいい筈だ。お前にとっても悪くない話だろ?」
「なら、今から言うことをやって貰おう。何でもいい、紙とペンを寄越せ。あと車は出していいぞ」
「おい。タクシーじゃないんだぞ、威張るな」
青山はようやっと前を向いて車を走らせ始めた。
俺は紙に書き込んで、信号が赤なのを見計らって青山に渡す。
書いたものを見て、青山は首を傾げた。
「何だこれ、学校と会社か……?」
「親父の出身校と勤めたことのある会社の名だ。親父が在籍していた時期の学校関係者及び社員を、全員写真付きで事細かに調べ上げ、その資料を俺に見せて欲しい。余力があれば、親父の交友関係も全て。
とにかく、親父の連絡先を知っていそうな人物全てだ」
「……かなり酷な仕事だな。ダークに関係あるのか?」
「無論だ。あんたがちゃんと資料を提出したら、ダークの今後と俺の目的の全てを話してやってもいい」
ごくりと、青山は唾を飲んだ。
「もちろん、この作業は極秘で行え。あんたのこの謎の行動を長井に嗅ぎつけられたら厄介だ」
「分かった。期限は?」
「俺の執行猶予が明けるまでには」
「……引き受けた」
青山は紙を、警察手帳の隙間に埋め込んだ。




