90. 完全敗北の後
2074年3月4日
「おはよう」
俺はうっすらと目を開けると、真っ白な天井を背景に、青山の顔があった。
朝……いや昼かもしれない。夜ではない。
ここは、病室……?
しかし、今度こそ夢じゃない。
「……どうだ? 体調は」
「……」
ほんの少し、頭が痛い……。
青山の声も、半分ほどしか耳に入って来ない。
しかし、ボンヤリと状況を理解する。
目を開けて一番に青山が視界に入ったという事は。捕まったのか、警察に。
「思い出せるか? 昨日のこと」
「……」
「MBの投与、お前は2度目以上だ。忘れたとは言わせない」
「……青山。俺の同居人達は……俺が逮捕された事、何か言ってたか?」
アイツらは……どうなった?
心臓が張り裂けそうなくらい波打つ。
青山は少し、苦笑いして言った。
「察しが早くて助かる。糸原高俊、お前をダークの諸々の罪状で現行犯逮捕した。
それで今日この後、お前のシェアハウスに家宅捜索が入る。お前の同居人4人全員にも、許可は取れてるぞ」
「……そうか」
……生きてた。
俺は唇を血が出るくらいまで強く噛んで、青山から目線を逸らした。
青山は俺の表情に気づいたのかそうじゃないのか……、分からないが、今後のことについて淡々と話し始める。
今日様子を見て俺の体調に異常がなければ、明日から留置場(警察署内)に送られ、取り調べが始まるらしい。
青山は緊迫した面持ちで言った。
「お前は18歳、所謂“特定少年”というのに当たる。
少年法によると基本的には家裁の審判で害刑制度は適用されないんだが、お前の場合は成人と同じく重大犯罪として検察に起訴される可能性が高い。そうなると、残念ながら害刑制度の対象となる」
2022年に少年法が改正されてから今(2074年)に至るまで約50年、ここに関しては手を加えられていない。
俺の本名は起訴されるまでは非公開、とされているが、もし長井が今後もダークを利用するつもりなら、俺が国会事件の犯人の息子という事は公開しないかもしれない。……そうしてくれると、俺にも都合が良いが。
「恐らく刑の決定者は長井だ。平野の弟も一度被害にはあっているが、長井は三度だからな。……そして“特定少年”には、死刑を選択する事もできる」
「……」
俺が俯いて黙り込んでいると、青山は渋い顔をして慌てて言った。
「いや、そうと決まった訳じゃないからな。それにお前には聞きたい事が盛り沢山あるし、少なくとも3日で処刑される事は絶対ない」
「……」
青山は一言も発しない俺を気遣ってか、俺の肩を叩いた。
「気を強く持てよ。お前は若いし、情状酌量の余地があると……罰を軽くしてくれる可能性だってあるからな」
「……」
俺が暗い顔をしたままなのを見て、青山は頭を掻いて病室から出ていった。
「……」
4度目のダークは、失敗に終わった。
おまけに世間からは『ダークは裏切り者』というレッテルも貼られた。国会事件の動画ももう、ダークの手では流せないだろう。
あれだけ信じていた裏切り者も裏切った。
本名で逮捕され、身動きすら取れない。ひかるを除く3人は俺がずっと偽名を名乗っていた事と、国会事件の犯人の息子である事を知り、今頃怒り心頭に発しているだろう……。今後俺に協力してくれるかも分からない。
それどころか、下手したらこのまま長井に処刑されて終わりだ。
アイツらが生きていたのは喜ぶべき事だが……。
絶望的な状況に変わりはない。
この完全敗北の後、一体ここからどう這い上がれと言うのか……。
「……」
___________
時は一番最初のダークの作戦会議(4月)まで遡る。
「……俺の作戦は理論上は完璧だ。だが不測の事態が起こり、捕まる可能性もある」
「げ、そんな不吉な話すんなよ」
「捕まった者の対応は今から指示するが、残った者は臨機応変に俺が今後の対応を指示出来る。が、俺が捕まった場合は、これだ」
タカは皆に一冊のノートを見せた。
「俺が捕まったらこれに従え。ただし必ず捕まったその日に確認しろ。早ければ翌日にも、ここに家宅捜索が入る可能性がある」
