86. 4th DARK the decisive battle ⑥
「はぁ……!?」
平然と『高俊』と呼んだパワフルに、驚愕した。
こいつも俺の事を、本名呼びか!?
……いや元からパワフルは、親父の知人の可能性はあった。俺の事を一方的に知っていてもおかしくはなかったが。
その時、プッと邸内のスピーカーから放送が入る。
「ダーク! 聞け、長井だ!」
「長井……っ」
「ちっ……、しつこいわね」
舌打ちするパワフル。
そういえばおかしい。今このパワフルの言動は、どう考えても長井を裏切っている。
パワフルは長井と手を組んでいる筈だが……?
「今から二時間以内に、谷田貝と藤井ひかるを取引したあの廃工場へ来い! さもなければ、全員殺す!」
「っ……」
「分かったな! お前がDKに殺されたとしても同じだ! 必ず来い!」
雑に放送が切れた。
俺はパワフルを睨み付けた。
「おい、行かせろ。今の状況分かってるだろ」
「だから高俊。あんたは、警察に突き出すの」
「あいつらが殺されてもいいのかっ!? あれは脅しじゃない! 長井ならやりかねない!」
パワフルは、嘲笑した。
「少し冷静になりなさい。長井は貴方を殺すつもりだって、分からない? 自ら死にに行ってどうするの」
「そうだとしても! アイツらが死ぬのは間違ってるッ!」
「変な子ね。たった今、裏切り者に裏切られたばかりなのに」
「……」
俺は震える声で、問うた。
「パワフル。お前や長井にダークの作戦をリークしていた裏切り者は……誰なんだ」
「ふふ……、私に聞く?」
「教えろ」
「バカね」
パワフルはポケットからナイフを取り出し、刃先を俺に向けた。
「座って」
「はぐらかすな、答えろ」
「いいから座って、時間がないわ。本当に一箇所どこか刺さないと言う事聞けない?」
パワフルは俺の首にナイフを添えた。
「っ……」
俺は後ろ手に縛られて抵抗が出来ない。
仕方なくゆっくりと跪いた。
「高俊。あんた、本当にバカね」
「はぁ!?」
「貴方のバカな所、教えてあげる。こうだと決めつけたら、他が見えなくなるところ。他の可能性を模索しないから、こんな簡単な事にも気づけないのよ」
「何を言ってる?」
「自分で真相を暴きなさいと、言ってるの」
簡単な事だと……!?
本当にこの女だけはやる事なす事意味不明、考えている事がまるで分からない。
今コイツは俺の味方なのか敵なのかも、分からない……。
「何なんだ……? あんたが今こうしている目的がさっぱり分からない。そもそも何に怒ってるんだ?」
「そう……、自覚もないの。あんな酷いことを言っておいて」
「言った? いつ?」
「私じゃない。ケイトに」
「……!」
俺は唖然とした。
まさか、たかがそんなことでパワフルは怒り、俺たちは殺されかけているのか……!?
「ケイトは深く傷ついた、今でもよ。だけど今でも、あなたのことが好きみたい」
「あいつは俺たちを裏切った。俺は当然のことをしたまでだ」
パワフルは、何故かふっと笑った。
「私の行動はケイトのためだけのものなの。もうこれ以上、あの子ばかりを辛い目にあわせる訳にはいかない」
「ならば今すぐひかるたちを助けにいかせろ! あいつらが死んだら、けいは傷つくぞ!?」
パワフルは、突然俺の左腕を強く押さえつけた。
そして二の腕の部分の服を、ナイフで切り裂いた。
「何を……?」
「捕まった後に今の私のことを言われたら困るから。口封じ」
「は……?」
「知ってるかしら。MBを」
パワフルが取り出していたのは、MBの注射器だった。
記憶を消して口封じか……!
しかしMBの二度目以降の投与は効力がない。だが俺が国会事件の件で、一度投与して(されて)いることは、パワフルは知らない。
しかも麻酔を使わずにMBを投与すると、確か副作用が……。
「よせ! 言ってる事とやってる事が矛盾してるぞ!?」
「あら、MBを知ってたの。大丈夫安心して。私こう見えて医者の娘なのよ。それも外科医のね」
「そういうことじゃ……、いッ……」
パワフルは、何も言わず俺の二の腕に針を突き刺した。
俺はただ、無意識に息を凝らしていた。
「刑務所で頭を冷やして来なさい、高俊。ダークももうおしまい。長井には敵わないわ。
これからは静かに生きていくのね。高成さんもそれを望んでいるわ」
『高成さん』……!?
