78.成功率は50%
皆の嗚咽は止まらないが、それでも俺は無理矢理話し始める。
「今裏切り者が手を上げなかったのは、考えられる理由として2つ」
気持ちを落ち着かせようと、大きく息を吸う。
「一つは、言いたかったが言う勇気が持てなかった、という理由」
誰かが鼻を啜った。
「もう一つは、泣き真似がとても上手な……、皆の思いやりを感じることも出来ない、本当に金しか頭にない酷薄な人間である、という理由」
「そんな……」
「俺は前者に賭ける。……お前らは?」
そんなこと、聞くまでもないか。
「前者じゃ」
「おれもっ」
「ボクも!」
「もちろんオレも」
俺は2つの見取り図を、丸めたまま机の上に置いた。
「2つ……?」
「こっちが長井用、こっちが平野用だ」
「エ……?」
「まさか、2ついっぺんにやっちまうのか?」
「まさか」
まさかりさんがまだ涙目のままでぽかんと口を開けていたので、少し笑ってしまった。
「じゃあ聞くが。どっちがやりたい?」
4人はそれぞれ顔を見合わせた。
「そりゃ、長井に決まってんだろ」
「そうだヨ。平野さんを狙う理由なんてダークにはないんだシ」
「しかし……、裏切り者がいるとしたら、長井にわしらの計画が知れてしまうじゃろ……?」
「じゃあみすみす長井に従うって言うのかよ!?」
「熱くなるなまさかりさん」
俺が仲裁に入ると、まさかりさんはすぐに熱が冷めた。
「お前らがどちらをやりたいと言おうが、俺は長井を狙うつもりだった」
「……なんか、策があんのかよ」
「ある、が……」
「……が?」
「成功率は、50%だ」
皆が不安を隠せずに表情を曇らせた。
「そう。さっきの、裏切り者が前者か後者かによって決まる。もし裏切り者が後者の酷薄な人間なら……、この作戦は必ず、破綻する」
「破綻する、って……」
「つまり長井に、長井狙いの作戦が筒抜ける訳だ。もし裏切り者がまた裏切ってくれたなら、長井は必ず俺たちに制裁を加える」
「……」
皆がしばし沈黙になる。
成功率は50%、なんていう弱気な発言が皆を不安にさせているのは分かっている。でもここは、強がって嘘をつくべきではないと思った。
「……で、そのタカの言う作戦とは、何じゃ」
沈黙はじーさんが破った。
「俺は真剣に手抜きをせず、長井用はもちろん平野用の作戦双方を立てた。今からお前らにはその両方を説明する。もちろん実行するのは長井の方だが、裏切り者には平野を狙うと密告してもらう」
「……なるほど」
「じゃあもし、その人がおれたちをさらに裏切って、本当のことを教えたら……」
「それが、この作戦の破綻だ」
「……」
ひかるが、また泣きそうな顔で俯いた。
「それで、長井の作戦の方を粗方説明しておくと」
俺は片方の見取り図を卓袱台に広げた。
皆が目を丸くする。全員、見覚えがあったから。
「これって……」
「長井邸!?」
そう。一番最初のダークの場所。
「また……?」
「何を盗むノ?」
「ダークの当初の目的通り、長井の地位や権力や名声。……そう。ダークが一番奪いたかったものだよ」
「どうやって……?」
俺は唾を飲んだ。声が少し、震えた。
「今から話す事は、長井の息の根を止める一発限りの手段で……。元よりこの作戦を実行する為に、今までダークで注目を浴びてきた。
これが失敗すれば、過去3回のダークも水泡に帰し全てが終わる。本当に、お前らの事を信用してるから話す。これを聞いたら、俺の心臓を鷲掴みにしていると……それくらい一番の秘密を話すと思ってくれ」
「……分かった」
ひかるは、これから何の話をするか分かっている。
3人は、神妙な面持ちで頷いた。
俺は一息ついて、冷静に語り出す。
「“12月の国会事件”、覚えているな? 俺は、あの事件の国会中継の動画を持っている。
お前らが知るあの事件は、全て長井の都合の良いように書き換えられたシナリオだ。本当は長井が人を二人殺している」
「え!?」
