80.決戦前夜
2074年3月2日
ダークから、4度目の予告状が出される。
ダークの捜査を外れた青山は、それをニュースで知った訳だが、いつもと違うやり方に首を傾げた。
原本はイエロージュエリーに。
そして同日23時、国内外の主要メディアのSNSアカウントが同時に乗っ取られ、同様の予告状が世界に拡散された。
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上巳の節句の子の初刻
彼の全てを奪いに参る
怪盗DARK
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……明らかに、いつもと違う。
青山は顎に手を当て、自宅でダークのニュースを見ながら考えた。
まず、二行であることに驚く。
一行目の上巳の節句とは、ひな祭り、3月3日のことを指す。
いつもなら二行目に場所が示してあるのだが、今回はそれがない。
しかし今回、この予告状はイエロージュエリーに宛てられていた。当日捜査本部は、イエロージュエリーの警備を固めるつもりらしい。
更に盗むモノさえあやふやである。
予告状の『彼の全て』を、捜査本部は『平野の命』と認識した。よって平野邸も一部捜査員が付く。
そして青山が発見した、小さいけれども重大な違和感。
いつもなら『頂く』と表記されているのが、『奪う』になっている点。少しとげとげしい言葉に聞こえる。
ダークは過去3回と、何かを変えようとしている。
そしてSNS。こちらに拡散された予告状には、動画サイトのリンクが貼ってあった。
生配信用の動画部屋だ。そこにはこう一言。
『ダークの華麗なるショーを、しかと刮目せよ』
配信は予告状の通り、3日の23時に始まる。
……公開犯罪を予告するとは。何と大胆な。過去3回あれだけ注目を浴びたのだ、間違いなく世界中から視聴者が集まるのだろう。
警察はダークの動向が読めない以上、動画サイトを閉鎖せずに捜査の糧とする事に決めた。
――青山が思い浮かべるのは、糸原高俊の顔だった。
青山の中で糸原は、確実にクロだ。
動機、背丈、その他諸々の条件も合致しているのに加え、話し方。
イエロージュエリーでのダークの会話と、ファミレスで交わした糸原との会話。
あのペラペラとよく回る口。傲慢でどこか他人を蔑む態度。挑発的な言葉。……ダークそのものだ。
青山は糸原に対して、更に調べを進めていた。
彼は高校3年生の時に、全国模試で1位を取っている。あの計画の立案、頭の回転の速さ。納得がいく。
彼が地方の家を出て上京したのは、高校を卒業してすぐの3月。初回のダークは5月。時期も合う。
そして糸原が住む、ルームシェアの同居人。
高校生と、留学生と、社会人と、老人の4人。
この高校生――先日糸原と一緒にいた子は情報が掴めなかった。この子も偽名を名乗っている可能性がある。明らかに女の子なのに、男子限定の住居にいるからか。
留学生は、以前パーティ客として調査した外国人。世界的企業の御曹司。……つまり資金源。
社会人の職業は、フリーランスのネットセキュリティの専門家でハッキング対策の講師。
老人は特殊メイクの達人。
……青山の中で、全てが繋がりかけている。
だがこれは青山一人の調べで、捜査本部にはまだ明かしていない。
しかしここからが矛盾点。
糸原がダークなら、前回平野を狙った理由が分からない。青山はダークが長井と既に繋がっていると解釈したが、糸原の性格上、カタキである長井に従うとは思えない。
いや……、それとも既に長井はダークの正体を知っていて、ダークは従わざるを得ない状態だとか? だとすれば合点がいく。青山を捜査から外し、戦力を削いだ理由も。
「ふぅ……」
空になった缶ビールを、静かに机に置く。
テレビでは何人かの評論家が、ダークが何故平野に狙いを変えたのか討論している。
――今の俺には、誰の意見も必要ない。
明日。ダーク当日、青山は糸原の動向を監視することにした。
捜査から外れたのは不幸中の幸いだ。そうでなければ否応なしにイエロージュエリーに行かされていただろう。
糸原高俊がダークなら、イエロージュエリーはもう狙わない。形勢逆転を狙って、父親の仇である長井の方に行く。
