92.親父を殺した男
2074年3月5日(ダーク事件から2日)
夜。さくら号。
皆が既に寝静まる中、2段ベッドの下段でひかるは仰向けになって携帯を眺めていた。
年末に焼肉を食べに行った時に撮った写真だ。けいもいる。
楽しかったな……。本当に。
みんなと一緒にタカもいっぱい笑ってて、盛り上がって、ふざけ合って……。
写真のタカも、ほんの少し口角を上げて微笑んでいた。
でも今は。
あれから、誰もタカのことを"タカ"と呼ばなくなった。
……辛い。自分だって嘘を吐き続けていたのに、タカや自分を信じてと言い続けている。
どの口で、と思う。
みんな作戦前ほど、自分の言葉を信用してくれてない気がする。当然だ……。
あれからさくら号の空気は重い。
タカも捕まり、ダークも失敗し、自分らもいつ捕まるか分からない不安定な状況で。
けいも仲違いしたままで遊びに来る事はなく、パワフルとの関係もギクシャクしたままで、何となく皆笑えないでいた。
早く。タカが早く、帰ってくればいいのに――。
タカとみんなが仲直り出来れば、たぶん全部丸く収まるのに。
……裏切り者の件はまだ解決してないけど。
もう自分に全て共感してくれる人は、タカしかいない。全部全部、吐き出したい……。
♪~
突如大音量でひかるの携帯の着信音が鳴る。
「うわっ!?」
「……ひかるウルサイ」
「ご、ごめん……」
眠り目のエリンギに謝りながら、ひかるは焦ってさくら号の外に飛び出した。
優輝先輩だ……。
「もしもーし光里? 元気かー?」
「先輩……。お久しぶりですね」
3月上旬の夜。まだ冷えるが薄着で飛び出してきてしまった。
思えば、引っ越し初日にタカに殴られかけたのもこんな夜だったっけ。……今なら考えられないな。もう一年経つのかと、ふと思い出した。
「あのさ、高俊元気?」
「え……」
「少し前から音信不通なんだよ。メッセージだって返すの早い訳じゃないけど、24時間以内には返してくれてたのに」
ひかるは言葉を失った。
そうだ……、当たり前じゃん。今のタカは返事を返せる状況じゃない。
どうしよう、何て言おう。
いや、優輝先輩ならもう、ダークのことを話しても……。
――バカ、ダメに決まってるじゃん!
タカは優輝先輩だけは巻き込みたくないハズ。だから今までタカは、優輝先輩にはダークのことを一切口にしなかった。
だけどもう。ただでさえ今辛いのに。
嘘はもう、重ねたくない……。
「優輝先輩……その……」
「うん……?」
「タカは今、返事を返せません。だけど理由はどうしても、言えないんです……」
「……」
「って言っても、ただ不安にさせちゃうだけですよね……。本当にごめんなさい……。わたしがそっちにいた頃は、逆にタカの事をたくさん教えて貰ってたのに……っ」
「光里。お前は大丈夫?」
「え……」
「高俊がただならぬ状況って事は、光里もメンタルやばいんじゃねーの?」
「っ……」
「オレで良かったら話聞くけど……。あ、でも言えねーのか……」
ひかるは鼻がツンと痛くなるのを堪えた。
何て、本当に良い人なんだろう。
流石は交友関係が狭過ぎるタカが選んだ、唯一無二の親友だ。
「ごめんなさい……っ。でも、でも優輝先輩の声が聞けて、本当に嬉しいです」
「おいおい、それはオレのセリフ」
「あ、そうだ。もうすぐタカの誕生日じゃないですか? タカの好きそうな物って何だと思います?」
「え、光里アイツの誕生日知ってんの?」
「え、それは……。好きな人の誕生日くらい、リサーチしますよ……」
「そりゃそうか、ハハ。そうだなぁ、アイツなぁ……。結構庶民派でケチな所あるよな。高校の時ラーメン屋の味玉券とかマメに集めて取ってたし」
「あはっ、そうなんですね〜!」
「金券だな。図書カードとか喜ぶんじゃね?」
「え〜……、小学生じゃないんですから……」
……タカの事を、こんなに楽しく話せるなんて。嬉しいな。
