93. まだ諦めちゃいない
2074年3月9日(長井との面会の翌日)
いつもの取り調べが始まった。
俺の前で松浦が椅子に座って腕組みをし、その後ろに青山が立つ。
「……で、昨日総理とはどんな会話をしたんだ? 特例措置で、会話の記録を一切残してないからな」
「本人から聞いてないんですか」
「聞いたが、『世間話程度で終わり、捜査が進むようなことは特に話していない』としか仰られなかった。しかも『検察は早く起訴しなさい』とまで……」
「……」
……だろうな。奴は俺を裁く事を急ぐ。
「総理の言った通り、世間話しかしてません」
「……」
松浦は舌打ちをした。
「糸原、お前の要求通りに総理に会えただろ。いい加減話してくれてもいいんじゃないか、仲間のこと。それを話してくれたら、さくら号の彼らと面会してもいいぞ。彼等の疑いが晴れなければ、許可は下ろせない」
「……」
長井が事を急ぐなら、俺もここで油を売る必要は無くなった訳だ。
俺はゆっくりと、視線を上げた。
「仲間が全員で何人いるかは分かりません。ただ、俺とやり取りしていた“リーダー”は存在します」
「!」
松浦と青山は、身を乗り出して聞きはじめた。
「俺は……、12月の国会事件の後、リーダーにこのダークの計画を持ち出されました。長井への憎しみに支配されていた俺は、この話に乗りました」
「リーダー……、名前は分かるか」
「いえ。リーダーの事はリーダーと呼んでましたから。他の仲間も全てコードネームで、俺も“タカ”と呼ばれていました」
「……」
無線を盗聴された際、俺の名しか聞かれてない筈だ。それに一体何人が喋っていたのかも、把握出来ていない様だった。大丈夫。
松浦は考え込んだ。
青山はただその内容をメモしていた。
「DKは恐らく、リーダーに何か恨みがあったんじゃないかと思います」
「恨み……、何か知らないんだな」
「はい。俺はリーダーと会ったことがありませんから」
「しかし、君の携帯からはそのようなやり取りの履歴は残っていなかったが?」
「フッ、そんなの残す訳がないじゃないですか。当然別の端末を使っていましたよ、その端末は奴等が作戦前に回収しましたけど」
「……」
ちなみにさくら号の彼らとの携帯のメッセージは、当然ダークの証拠に繋がるようなログは残していない。
「それで、首相公邸で配信をして何をしでかすつもりだった?」
「……貴方方お二人ともご存知だから言いますが。国会事件の動画を流す手筈でした。まあ、総理に妨害されてしまった訳ですが」
「!?」
松浦は、椅子から立ち上がる程驚いた。
青山は目を泳がせている。……恐らく、自分がファミレスで全部喋った事をここで曝露されるのではと、恐々としているのだろうが。
「貴方方が国会事件の後打ったMB、効果が無かったんですよ。俺は恐らく打たれたのは2回目です。まあだから、余計にリーダーに手を貸そうと思ったんです」
「総理は何故妨害出来たんだ? 何故お前らが動画を流す事を知っていた?」
「さあ? それは総理に聞いてくださいよ」
……当然良い具合にはぐらかされて終わるだろうが。
どちらにせよ、もうダークと長井が繋がっている事は前回の作戦で露呈していた事だ。
「リーダーの素性は分かるか?」
「知りません。ただ、長井に強い執着があった事は確かです。
……ただ俺が思うに、国会事件のもう一人の被害者・天谷の関係者な気はします。彼の事を気遣う旨の発言を聞いたことがありますから」
俺が並べた嘘の自供を、松浦は懸命に聞いていた。
この後警察は俺の供述の通り、無数にいる“天谷の関係者”を洗い出す事になるだろう。
これでさくら号の4人の疑いが晴れるわけではないが、撹乱させる事にはなると良いが。
……問題は青山だ。
俺は青山を横目で見た。無表情だ。
これまで殆ど発言していない。嫌なくらい大人しい。松浦がいるからか……?
