77.お前らを信じる
しばらくしてひかるが帰って来る。
けいの事で何か言われると思ったが、何も言ってこなかった。
全員が風呂からあがり、後は寝るだけの状態を待ってから、再び卓袱台に召集をかけた。
そして、丸めた見取り図を置いた。
……ただし、2つ。
4人は不思議そうな顔をしながら、いよいよかと息を吐いた。
「ごめんタカ、先にいい?」
俺が切り出す前に、ひかるが口火を切った。
「けいを送った時に、パワフルと会って……。けいが急にまた泣き出して、パワフルが理由を聞きたいって顔をしてたけど、逃げてきた」
「逃げたっテ……」
「だって、説明なんて出来ないでしょ! けいが裏切って、パワフルが長井に喋って、タカが怒ったなんて……。ごめん言い方悪かった。怒ってたのはおれもだけど」
「……」
「これから、どうやってパワフルに接すればいいの……? パワフルはさくら号の大家さんなんだから、関係は切っても切り離せないじゃん……」
「もう接しなければいいだろ」
俺は少しぶっきらぼうに言った。
「と言うより向こうも近付いて来ないだろ。今頃、けいがさっきのことをお前の代わりに説明しているに違いないから」
「……」
「それに家賃は銀行から引き落とされるんだ、特に会う必要はない」
ひかるは悲しそうに、何も言わず俯いた。
俺は……、迷っていた。このまま、パワフルを無視するべきか否か。
一体裏切り者が、どれだけの情報をパワフルに流しているのかを知りたい。しかし教えてくれる訳がないだろう。……敵なのだから。
俺はもう、パワフルを完全に敵として見なす。
「けいがダークに入った去年の夏くらいから知ってたってこと……? なのに、どうしてあんなに親切にしてくれたの? 信じたくないよ、パワフルが……」
「ひかる、恐らくあいつはお前の誘拐の計画に加担してるんだぞ?」
「……!」
「もうあいつの言葉に耳を貸すな。あいつはダークの敵なんだよ」
5人の間に、どんより沈んだ空気が流れる。
「パワフルのことはもう……、諦めろ。長井との交流のために、あいつは俺たちを裏で利用してたんだ」
「……」
「とにかく、こっちから無駄に刺激するなよ。あいつは俺たちの弱みを握ってるんだ」
4人からは、まだ諦め切れないという空気がひしひしと伝わってくる。
……仕方ない。この前まで一緒に食卓を囲んだ仲なのだ。俺以外は普通に接していたし。
しかも、親父の手紙をますます渡しにくい状況になった。
『もし、生きる希望を失くしたら。
死にたくなったら。
幸せそうな奴が憎くなったら。
もう1つの封筒を持って、別紙に書いてある住所の人へ、会いに行きなさい』
いや、もう……、いい。
今の俺は、それのどれにも当てはまらない自信がある。
話が途切れ、じーさんが口を開く。
「……で、タカよ。話というのは次のダークの作戦会議かの?」
「違う」
「違うのか? じゃあその見取り図は何だよ」
まさかりさんが怪訝な顔をして言った。
「……まさかりさん、落ち着いて聞けよ。良い話ではないから」
「またかよ……」
一応、念を押しておく。
……また殴られてはかなわない。
「ひかる、証人になってくれ」
「え?」
「お前が谷田貝から解放された時の会話だ。
あいつは確かに、『ダークのことを口外したと、俺が他3人のことを疑ったらしいな』……と俺に言ったな」
「エ、なんでそのこト……」
3人は眉間にしわを寄せた。
ひかるはゆっくりと頷く。
「うん。確かに……」
「憤慨して『ダークやめよう』なんて言い出した、とも言ってたな」
「うん……」
「それが、何なんだよ」
「その事実は俺たちだけが知る事実で、けいやパワフル、ひかるも知らなかったことだ」
「……そうじゃの」
「……俺が言いたいこと、分かるか」
「……」
この沈黙の意味は、恐らく全員一致ではない。
首を傾げていたのはエリンギ。
「つまり谷田貝がその事実を知るには、俺たち4人の誰かが告げ口をしなければ、有り得ない」
「エ……」
全員の表情が強張る。
しかし誰も反論しなかった。
危惧していたまさかりさんも、動かなかった。
「自白タイムは、5分だ」
俺は携帯のタイマーを操作し、卓袱台の中央に置いた。
「この5分間に自白がなければ……、諦める」
「諦めるって、何を」
「その裏切り者が、今後も俺たちの仲間であり続けることを、だ」
タイマーがスタートする。
少し間を置いて、俺は再度口を開く。
「ただ、裏切り者と言っても、悪意のある裏切りではないと思う」
「え……?」
「例えば長井サイドの人間やパワフルに、金目的で情報を渡したのではなく。
恐らく、身内や知り合いや、俺たちの身の安全を担保にされていたとか。……そういう理由があったと信じたい」
「……」
皆が複雑そうに口を閉ざした。
「だから、そういう正当な理由があるなら、誰もそいつを責めないだろ?」
「……まぁな」
「逆にここまで言ってこの場で自白しなければ、俺たちは完全に信頼されていないことになる」
「……そうじゃの」
