8.お前らがバカで良かった
俺は座ったまま、立ち上がったまさかりさんを睨んだ。
「言うかと思った」
「だったら言うなよ! 断られるの分かっててなぁ!」
「断られるとは思ってない」
「はぁ?」
まさかりさんはすっとんきょうな声をあげる。
「分かってんのか!? お前がやろうとしてることは犯罪、は ん ざ い なんだぜ?」
「分かってる」
「相手はあの長井だぜ!? 捕まったらこれだぞこれっ」
まさかりさんは手で首を横に裂くジェスチャーをして見せた。
“害刑制度”から、捕まったら「死」、そういうことだ。
「“12月の国会事件”の二の舞になんだぜ!?」
その時、俺は少し表情を曇らせた。
“12月の国会事件”――
長井殺害が未遂に終わり、“害刑制度”で長井が犯人を3日で処刑した事件。
まだあの事件から、4ヶ月程しか経っていない。
「……それは有り得ない」
「有り得ないなんて有り得ねーよ」
「俺があの人だったら、確実に長井の息の根を止めたのにな」
「……っ」
真顔でそう言う俺に、皆凍ってしまう。
俺はふっと笑って言った。
「あぁ……、言っただろ。人間を殺さないのが約束だと」
「そ、そーだよネ」
「ほ、本気で聞こえて怖かった……」
俺はそう言うひかるの顔を一瞥する。
……こいつは俺のーー糸原高俊の事情を、表面的だが知っている。
「俺はあんな計画性のないことは実行しない」
「計画性のない?」
「心身共に準備が出来てなかったから、銃口が向けられても引き金がひけなかった。俺はこんな阿呆なことはしない」
「え?」
皆がキョトンとした顔で俺を見る。
……しまった。
少し感情的になって余計な事を言った。
「あ? 『銃口が向けられても引き金を引けなかった』って、なんの話だよ」
「犯人は天谷って人を殺したんだよネ?」
「よくわからんが……。国会事件の状況を知ることが出来たのかのぅ?
あの事件、確かに大きな事件の割には報道が少ないと思っとったんじゃ」
「……」
俺が上手く話を逸らそうかと、目を泳がせて考えていると、
「ねぇ、タカ」
何かを察したひかるが、助け舟を出した。
「絶対、誰も殺さないんだよね」
そう真っ直ぐ聞いてくるひかるの目を見て、俺はひかるの言わんとしたい事を察した。
俺は本心から、強く言った。
「あぁ、それは絶対だ」
「なら、おれやるよ。タカがやるって言うなら」
その発言に皆が驚くと共に、俺は口元を歪ませた。
コイツの賛同は、俺の境遇を知ってるからなのか、はたまたそうでないのかは……分からないが。
何にせよ、最初の賛同者になってくれた事は有り難い。後が続きやすい。
「おいひかる……、お前こいつの話理解出来たか?」
「馬鹿にしないでよっ。おれは本気だから!」
ひかるは俺の目を、真っ直ぐに見た。
「タカ、おれタカを信じるよ」
「……」
「タカなら出来ると思う。長井を倒せると思う」
……コイツ、出会った日からそうだが。
何故そんなに俺の懐に入って来ようとするのだろう。
「んナ……、何の根拠もないの二?」
「だってタカが本気だから。冗談で物がいえる人じゃないじゃん!」
「ひかる、お前さ。何でそんなに高英に肩入れすんだ?」
「えっ」
まさかりさんが首を傾げるのに、しどろもどろになるひかる。
「そ、そんなに肩入れしてるっけ……?」
「だってお前初日から、コイツの事『良い人だよ!』ってムキになってたし」
「そ、それは……」
「まさかりさん、そレ、聞かなくてもいいんじゃなイ……?」
「わしもそう思う」
エリンギが苦笑いで意味深な事を言うのに、うんうんと頷くじーさん。
「……やっぱ、今のナシ」
「あ、うん……?」
「……?」
いや、何故今のでまさかりさんが納得したのか俺には分からなかったが。
まあひかるが俺の味方をしてくれる事は都合が良いので、いいか。どちらにせよ俺と“組んでいる”お前には、拒否権は無い。
「わしもやるよ、タカ」
「えぇ!?」
じーさんがあまりにも平然と言うのだから、まさかりさんとエリンギは思わず声をあげてしまう。
「じ、じーさん。なんで……」
「わしな、実は先月孫が産まれての」
「そ、そーなノ?」
「じーさん結婚してたんだ……」