あの時、長井邸大広間にコイツがいつから居て、会話をどこまで聞いていたかがネックになっているのだが。
俺はあの時、4人のあだ名を叫んでしまっているし、『俺が彼等を巻き込んだ』と言う趣旨の発言もした……。
しかしその決定的な証拠があれば、今青山はこうして黙っていない筈だ。
――大丈夫だ。こいつは何も聞いていない。
俺の嘘はこのまま突き通せる。
「何故、俺がここまで喋ったか分かりますか」
「……何故だ?」
「ダークはもう終わりです。長井にあそこまで世間の信頼を奪われてしまえば、動画ももう流せない。ダークは長井を倒す事は出来ませんでした。形骸化してしまったダークにはもう価値はない。
ダークとして逮捕された俺を、リーダーや仲間は見限るでしょう。だから俺が知っている事を全部、曝露しました」
「もう、諦めたと言うことか?」
初めて青山が口を挟み、俺は少し驚いた。
俺は自嘲して言った。
「諦めも何も。俺はもう処刑確定ですよ。国会事件の真相を知る俺を、総理が生かす理由はない」
「……」
青山は、じっと俺の顔を見つめたままだった。
松浦は大きくため息をついて、ポツリと言った。
「同居人の彼等との、面会許可を出そう」
「……ありがとうございます」
あとは、家宅捜索でアイツらが上手くやってくれた事を祈るのみ。
懸念している青山に何もなければ、ここまで万事順調だ。
___________
糸原の取り調べを終えた青山は、デスクの上で深く考え込んでいた。
“害刑制度”。
それ以前の裁判員制度なら、ダーク――糸原は死刑になる程の罪状では無い。
“被害者刑罰決定制度”というのが正式名称だが、あれは実質被害者の為に作られた制度ではない。
長井が、それこそ糸原のような――抗おうとする者を抑えつける為の制度だ。
たかが窃盗でも処刑される可能性がある。……いや実際には、窃盗で処刑の判決を言い渡す被害者は稀だが(大体は金をむしり取る)、それを考えると捕まえる側もそれなりの覚悟を持たなければならない。
実際、害刑制度が施行されてから辞めた警官も多い。
――あんな制度、無くなればいいのに。
青山も今まさに、自身が捕まえたお陰で死の淵に立たされている糸原の事で、思い悩んでいた。
覚悟はしていた筈だったのに。
青山にはどうすることも出来ない、が……。
『諦めも何も。俺はもう処刑確定ですよ』
あの糸原の、顔。アレは。
嘘だ。
まだ諦めちゃいない。青山にはそれが分かった。
思えば取り調べの初日から、糸原は『長井と会話させろ』と要求し黙秘を貫いた。それは恐らく、長井に交渉して勝てる材料があったから。
そうして思惑通り昨日長井と面会して、何かこの状況を打開する糸口を掴んだに違いない。
だから今日、沈黙を破った。もう起訴されて有罪判決を受けても良い準備が整ったから。
“害刑制度”は裏を返せば、刑罰を決定できる被害者を懐柔すれば、量刑を極端に軽くできる制度である。
そこを上手く利用できれば、処刑どころかほとんど刑罰など無いに等しい判決に持ち込むことも出来る――。
一体この状況で、あの長井を出し抜く為に何の交渉材料があるのかとは思うが。
青山には糸原高俊という少年が、ただでくたばる様な男にはどうしても思えなかった。
――しかしよくもまあ、ペラペラと嘘の供述を真実のように吐けるものだ。
青山には先ほど糸原が言った“天谷に精通するダークのリーダー”など存在しない事は分かっていた。
だが、何も口を挟まなかったのは……。
青山は、捜査本部にひたすら隠している。
ダーク事件のあの日、糸原をマークしていた青山は、さくら号の5人が車に乗り込む写真や、大広間の糸原と長井の会話を録音した証拠を持っている事を――。




