85. 4th DARK the decisive battle ⑤
長井に名を呼ばれ、俺はゆっくりと視線を上げた。
今度は、リアルタイムのようだ。
「木谷くん、と呼んだが。その名は偽名かな? 散々君の事を調べさせてもらったのだが、何も出なかった。
その若さでここまで周到に、私を追い詰めるとは。余程私に対する執念があるようだね。君は、誰だ? その動機、聞かせてくれないか」
「……」
俺が口を噤んでいると、長井は嘲笑した。
「まぁいい。後でじっくり教えて貰おう。
あの動画を流さなかった事、英断だったよ。褒めてあげよう。あの広告中、事件の一部が流れた。そしてその後に君たちが同じ動画を流す。どうなるか?
ダークがやろうとした事を、政府――つまり、私が把握していたという事になる。それを見た視聴者諸君はどう思うかな?」
「……」
「『長井は既にダークのやる事なす事を周知している。もうダークは頼りにならないし、信用もできない』かな。フフ、もう彼等にとっては失望でしかないだろうね」
……結局、どちらに転んでも同じだったという訳だ。
しかもあの広告の内容自体、視聴者の反骨心を損ねるのに十分な内容だった。
長井はほくそ笑みながら、深いため息を吐いた。
「未だに私に逆らおうとする者が、これ程いるとはね。なかなか御し難い。
国会事件での犯人の末路がどのようなものであったか、皆知っているだろう? アレは見せしめのつもりだったのに、忘れたのかな?」
「……」
『見せしめ』。その言葉に、腹の中で激しい憎悪が燻る。
しかし今この状況では、……もう口を開く事さえ出来ない。
「おっと、これ以上話していると警察が来てしまうな。最後に、仲間に会わせてあげよう。彼等に大人しく従いなさい。谷田貝の部下達だからね、力技では勝てないよ」
長井が手を挙げると、壁際にいた使用人たちが一斉に俺に銃口を向けた。
……最初から、ただの使用人ではなかったのか。
「……殺すのか?」
俺が俯いたまま口を開くと、長井は嬉しそうにほくそ笑んだ。
「うん?」
「俺が無関係なアイツらをダークに巻き込んだ。殺すなら、俺だけにしろ」
元より、死のうとしていた命だ。それが一年ちょっと伸びて、しかも色々と楽しい想いもした。……十分だ。
4人の身代わりになれるのなら、それでいい。
「フフフ、美しい友情だね。ちょっと羨ましいよ」
「……」
「しかし私を何だと思っている? これじゃあ無感情な殺人マシーンじゃないか。幾ら君ら5人が私に逆らったとは言え、そんな非道な事はしないよ」
……既に2人殺ってるくせに。
俺は仮面の奥から長井を睨みつけた。
「君が全部吐き出してから、どうするかじっくり考えるよ。ただし忘れるな。吐かなければ、君には4人もの人質がいる事をね」
MBは7日前までの記憶しか消せない。使えない。それに長井は、俺が一度投与している事は知っているはずだ。
国会事件の真相を知る俺に、制裁がない訳がない。
今後もダークとして利用させられるか、最終的には何かしらの手段で殺されるだろう。下手したら4人に入れ知恵をする俺だけ直ぐに殺される可能性もある。
……本当に、何処までも非道な男だ。どうすれば他人の胸を抉れるか、自分に屈服させられるか、考えて言っている。
あの4人も、また親父を失った俺のようになってしまう。
しかしもう……、抗う手段はない。
俺は俯き、ゆっくりと両手を上げた。
使用人だと思っていた男達が駆け寄り、俺の腕を掴んだ。そして後ろ手に縛り、仮面とシルクハットを剥ぎ取り投げ捨てる。
ようやく俺の素顔ーー失意に沈む俺の顔を見て、長井は高らかに笑った。
「ハハハ……! 私の完全勝利だね。早くこちらに来なさい。直接君の化けの皮を剥がせるのが楽しみだ。ハハハ……ッ」
男達は俺の腕を強く引き、大広間の出口の方へと向かった。なす術もなく俺はそれに従う他なかった。
せめて、俺が糸原高成の息子だと言うことだけは隠し通して死にたい。そうでなければ、長井は親父の墓まで暴きそうだ。
「しかし、このまま終わっていいのか? 糸原高俊」
「……!?」
隠し通したい、と思った直後に、俺の腕を引く男が本名を呼ぶ。
驚いた。長井ですら知らない俺の本名を、何故……!?