「あんたと親父の関係は一体――」
「……! 誰!?」
「動くなDK! そいつから離れろ!」
第三者の声が聞こえてくるより前に、パワフルは人物の存在に気づき、DKの仮面を被り銃を構えた。
青山だ。
「警察。予定時刻より随分早い到着だな」
もう警察が来たのか! しかし、どうやら青山一人のようだが……?
青山は離れた位置から、パワフルに銃を向けていた。
「もう一度言う。そいつから離れろ」
青山は低い声で、ゆっくりと俺たちに近寄る。
しかしパワフルは、あろうことか銃を降ろして三歩後退した。
「もういい。用事は済んだ。それよりも、お前にいいことを教えてやろう」
「いいことだと?」
パワフルは、足元の俺を指差して言った。
「ダークの名は糸原高俊。そう、“12月の国会事件”の犯人・糸原高成の、実の息子だ」
「……」
何故それをわざわざ今言う必要があるのか、俺は疑問に思ったが。
青山は既に知っている為、表情を少しも変えなかった。
「欲張るなよ。今回こいつの身柄は引き渡してやる。だからオレは逃がして貰おうか」
「いや、欲張るだとかそういう問題じゃないだろ。人々の安全を脅かす様な奴は、即急に逮捕すべきだ」
クソ……ッ、青山に捕まってしまえば、本当にアイツらを助けに行けなくなる。説明して助けを求めれば、共犯がバレる。
ここで捕まってたまるか。もうこれ以上、親父の時のように失うわけには……。
キーン
その時、突然強烈な耳鳴りがして視界がぶれた。
二人の会話が、耳に届かなくなる。
「う……ッ、あぁ……ッ」
体温が急激に上昇し、汗が噴き出す。
突如、激しい頭痛に襲われた。
しかもその痛みは、ドクドクと時を刻む毎に増していく。
まさか、これがMBの副作用……!?
「はあッ、はぁ……ッ、うぁ……ッ」
バットで何度も何度も頭を殴られているようだ……!
あまりの痛さに、床にうずくまり呻きもがく。
「おい……? 糸原!?」
青山が先程の緊迫した表情から一変、心配そうに俺を見下ろした。
「あら、ひょっとしてこのまま放置してたら死ぬんじゃない?」
「なっ……!」
「すっごい苦しそう……」
仮面の中で、パワフルがほくそ笑んでいるのが目に見える様だった。
「お前……! こいつに何をしたっ!?」
「お前もオレの目的を知ってるだろ。ダークを殺しに来たんだ」
「ッ……!」
恐らくイエロージュエリーからは、あと数分で応援が来る。青山としては、このままの状態を維持して二人とも捕まえたかったに違いない。
しかし尋常じゃない俺の姿に、青山は焦った。
「くそ……」
「電話はやめとけ。オレと電話、両方に意識を向けられるとは思えない。隙を見せれば撃つぞ」
青山が救急車を呼ぼうと、携帯を取り出そうとしたのを見抜かれたのだ。
青山は唇を噛み、ゆっくりと銃を降ろした。
「行け……」
パワフルは青山に背を向けると、悠々と大広間から姿を消した。
「しっかりしろ糸原! 今救急車呼ぶからな……」
青山が通話を終える頃には、パトカーのサイレンが聞こえ始める。
「う……ッ、ハァッ、アァ……っ」
「死ぬなよ絶対……!」
青山は、俺の両手のロープを解いた。
手が自由になった瞬間、俺は青山の腕を強く掴んだ。
「糸原?」
「うぅ……っ、はぁ……ッ、はッ」
もういい。ダークなんてどうなってもいい。命だけは。
誰でもいい。警察でもいい。頼む。今なら土下座してもいい。恥も外聞もない。
あいつらを助けてくれッ!!
あいつらがいなくなったら、もう俺には何もなくなってしまう!
「はぁ、あ、う、は……ッ、く……、はぁッ」
俺は過呼吸で、呼吸もままならなかった。
苦しくて思わず胸を抑える。
自分の訴えが伝わらない。それがあまりにももどかしい。
痛みと恐怖と苛立ちと不安とがぐちゃぐちゃに混ざって、涙が止まらなくなった。
青山の腕を掴む手が小刻みに震える。
「ッ~~! ッ~~~ゥ!!」
青山の困惑した顔が最後だった。
涙と鼻水と唾液で顔をぐちゃぐちゃにして、自分でもいつ失神したのか分からなかった。