優輝がタカと連絡が取れないことについて、追及して来ないのも良かった。
ひかるは優輝と随分長い間話し込んでいた。ダークの作戦以来、久しぶりに笑った。
___________
2074年3月8日
取り調べ4日目。
18歳の俺は“特定少年”扱いとされていたが、結局事件の重大性から成人と同じく検察に送致された。
送致、と言っても書類上の話で、身柄は留置場(警察署)内にあり警察と検察の合同の捜査が続く。
ダーク事件の後、大広間にいた谷田貝の部下やDK (パワフル)がどうなったか、それと家宅捜索の結果は、隔離されている俺には何の情報も入ってきていない。
この4日間、俺があまりにも何も喋らないので松浦達も喋らないという訳だ。俺の動機や仲間のことなど何の情報も得られず、彼等も段々疲弊し始めていた。
お陰で、まだ検察に起訴されずに済んでいる。
「で、今日もダンマリか。糸原」
「……」
松浦が苛々しながら言う。
後ろの青山は、俺が捕まってからやけに大人しい。口を開く事を松浦に遠慮しているのか。
「はぁ〜……。分かった。じゃあ一つだけ、新情報をあげよう」
新情報?
机の上に置かれた何か黒くて小さな機械に、俺は少し顔をあげた。
「盗聴器だ。全部君の住むルームシェアから出てきた」
「!?」
「……お、少し動揺したか?」
盗聴器……!?
ずっと住んでいたのに誰も気づかなかったなんて……、一体誰が何の目的で……。
いや……。
『貴方のバカな所、教えてあげる。こうだと決めつけたら、他が見えなくなるところ。他の可能性を模索しないから、こんな簡単な事にも気づけないのよ』
「フッ……」
俺は思わず、口角を上げた。
――あぁ、そうか。
あのクソ女、俺をバカ扱いしやがって。……本当に簡単な事だった。
「……おい糸原、今笑ったか? 心当たりでもあるのか?」
「……」
「この盗聴器から指紋が出てきたか否か、聞きたいか? お前がオレたちの問いに答えたら言うが?」
「……」
聞かなくて良い。どうせ付いていない。
そんな初歩的なミスをする奴ではない。
「はぁ〜、もういい。取り調べは終いだ。お前の要求が通った……、というより、言わずともあちら側から熱望してきた。終わったら全部吐けよ」
松浦は立ち上がり、取り調べ室の戸を開けた。
「面会だ」
俺はほくそ笑んだ。
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面会室で、俺は1人数分待たされていた。
見張りがいない。監視カメラの作動ランプも付いてない。普通の面会なら有り得ない。
……全く、こんな所まで権力を行使してくるとは。どうやら向こうも俺と、込み入った話がしたいようだ。
向こう側の扉が開いた。
その人物は、たった1人で悠々と入室してくる。
ガラス一枚を挟んで、その男は俺の前に腕を組んで立ちはだかった。
「初めまして、と言っておこう。糸原高俊くん」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
長井。
やっと、会えた。
「初めまして。俺の親父を殺した長井総理」
長井は一瞬無表情になったが、すぐにまた貼り付けた笑顔になる。
「威勢が良いな。流石に若いし、あれだけの事を成し得た行動力もある。君と話せるのを楽しみにしていたんだよ」
「奇遇だな、俺もだ」
「君は賢いな。ニュースにもなっているよ、取り調べで黙秘を続けていると。
お陰でまだ起訴されていない。起訴されて速攻で有罪判決が出てしまえば、下手すれば3日で死刑――父親と同じ轍を踏む可能性があるからね」
「死ぬ前にあんたとちゃんと話したかったからだ」
「命乞いする為かな? 私の靴でも舐めれば聞いてあげなくもないが?」
長井が嘲笑するのに、俺は怯まず口角を上げた。
「聞きたくないか? 糸原高成が“12月の国会事件”を起こした理由、動機を」




