91. 俺の要求を呑め
さくら号のダイニングテーブルを囲み座る、ひかる達4人と、松浦・青山。
タカやダークとの関与が疑われ、緊張が走る。
基本的に松浦との受け答えは、一番冷静に話せるじーさんが対応する。
「全員、糸原くんを除いて全員、このさくら号にいました」
青山の視線が、ゆっくりと下に落ちた。
(“”内はタカのノートより)
"ダークの時間どこにいたかと問われた時は、さくら号に全員いたと主張しろ。下手に外出したと言えば、ボロがどこかで出る。"
「そうですか。じゃあ、糸原くんはどこに行くと言って外出を?」
「さあ……。わしらは基本、そこまで他人には干渉しないので」
「何も聞いてないんですか」
「はい」
"俺について問われた場合は、基本『わからない』でいい。"
「彼が怪盗ダークであるということは、薄々でも感じませんでしたか」
「そうですね……、確かに毎回事件の日に出かけてはいた気はしますが、まさか……という感じです」
他の3人も、深く頷いた。
"俺がダークだと勘付いてたか、と聞かれたら、『多少は怪しいと思っていた』くらいの方が自然だろう。”
「……では次に……」
「すみません、ちょっといいですか」
家宅捜索をしていた警官の一人が、口を挟んだ。
「なんだ萩本、話なら後で……」
「いえ、緊急で。これ見てください」
萩本は皆に、小さな袋を見せびらかした。
中に指の腹程に小さな、何か黒い物体が入っている。
「盗聴器です」
「盗聴器!?」
これにはひかる達も異口同音に、思わず大声を上げて驚いた。
「ということは、今までの会話が第三者にだだ漏れに……」
「まずいな、さっきから何度も糸原と連呼していたぞ……」
「はい、まだ隠されている可能性がありますから、一旦事情聴取を中断してください」
「やむを得んな……」
ひかる達は、動揺を隠せない。
――盗聴器って、一体誰が? いつから……?
ここにずっと暮らしてたおれたちが、誰も気づかなかったなんて……。
「あノ、どこにあったんですカ」
エリンギが思わず尋ねる。
「これは和室のちゃぶ台の脚の裏の、僅かな亀裂に差し込んでありました」
「ちゃぶ台ニ……」
「そんな所に亀裂なんてあったのかよ……」
「他にも、皆さんのベッドの周辺からいくつか。今座っておられるそのダイニングテーブルにも、隠されている可能性がありますね」
「皆さん、心当たりは……、ないですね。糸原に聞いてみます」
「……」
一体誰が、何のために……。
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結局一時間程かけて探査機を使い、警察はさくら号中のありとあらゆる場所から10コもの盗聴器を見つけだした。
「この盗聴器は、全て鑑識に回します。念のため、皆さんの指紋を採取してもよろしいですか」
「……はい」
その後、数十分に渡り松浦は再び事情聴取をした。
4人はとにかく、言っていることに矛盾が生まれないように最大限気を使った。
「あの、糸原くんと面会出来るのは、いつになるんでしょうか」
松浦たちの帰り際、じーさんが尋ねた。
「粗方こちらの取り調べが終わってからですね。連絡を差し上げます」
「はい」
「では、失礼します」
松浦たちは去って行った。
……今日、青山刑事の発言は少なかった。
「うまくやれたかナ、ボクたち」
「まあ、落ち度はなかった気がするがの」
「んなことより、盗聴器だよ」
皆黙り込んだ。
「どうやっテ仕掛けたんだロ……」
「泥棒が入り込んだ形跡は今までなかっただろ。それに初めてここに入った奴が、あんな器用な場所に、しかも10コも隠せるかよ」
「まさかり、それはつまり……」
「あれを仕掛けた奴が、裏切り者じゃねーの」
ひかるは俯いた。
作戦を直に聞ける筈の裏切り者がどうして盗聴器なんか仕掛けたのかは、わからないけど。
普通に考えて、この建物をよく知っているここの誰かが仕掛けたとしか……。
「ついに、分かるんだネ……」
「指紋が着いてれば、じゃの」