「このズボン……、お気に入りなんだけどな……」
「は……?」
俺は男のズボンに目を向ける。
赤チェックの、派手なズボン。
これは……何処かで……?
「そこまでだ!」
今度は大広間の入り口の方で、叫ぶ声がした。
俺も谷田貝の部下達もモニターの中の長井も、その姿に驚愕した。
DKだ。ただし、一人。
「はぁ……!?」
誰だアレは!? 意味が分からない。
ひかるもまさかりさんもエリンギもじーさんも、もう谷田貝の手の内の筈なのに。
さっきから意味不明な事が立て続けに起こり、頭が追いつかない。
「な……っ、誰だ貴様は!?」
長井にも青天の霹靂だったようだ。
DKは、ほくそ笑んだ。
「見て分かるだろう、DKだ。ダークを殺しに来た。置いて行け」
そう言うとDKは、手に持っていたガス噴射機を勢いよく作動させた。
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事の成り行きを、青山はただ見ている事しかできなかった。
国会事件の動画を流そうとした糸原の企ては、長井によって阻止され失敗に終わった。
長井は糸原を連れ去り……下手をすれば殺そうとしているかもしれない。
青山が割って入ろうと思った瞬間、使用人達が一斉に銃を取り出した事で踏み止まった。
これは……、今刑事の自分が飛び出していったところで、袋のネズミか?
今のやり取りを見た事で、長井は青山をも口止めしようとするだろう。そうすると、糸原と同じ末路を辿る事になる。
青山がどう糸原を救うか考えている内に、DKがガス噴射機を持って現れた。
そしてそのガスを吸った男達が、バタバタと倒れていったのを見て、青山は慌てて離れた。
催眠ガスだ。抜かった……!
青山は抗麻酔剤を飲み干した。
効き目が出るまで確か3分程だったか、クソ……!
状況は最悪だ。
急がなければ、今度はDKに糸原が殺される……!
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DKは催眠ガスを噴射したようだ。
谷田貝の部下達がバタバタと倒れていく。
「貴様らぁ! ダークをそいつにやったら許さんぞ!
何が何でも連れて来い!」
モニター越しの長井が絶叫する。
「高みの見物は黙ってろ、長井」
「なん……っ」
DKが、モニターに向けて光線を撃った。
モニターは火花を散らし、画面は真っ暗になった。
「くそっ、早く来いっ」
赤チェックのズボンの男が俺の腕を掴み、大広間の外へ連れ出そうと引っ張る。
しかしDKはその背中に麻酔銃を撃った。
男は倒れ、大広間には抗麻酔剤を服用していた俺とDKのみになった。
「っ……」
俺の足元に、男の持っていた銃が落ちた。
しかし拾おうにも、両手を縛られている。
「動くなダーク。積年の恨み、今晴らす」
DKは今度は、俺に光線銃を向けた。
俺は奥歯を噛んでDKを見据えた。
「誰なんだお前は……、お前が本物のDKでないことは分かってるんだぞ」
DKは銃を向け俺に近づきながら、フッと笑った。
「本物のDKとは? このDKと言うのは、ダークの都合の良いように動く黒子なんだろう? なら、今もそう言う事になるのでは?」
「……?」
まさか、コイツ。DKの役割を知ってる……?
「お前が誰だか知らないが、恨まれることをした覚えは無い。積年の恨みとは何だ」
「さぁ……、その設定に関しては私よりあんたの方が詳しい筈だけど」
「はぁ……?」
DKは、俺の正面に立った。
「ただ、あんたは私を怒らせた。あんたは、このダークの成功率が50パーセントだと言ったわよね。でも私を怒らせた時点で、限りなく可能性はゼロだったのよ」
「何……!」
何故そのことを……!?
まさか……!
「……あ、その顔はどうやら、私の正体が分かったみたい」
「……」
「今、防犯カメラは作動してるかしら」
「まさかりさんのパソコンが落ちているからな。破壊するのが妥当だ」
DKは天井を見渡し、目に入ったカメラを次々と撃ち壊していく。
「……これで全部?」
「あぁ……」
「そう」
DKは、ローブのフードを取り、仮面を取った。
束ねた髪が、左右に揺れる。
「何が目的だ……、パワフル」
「あんたを総理には引き渡さない。代わりに警察に渡そうと思ってね。高俊」




