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94. 俺を信じて待ってろ


 

 2074年3月9日(タカが自供をした同日)


 さくら号


 家宅捜索以降、警察からは音沙汰はない。取り敢えず、ひかる達がダークに関与しているという事は誤魔化せたのであろうか。

 盗聴器からは何も分からなかったとは連絡はあった。


 ひかる達はニュースを眺めていた。


 DKの催眠ガスで眠ったせいで逮捕された谷田貝の部下数名も、取り調べを受けているようだった。

 だが彼らの結束は堅く、誰もダークのことや組のことを自白しなかった。


 銃刀法違反でさっさと起訴された彼等に、長井は害刑制度を使い次々と執行猶予付きの禁固刑とした。

 当然だが、皆軽い刑だ。

 体裁の問題で罰せねばならないが、谷田貝の部下というのもあり重い罰には出来ないのだろう。


 そして肝心のタカは無言を貫いているらしく、警察はまだタカを取り調べる為留置場に留め、検察は起訴していない。

 ひかる達には共犯の疑いが晴れていない事から接見禁止されており、タカに会えない事にひかるは悲しんでいたが……。


 じーさんの携帯が鳴った。


「警察からじゃ」

「!」


 警察からの電話は代表してじーさんに掛かってくる。


「はいもしもし。……はい。……はいはい、そうですか。わざわざありがとうございました」


 じーさんが耳から携帯を離す。

 そしてひかるを見て言った。


「来週以降、糸原くんとの面会の許可が下りたぞ」

「うそ、やった!」

「……」


 しかし喜んだのはひかるだけで、他の3人は複雑な表情だった。


「ひかる、お前1人で行って来いよ」

「え……」

「そうじゃの。わしらは彼から全てを聞きだすまで、和気あいあいと話すことはできん」

「うン……。警察の見張りがある中デ、そのこと聞けないシ……」

「そう、だよね……」


 ひかるはしょんぼりと項垂れた。

 自分だけ喜んじゃって、バカみたいだ……。


「再会に喜び過ぎて、本当の目的を忘れんなよ」

「……分かってます」


 そう。タカとの面会の最大の目的は、タカ奪還計画の()()()()()を、やるか否か。

 それを確認することだ。







___________








 2074年3月12日


 土日を挟んだ為、少し日が空いた。


 起訴される事が決まった。

 俺の身柄は留置場から拘置所へ移される。だがその前に、留置場での最後の面会だ。


 面会室の扉が開いた。

 ひかるが一人で入って来て、俺の顔は思わず綻んだ。


「ひかる……」

「タカーーっ!!」


 俺の顔を見るなり、わあわあと泣き崩れるひかる。互いに顔を合わせるのは約10日ぶりだ。

 さくら号では恐らく、俺の事で板挟みになっていただろう。溜め込んでいたのを吐き出すようにひかるは泣いた。

 事情は何となく察しながらも、そんなひかるを見て俺は失笑した。


「おい、泣きすぎだろ。貴重な面会時間が削がれる」

「タカのバカぁぁ! 色々、本当に大変だったんだから……!」

「偽名の件か。アイツら、怒ってたか?」

「うん……。タカが自分から謝るまで、会わないって」

「……だろうな」


 それでひかる一人で面会に来たと言う訳だ。

 ひかるは涙を拭き、呼吸を落ち着かせて言った。


「あ、あのね。差し入れに本持って行っていいって言うから、何冊か持って来たんだ。気分転換になればいいなって」

「お……、気が利く。何の本だ?」


 ひかるは紙袋の中身を、ガラス一枚隔てた状態で見せた。

 ……全部恋愛小説だ。


「……」

「いや、そんな顔しないでよ……。タカがミステリーが好きっていうのは知ってるんだけど、何が面白いか全然分からなくて……」

「獄中の中で胸キュンしろと……」

「た、タカも胸キュンするの……!?」

「胸キュンという感覚がそもそも分からない」

「それが分かるようになる教科書だと思って読めばいいじゃん。これ全部、おれが面白いと思った本だから……! これとこれはドラマ化したし、こっちは探偵と助手の恋だからちょっと推理要素も入ってるよ!」