「分かっタ……」
「そのノートを開く必要がないのを、望むがのぅ……」
「下準備が多すぎて、悪いことなどない筈だ」
タカはそのノートを、普通のノートと紛れ込ませるように棚に入れた。
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それから、タカはダークがある度に臨機応変に内容を書き変えていた。
そして遂にこのノートに頼る日が来た。
"まずは家宅捜索に対処しろ。"
ひかるたち4人は、タカが捕まったその日の夜夜通しでノートに目を通した。
"さくら号にあるダークに関するグッズを全て処分しろ。必ずその日の内にだ。理由は分かるな。
まさかりさんはダークに関するPCのデータも全て消せ。
じーさんは変装グッズも処分しろ。
高価なものでも躊躇うな。隠しきれると思える場所にも隠すな。全て捨てろ。お前らがダークに関与している証拠は撲滅しろ。
あと、さすがにそこまで馬鹿じゃないとは思うが、いつもの可燃ゴミとして出すなよ。
だが燃やすのも駄目だ。煙が出たら怪しまれる。バレたら灰を調べられる。妥当なのは山の中にでも埋めることだな。
何度も強調して言う。今すぐやれ。"
「イ、今から山に入れってこト……?」
エリンギが顔を引きつらせて言った。
「そういうことじゃの」
「ウワ……」
「つべこべ言ってる場合じゃねぇよ。のんびりやってっと朝になんぞ」
現時刻・深夜3時前。
そう言うまさかりさんは、既にPCのデータ消去に取り掛かっていた。
「そうだね。やろう」
「ヨシ」
4度目の作戦に始まり、谷田貝達に拉致され長井に圧倒され、タカの件でみんな泣いて……。
もう皆、ヘロヘロではあったが。
ひかるたちは、互いに気丈に振る舞いながら作業をすすめていった。
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2074年3月4日
そして昼前、4人は大した睡眠を取ることもできぬまま、警察がさくら号に押しかけた。
「警視庁の、松浦です」
「青山です」
家宅捜索の間にひかるたち4人も事情聴取を受けることになった。
ちなみに嘘が絶望的に下手なひかるだけは、何か個別に問われない限り皆に発言が禁止されている。
警察側の発言は、ほぼ松浦だ。
「では、いくつか質問に答えて頂きます」
「はい……」
「まず、糸原高俊はここで偽名を名乗っていました。皆さんが彼の正体を知らなかったということでよろしいですね?」
「はい」
「既にご存知とは思いますが、糸原は12月の国会事件の犯人、糸原高成の息子です。
よって彼の目的は、父親の意思を継ぎ長井首相の殺害だったのではと、我々は考えているのですが。本当のことを、ご存知ないですか」
結局警察には、ダークが国会事件の動画を流そうとした事は知られていないようだ。
「知りません」
「警察の方々は、糸原くんのことは国会事件で知っていたんですか?」
じーさんが恐る恐る尋ねた。
「はい、特に私と青山は既に面識がありまして。それに彼は万一のためでしょうか、身分証を持ち歩いてましたから」
松浦の目つきが、少し鋭くなる。
「では、ここからはあなた方のことです。昨日の夜23時ごろ、どこで何をしておられましたか」
――きた……!
やっぱり、おれたちも疑われてる。
4人の間で静かに緊張が走る。
"次は事情聴取の対処だ。
警察は恐らく、ダークに協力者がいると考えている。そしてその協力者として真っ先に名が上がるのは、お前らだ。
特にまさかりさんは、仕事柄ハッキングが出来る可能性があることは調べ上げられるだろうし、
エリンギはパトロンとして存在していることが疑われるだろう。
じーさんの特殊メイク技術も、変装に辿り着くかもしれない。
だが、いくら疑われトゲのある言葉を言われても、絶対ダークの関与は認めるな。否定しろ。
ダークの証拠が見つかり、お前らまで逮捕されてしまえば、全てが終わる。分かるな。"
――そう。タカのためにもおれたちは嘘を貫く。