「わしはばーさんが死んで一人じゃ寂しいから、ルームシェアを選んだんじゃよ。息子夫婦の世話になるのも申し訳ないし。孫がこれから生きていくのに、今の長井政権には託したくないんじゃ。
……それに、わしの変装技術がどこまで通用するか試したい……ほほ」
「分かってんのか!? こいつが計画してんのがどんだけ無謀なことかが!」
「無謀? そうかの……、そうは思えんが」
「これが無謀じゃなかったら何が無謀なんだよ逆に!」
耳まで真っ赤にして怒鳴るまさかりさんを、まぁまぁと静めるじーさん。
「まさかり、長井とわしらの違いは何じゃ」
「違い? そんなもん――」
「同じ人間に変わりない。ただ考え方と環境が違うだけじゃ。つまり同じ人間であるわしらにも、工夫すれば手が届く可能性はゼロじゃない」
「いや……限りなくゼロだろ……」
「千里の道も一歩から。わしはさっきのタカの作戦を聞いて、彼がわしらの司令塔になれば、いずれ何かを成せる気はしたぞ。それ程タカは賢い」
「いや、賢いとかそういう問題じゃーー」
「まさかりさん」
再び俺は口を開いた。
「“12月の国会事件”について、報道機関はあまり詳しく取り上げなかった。何故だ?」
「は、またその話かよ……。知らねーよ」
「それは、何か長井が不利になる要素があるからだ。長井はあの事件を、うやむやにして終結させたかったんだ」
「は? アイツは被害者だろ? 殺されかけたんだから」
「だったら長井の性格から、もっと大々的に国民に真実を伝え、あの人をもっと悪人にした筈だ」
「そ……、そうか?」
「報道機関もこんなビッグニュースに飛び付かない筈がなかった。裏で奴が糸を引いているのは間違いない」
「……って、だからそれと怪盗の何が関係あんだよ」
「……エリンギ」
「エ?」
「は? シカト!?」
また顔を赤くするまさかりさんを無視して、俺は今度はエリンギに問う。
「ダンボールハウスの人々が、年間何人餓死や凍死しているか、知ってるか」
「エ……」
「全国で年間約1,200人だ」
「……知らなかったヨ」
「知らないのは当然。報道機関がそれらに一切触れないからだ」
「それも、長井か」
「そう。奴は他国や富裕層からこの国を少しでもよく見せようと、不都合な事実は人々から揉み消している」
1,200人は嘘……というか根拠のない想像だ。
そもそも報道機関が触れてない内容を、俺も知る事は出来ない。だが具体的な数字を出す事で、信憑性は増す。
「じゃあその報道機関を、奴の都合のいいように手懐けさせるには。……もう手段は限られる」
「弱みを握る、とか」
「もっと簡単に」
「……やっぱ、お金?」
「そうだ。当然、報道を買ってるのは長井の金だろうな。いや、報道だけじゃない。警察や政治家たちさえも……。ならその長井の金はどこから来る?」
「……税金じゃの」
「そうだ、長井の金のでどころは税金、即ち俺たちの金だぞ。まさかりさん」
「お、オレたちの金は長井のために消えてんのかよ!」
「度重なる増税も、そのためだ。
あんたの生活も日に日に苦しくなっていくだろうな……」
「許せねぇ……!」
まさかりさんの目の色が変わる。
「で、怪盗の話に戻るが。長井を倒すには多くの国民の信頼が必要だ」
「どうするの?」
「怪盗をすれば多額の金が入る。その一部を下層庶民の寄付金にまわすんだ」
「おォ……!」
声をあげたのはエリンギ。
「俺たちの都合がいいように彼らの気持ちを利用しているだけだが、結果として彼らの命も救える」
「すごイ!」
「俺たち怪盗は、正義のヒーローになるんだ。エリンギ」
「ヒーロー……!」
「ちなみにティアラの換金予想額は5,000万。
内経費を200万で見積り、3,800万を寄付。
残りの1,000万を5人で山分けだ」
「1人200万!?」
「もし初回でうまくいけると確信を持てれば、2回目以降は更に盗品の額を上げる。
即ち、俺たちの取り分も増えるわけだ」
まさかりさんもエリンギも、思わずほくそ笑んだ。
「200万……ぐふふ」
「怪盗万々歳だネ!」
それから4人は和気藹々と怪盗について話し出した。
全員、落ちたな。こんなので言い包められるとは。
俺の目的の為に命を賭けてくれるなんて、有難い。
余程緩い人生を送って来たんだろうな、それはそれで羨ましい。
お前らがバカで良かった。