これでタカの裏切り者疑惑が晴れる。けど、本物が分かってしまうということは……。
「裏切り者は絶対追放だからな。情けなんてかけるなよ」
「分かってる……」
皆、複雑な心境だった。
___________
2074年3月5日(家宅捜索の翌日)
俺の身柄は病院から留置場へと移送された。
間もなく、取り調べが始まる。
取り調べには、松浦と青山、書記がもう一人。
「まず先に言っておく。君がDKから打たれた薬は、単に君を気絶させるためだけに使われたものであって、害はない。心配はいらない」
「……」
青山は国会事件の後俺にMBを投与した事を、松浦に言っていないらしい。……それはそうか、言えば青山自身の立場が危うい。
MBが過去に投与されていることは俺に言えない。しかし今回の投与ではMBの効力はないことは確かだ。
MBの名を出さないことが、あの薬物について説明するのに、確かに最善だ。
下手に説明すれば、最終的に国会事件での投与について向こうが説明しなければならなくなる。
「まず君が、今まで予告状を出してきたあの怪盗ダークに違いないね」
「……」
俺は俯いて、押し黙った。
松浦は質問を変える。
「全て君は関与しているのか」
「……」
「首相公邸で動画配信をして、何をしでかすつもりだった?」
「……」
警察には国会事件の動画を流そうとした事は知られていないようだ。
松浦は大きなため息を吐いた。
「ダンマリか。まあ、今日は取り調べ初日だからね。気持ちの整理もつかないだろうし。答えられる事だけ答えなさい。君の動機を教えてくれないか」
「……」
「糸原高俊くん、ひょっとして、お父さんの事が関係しているのか?」
俺は、ゆっくりと、初めて顔を上げて松浦の目を見据えた。
「長井総理と話をさせて貰えませんか」
「は?」
「彼になら、全てお話します」
「……」
俺はそれだけ言って、再度俯いた。
松浦は眉を顰め、嘲笑した。
「はは、そんな我儘が通るとでも――」
「あなた方にお話しする事はありません。以降俺は総理以外には一切開口しません。互いに時間の無駄ですので、お忙しい刑事さん達はさっさと俺の要求を呑んでください」
バン! と松浦は机を叩いて立ち上がった。
俺がピクリとも表情を変えずにいると、松浦は息を吐いて座り直した。
青山は、松浦の後ろで苦笑いしている。
「調子に乗るなよ餓鬼が。犯罪者であるお前の、そんな要求通るわけないだろ」
「……」
「おい糸原! お前自分の状況分かってんのか!?」
「俺には黙秘権がある筈ですが?」
「はぁ、本当に黙ってるつもりか。じゃあ彼等についてはどうだ?」
松浦は机の上に、さくら号の4人の資料を並べた。
「ダークには複数人の仲間がいる。過去通信傍受に成功した事から、それは確定的だ」
「……」
「彼らの経歴、色々調べさせてもらった。素晴らしい能力の持ち主ばかりじゃないか。これを怪盗に活かすことが出来るんじゃないかね」
「……」
俺は、松浦の後ろに立つ青山の顔を盗み見た。
青山は、表情を変えずに無表情でいた。
――分からないな。コイツは考えている事が。
松浦のように単純な男ではない。
「……」
「はぁ〜〜〜、何か言えよこのクソ餓鬼……」
その後の取り調べも俺は黙秘を続けた。
松浦はその後も苛々し続け、青山は終始口を開かなかった。
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留置場。
音を立て、牢獄の戸は閉ざされた。
俺をここまで連行してきた男たちの足音が遠ざかっていく。
俺は薄暗い中で静かに壁にすがり、そのまま三角座りで腰を下ろした。
親父、今ごろ泣いてるだろうな……。
まさか息子が、鉄格子の中に入ることになるとは。
俺も本当に、親不孝の息子だ。
……考えるべき事は山程ある。
大広間にいた赤チェックのズボンの男。
パワフルの真意。
裏切り者の事。
これからの事……。
頭が痛くなりそうだ。
しかし、この獄中の中。時間なら沢山ある。
「……」