イエロージュエリーに予告状を送ったのは、警察をそちらに行かせる為の陽動で、予告状に場所や盗品を明記しなかったのもそれが理由……だと青山は予想した。
しかも青山がダークの捜査を外れた事を、糸原は知らない。青山が自由に動けて自身をマークされる事は、糸原にとって誤算のはずだ。
……糸原には正直、その境遇には同情の余地があるし、自身にもそれを阻む負い目はあるものの。
過去3度の盗難被害総額・2億4,600万円の狡猾な窃盗犯である。その事実は曲げられない。
刑事として、犯罪者を捕まえるまでである。
彼の成そうとしている事はまだ分からないが、もし父親の復讐であるなら――殺人だけは止めなくては。
青山の目は、糸原高俊を見据えて燃えている。
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3月3日
午前0時48分
さくら号
……眠れない。
俺は22時間後に迫ったダークを控え、落ち着かずにいた。
過去3度とは違う。今回信じるのは、自身の作戦だけではない。
裏切り者という、不確定要素。
他人を信じなければならないこの状況。ここまで他人任せで、不安定なまま作戦を決行するのは初めての事だ。
しかしこれ以上待っても何も解決しないと悟った。もう、進むしかない。
心地良そうに眠るまさかりさんのいびきが、今日は恨めしかった。
やむを得ずベッドから抜けだし、水を飲もうとキッチンに向かった。
ダイニングの明かりがついている。
ひかるがテキストを開いて勉強していた。
「何してるんだ、こんな時間に」
はっとしてひかるが振り向いた。
「タカこそ……、こんな時間にどうしたの」
「喉乾いたから」
俺は歩きながらそう言い、コップに水をくんで一息で飲み干す。
「お前は?」
「おれは……、眠れなくて」
「眠れないから勉強してるのか?」
「……うん」
「変わってるな」
俺はフッと笑った。
一緒だな。
ダイニングは小さな電気ストーブがついているが、少し冷えた。
ココアを作った。レンジで温める。コーヒーが飲めない奴には、大体ココアを作ると喜ばれる。
「……何の教科?」
「数学」
「分かるのか」
「……分かんない」
「……」
レンジから華やかなメロディがなる。
俺はコップを2つ持って、ひかるの隣に腰掛けた。
「……ん」
すすす、と食卓の上をスライドさせて、ひかるの目の前にコップを置く。
ひかるは驚いた。
「え……、くれるの?」
「……いらなかったらいい」
「いやいや!」
俺が目を合わせずにコップを下げようとすると、ひかるはその手を慌てて掴んだ。
「……ありがとう」
ひかるは口を綻ばせて、ココアに口をつけた。
「美味しい〜」
「……そう」
ひかるの横顔を一瞥して、俺は数学のテキストに目を向けた。
消しゴムの跡。苦戦してるみたいだ。
暫し、沈黙。
「あ……、あのさ」
「ん」
「……ここ、教えて」
「ここ? 応用問題じゃないのか?」
「あ……、うん、まぁ……」
「お前ホントに進級出来るのか?」
「い、一応学年の中の上くらいはキープしてますっ」
全く……。俺は家庭教師じゃないんだぞ。
俺はコップを静かに置いて、ひかるの筆箱からシャーペンを取り出した。
「これは、このx=2√3を使って、この公式を使って解く。わざわざ公式を書いてるじゃないか」
「いや、それは分かるんだけどそっから先が……」
「だからこれは――」
俺は親切丁寧に、じっくりひかるに教えてやった。
ひかるはずっとはにかんだ笑顔で、別の問題も聞いてきた。基礎的な簡単な問題も聞かれた。
「こんなのも分からないのか!?」
「いいじゃん、教えてよ〜」
「ホント、バカを相手にすると疲れる……」
「いやいや、タカ笑ってるじゃん。教えたそうに見えるよ?」
「はぁ? こんな時間に数学の問題を教えたいなんてバカがどこにいるんだ」
「じゃあやっぱり寝ようかな……」
「バカ、全部終わるまで寝かせない」
「バカバカ言わないでよ。本当にバカになるじゃん」
そうしてバカな問答をしている内に、気付いたら壁時計は深夜2時を指そうとしていた。
「……他は?」
「や、もう問題なくなっちゃった。ありがとう」