「これは長井が殺人を犯し、全てを隠蔽したという確かな証拠だ。これが世間一般に広まれば、奴はもう政界どころか娑婆の空気を吸う事は出来ない。
俺の最終計画は、この動画を世界中にばら撒く事だ」
俺は携帯から、テレビに動画を映した。
「動画内で人が二人死ぬ。……実はひかるが既に見ているんだが、コイツはその時過呼吸になった。気分が悪くなったら離席してくれ」
「エ……」
ひかるは気まずそうに頷いた。
「流すぞ」
3人の前で、動画を再生した。
___________
3人は、息を吸う事も忘れ動画を見た。
長井が親父と天谷の二人を殺した事実を、3人は知る。
ひかるは辛そうに、途中からずっと目を閉じていた。
俺はもう、何度も見た。しかし何度見ても、親父が撃たれる瞬間は直視出来ない。今回もその時だけは目を背けた。
「糸原高成は、誰も殺してなかった……」
じーさんが驚愕して呟いた。
「こんなの……、こんな重大な事、長井は隠してるのかよ……。信じられねぇ……」
まさかりさんが震える声で言った。
「ちょっト……、水飲んでくル……」
エリンギは口を抑え顔を青くして、キッチンに立った。
「しかしタカ、この動画、お前さんはどうやって手に入れたんじゃ?」
「あぁ、こんなの世に出回ってねーよな。いや、長井が必死こいて隠してたってのは分かるけどよ……」
俺はまさかりさんとじーさんから、目を逸らした。
「……たまたま国会中継を見てて、慌てて録画した」
「そうか……」
俺が嘘を言ったのに唯一気づいたひかるは、驚いて俺を見た。
俺が糸原高成の息子だという事は、今は言うべきではない。
あれ程さっき『俺の事を信用しろ』と言った手前、今更一年間も『実は偽名をずっと名乗ってました』なんて言えるか?
今じゃない。それは全部終わってから言えばいい。
よってコンドル――親父を操った黒幕の存在も、動画の入手経路も今は話すべきではない。これは糸原高成の息子の俺だから知る情報だからだ。
エリンギがコップを持って帰ってきた。
ひかるが心配そうに駆け寄る。
「エリンギ……大丈夫?」
「ウン……、何とカ。でもこんなショッキングなモノを、世界中に流すノ……?」
「時間帯は考えてる。それも含め、作戦の概要を説明する」
5人は改めて、ちゃぶ台を囲む。
俺は紙とペンを持ち出し、書きながら説明を始めた。
「まず予告状だが。今回欺かなければならない対象は3つ。長井・警察・DKだ」
「DK……?」
「俺たちが最終的にやる事は、『長井邸大広間で、ダークが長井を破滅に追い込む宣言をしてから、動画を流す』事だ。
まず長井には知っての通り『平野を殺す』フリを直前までしなければならない。そして今回警察やDKの存在も要らない、邪魔だ。
よって長井には『ダークは平野邸へ侵入し平野を殺す』という作戦を流し、予告状には何を狙うのかあやふやに記す。そして実際に予告状を出すのはイエロージュエリーだ」
「え、平野邸ではなくて?」
「そうすれば平野邸の警備が厚くなる。平野邸は長井邸――首相公邸と違って普通の一軒家だ。いくらダークでも侵入し平野を殺す事は出来ない。計画の杜撰さに長井も気づいてしまうだろう。
そこで予告状に場所は明記せず、イエロージュエリーに送りつける。すると警察はイエロージュエリーを警備する。不意打ちのように平野邸に侵入し殺す……というのが、長井にリークする偽の作戦だ」
「複雑になってきタ……」
エリンギが眉間に皺を寄せて頭を掻いた。
俺はため息を吐いた。
「今回は本当に欺かなければならない対象も多い。しかも青山には、もう俺がダークであると目星を付けられている」
「え!?」
「青山にも妨害されないように、イエロージュエリーに行ってもらわないと困るんだよ……。
本当に今回複雑で、俺自身正直抜け穴がないか何度も考えて頭が痛くなってるんだ。おかしいところがあったら突っ込んでくれ」
「タカの作戦に突っ込める人なんていないよ……」
ひかるが苦笑いで言うと、皆が深く頷いた。