 俺が少し口を尖らせていると、ひかるはしゅんとしてしまった。


「ごめん……、それどころじゃないって言うのに……。持って帰るよ……」

「バカ。誰が読まないと言った?」

「え?」

「……お前が面白いって言うなら、読む」


 俺がひかるから目を逸らして言うと、ひかるはぱぁと一気に目を輝かせた。


「感想! 絶対聞かせてね!」

「……あぁ。必ず」


 ――ここから抜け出して、さくら号で。


 長井の時とは違い、面会室には見張りの警官もいれば、監視カメラもある。

 下手な会話は出来ないが、これから“例のノート”の最後の作戦を実行するか、指示を出さなければならない。当然、ひかるもそれを読んで頭に入れて来ている筈だ。


 “俺との面会では、後に書いておく作戦を実行するか否かを確認するために来てもらう。

 後述の作戦は特に俺のリスクが高く、出来れば避けたい。だがダークの復活に必要であるならば、決行する。

 面会の際には見張りがある。下手な会話はタブーだ。もちろん作戦の有無を直接話したりはしない。”


 ただ、あのノートを書いた時と一つだけ誤算がある。

 嘘が絶望的に下手なひかるが、一人で面会に来た事だ……。正直、この場にじーさんがいて欲しかった……。ひかるを信用していないと言うわけでは決して無いが……。

 一体コイツが、これから俺が吐き出す嘘にどれだけ合わせてくれるかか問題だが……。


「で、本題だが。びっくりさせて悪かったな。俺があの、怪盗ダークだったなんて」


 俺が笑みを消して言うと、ひかるも落ち着いた。

 早速ひかるは目を泳がせた。……余計な事を喋ると墓穴を掘る事は、本人が一番分かっている筈だが。


「う、うん……」

「家宅捜索のことも、迷惑かけたな。お前らは全く無関係だというのに」

「うん……、大丈夫だったから」


 ――大丈夫、何とかごまかせたから。


 ……これは、嘘ではない。

 俺は口角を上げて笑った。


 ”害刑制度で決められた判決は、裁判所で言い渡される。

 長井が俺を死刑や懲役刑にした場合、ダークの復活は絶望的となる。最悪の判決が言い渡された場合は、裁判所から俺を救い出してほしい。”


 作戦の内容は至ってシンプル。

 ひかるたちの誰かがDKに扮し、催眠ガスで俺ごと全員眠らし、俺を連れ去るというものだ。

 しかし当然俺は警察に追われる身となり、少なくともダークを復活させるまでは身を隠し続けなければならない。さくら号に帰ることも、出来ない。


「優輝から連絡はあったか?」

「あ、うん。音信不通だから心配してた……。タカが逮捕されたって事は、何とか誤魔化したとは思うけど……」

「優輝にも悪いことをしたな……」


 俺は、机の上で拳を握った。


 ”面会の際、作戦決行なら机の上で右手の親指を上げる。作戦中止なら、右手の小指を。

 中止の際も疑問に思うことはない。その時は俺に何か脱出の考えが出来た時だから、安心してくれていい。”


「はぁ……、偽名のことはやっぱり言っておくべきだったな。親父の事、どうやってあいつらに説明すれば……」

「タカが思ってること、素直にぶつければいいと思う。正直に。タカは何も悪いことしてないし、おれはタカが正しいと思う……。だからきっと、みんな分かってくれるよ」


 俺は小さく頷いた。

 そして一瞬、視線を下に落とす。

 ひかるも釣られて視線を落とす。


 俺はごく自然に、右手の小指を伸ばした。


 ――作戦は無しだ。


「え……」


 ひかるは驚いて怪訝な顔をする。

 ……見張りの警官は、ずっと俺やひかるの顔を見ている。

 俺は何食わぬ顔で、しかしひかるを真っ直ぐ見て会話を続けた。


「分かった。お前のその言葉信じる。だからお前も……、俺を信じてほしい」


 ひかるはそれでも不安そうに俺を見ている。

 裁判所で俺を助け出さないと言うことは、その後助けるチャンスは恐らくない。

 ひかるが不安に思うのも分かる。俺の考えをここで説明できないのが歯痒い。……だが。


「俺はもう嘘はつかない。お前らにも……、自分の気持ちにも。だから、必ず、」


 ――帰ってくるから。


 それが通じたのか、ひかるはふぅと一呼吸吐き、決心したように頷いた。


「分かった。みんなにもタカの気持ち、伝えておくよ」

「あぁ」


 帰るぞ。俺は、さくら号に。

 そしてダークを復活させ、長井とコンドルを倒す。

 前回のダークでは確かに辛酸を嘗めさせられた。希望も手段もへし折られた。


 しかし、新たに分かったこともある。そして()()()()()()


 ……俺はまだ、何も諦めちゃいない。

 だからひかる、俺を信じて待ってろ。



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