ひかるがにっこり笑って俺を向くと、はっと気付いた。
いつの間にか、肩と肩が触れ合うくらいの距離まで、くっついていたのだ。
ひかるは俺から慌てて目を逸らして、冷めたココアを飲み干した。
「……」
「……」
妙な空気が流れる。
「……あのさ」
「ん……」
「……明日だね」
「正確に言うと、今日だな」
「あ、そっか……。タカさ、全部終わったら何するの?」
「……何って」
「例えば、ハワイに別荘立てるとかさ……」
「はぁ?」
「いや、例えばだよ例えば」
ひかるは俯いて、小さな声で言う。
「さくら号、出てっちゃうのかな、って、思ったり……」
俺は腕組みをして、鼻から息を吐いた。
「考えてない。先のことなんて」
「あ……、そうなんだ」
「ただ長井を倒した後、どうやってコンドルを捕まえようか、それだけは考えてる」
「え、もう考えがあるの?」
「いや……。まずは明日をどう乗り切るかしか考えてない……」
「……」
ダークの闘いは明日で終わったとしても。
親父の潔白を完全に証明するには、黒幕であるコンドルも捕まえなければならない。
俺の闘いは、終わらない。
ひかるは意を決したように、俺を見て言った。
「タカ、今日のダークが終わったら、みんなに全部話してみたらどうかな……?」
「……」
「あ、その、名前の事は言えなかったっていうのは分かるよ。あんなに信じてって言ってるのに、自分は嘘ついてましたって、言えないよね……。
というかおれも、名前と性別嘘ついたままだし……」
……そうか。それに関してはひかるも同じか。
「けど裏切り者のことも、今日成功すれば全部なかったことになるんでしょ? 明日からは、みんなを信じて大丈夫なんだよ。
みんな最初は驚くし、偽名とか使ってたんだし怒るかもしれない。けど絶対、分かってくれるし協力してくれると思う!」
「……」
「1人で戦うことないんだよ? おれたちを信じてタカ……」
俺はフッと笑った。
「元より、そのつもりだった」
「あ! そうなんだ!」
「裏切り者にあれ程信用しろと言った手前、これ以上アイツらに隠し事はしたくない。明日が全部終わったら、言うつもりだ」
「うん……」
「ただちゃんと俺の口から説明して、今まで偽名を名乗ってたこと、本当のことを隠してたこと……謝りたい。だから、お前の口からは黙っててくれるか」
「うん、もちろん。それがいいよ。おれもちゃんと、タカの後押しするから」
俺はそういうひかるの顔を見た。
真っ直ぐに見つめてくるひかるの目を一瞬見て、背けた。
……俺も聞きたい。
「お前は?」
「え?」
「お前は明日が終わったら、どうする?」
「おれは……。おれも、みんなに嘘ついてた事謝るね」
「そうだな」
「それでとりあえず今の高校卒業するまでは、さくら号にいると思う。あ、3人がおれが女でも居て良いって言うならだけど……」
「そう」
「うん」
「……卒業したら?」
「卒業したら……」
ひかるは言葉を噤んだ。暫く考え込んでいるようだった。
……何となく、聞いたことを後悔した。
「……寝るか」
「あ、うん……。ってアレ? 今何時?」
ダイニングの壁時計。ずっと2時を指す前から変わらない。
「止まってる……。げっ、もう2時半だ」
「電池切れか。早く寝るぞ」
「うん……」
俺はこういう事を、あまり信じはしないが。
不吉だ。
胸騒ぎがしている。
しかしそれは、気のせいだと考え込むようにした。
裏切り者さえ裏切らなければ、俺の作戦は絶対に上手くいく。
俺はアイツらを信じている。あの時流した涙と、手を重ねて誓い合った事に……嘘偽りはないと。
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同日
長井邸
かつてダークのデビュー戦としてその舞台となった大広間は、その時のパーティの華やかな飾り付けは一切なく、白い大理石に囲まれたただ広い虚無の空間となっていた。
唯一その中央に置いてある、巨大モニター。
その前で、長井は電話をしていた。
「あぁ……。では明日は計画通りに。君には期待してるよ」
長井は、ほくそ笑んだ。
「私に刃向かった者はどうなるか……。思い知らせてやろう。フフフ……」