「もし……、後で裏切りが発覚したら。もうそいつは俺たちの仲間だと認められない」
「……」
「今、ここで言うんだ。そうすれば俺は必ず、そいつの味方になり続ける。俺は絶対に裏切らない。俺が問題を解決出来るよう、助けてやる」
俺は強く言った。本心だ。
……あと、4分。
俺が口を閉ざすと、さくら号は重い沈黙に包まれた。
誰も俯いたまま、口を開かない。
俺は4人の顔をそれぞれ一瞥した。
ひかるは目を潤ませ、唇を噛んで何か必死に押し留めているようだった。
まさかりさんは皆の顔を見回していた。俺と一瞬目が合ったが、互いに逸らした。
エリンギは顔を手で覆って、俯いて動かなかった。
じーさんは硬い表情で、ただタイマーを眺めていた。
……表情だけでは分からない。
……そのまま、誰も開口せず1分が経った。
「はぁ〜……」
俺は畳に三角座りになって、自分の膝に顔を埋めた。
「……もう、正直こんな事、したくない」
俺がボソボソ喋るのに、皆が顔を上げた。
「……ここ最近、楽しかった」
「え?」
「お前らと焼肉行って不毛な会話して、正月は朝まで馬鹿騒ぎして、ひかるの朝食食って、夜もどうでもいい話して、一緒に出掛けて、つまらない映画の感想を言い合って……。
たった一年弱しか経ってないのに、来た頃じゃ想像出来ないくらい、ここに馴染んでしまった。さくら号に来て……良かったとすら……」
誰かが啜り泣く声が聞こえる。
「正直もう現実から目を逸らして、ずっとこのまま平穏な日々でいられたらいいのにって……。そう、思ってしまった」
忘れた訳じゃない。
長井が親父を撃った瞬間の絶望を。
それを隠蔽されたと知った時の怒りを。
警察もそれに加担してると知った時の失望を。
骨壷に無造作に入れられた親父の骨を見た時の殺意を。
……だけど、親父。
今あんたが望んだ通りに俺は、幸せになってしまった。
もうこれ以上、この日常を投げ打つリスクを負ってまで、事を成す必要がないと思ってしまった。
多分俺が途中で投げ出したとしても、あんたは怒らないだろう。
「……だが、もう引き返せない。最大の敵に首根っこを掴まれている以上、弱音は吐いていられない。だったら俺の死力を尽くして抗って、長井を叩き潰す」
「……」
「だから良心の欠片が少しでも残っているのなら、本当に、本当に……名乗り出て、俺に協力して欲しい。今後のさくら号の平穏のためにも。頼む……」
俺は頭を上げて、息を呑んだ。
「ぐす……っ」
「ウ……ッ、ウゥ〜」
全員が嗚咽を漏らして、泣いていた。
全員が。
……何で、裏切り者も含めて全員が泣いてるんだ……。
「高英、お前が『楽しかった』って言うなんて……っ。
オレさ、お前の事誤解してたけどっ。でも今ちゃんとお前がいいヤツだって分かって、ダチなれて良かったって。心底思ってる……」
まさかりさんが、声を震わせて言った。
――まさかりさんは社会人のくせに、金遣いが荒くて短気で喧嘩っ早い。
今が楽しければそれで良いというタイプだ。要するにバカ。
でも最近分かった。
まさかりさんが怒る時は、決して利己的な理由じゃない。
仲間の尊厳を傷つけられた時だ。それにこの人は仲間が落ち込んだ時、笑わせようとも頑張る。それだけ仲間を大切にする、熱い男だ。
「タカ、ボクはネ、ダークやって本当に良かったって思ってるヨ……っ。
ダークしなかったらタカやみんなト、こんなに仲良くなれなかったシ……。誘ってくれテ本当に感謝してル。だからボクは、最後までダークに協力するヨ」
エリンギがしゃくりあげながら言った。
――エリンギは平和主義者だ。
喧嘩が嫌いで、さくら号の調和を求める。
だが、小心者でもある。
でも最近分かった。
エリンギは仲間が傷つけられそうな時、本気で怒れる。ひいひい言いながらも、やる時はやる。
俺が一方的に冷たくしても、曲げずに仲を取り持とうとした。本当に裏表ない情愛に溢れたヤツ。
「タカ。わしはお前さんの事、孫の様な年齢差なのに尊敬しとる。その勇気と行動力。国の権力に立ち向かうなど、並大抵の人間には出来ん事じゃ……。
わしはお前さんの勇姿、見届ける為に最後までダークの変装担当を務めさせてもらうぞ」
じーさんは涙を拭いて言った。
――じーさんは最年長なだけあって、常に感情がフラットで冷静だ。
でも最近分かった。
じーさんは俺を唯一叱れる。さっきもエリンギに銃口を向けた俺を叩いた。仲間の事を一歩下がって俯瞰して見て、俺が見えていなかった事を教えてくれる。本当に頼りになる。
「タカ。おれね。タカから『さくら号に来て良かった』って言葉を聞けるなんて……。本当に夢のようだよ。おれもさくら号に来てよかった。
だからそれを邪魔する人達は、みんなやっつけよ!」
ひかるは泣きながら、笑った。
――ひかる。お前は。
親父が死んだ今、俺の最大の理解者だ。
俺は、あり得ない光景に震えた。
皆が皆、仲間を想い泣いている。
何故、裏切り者がここまで声をあげて泣く事が出来るだろうか。……それこそ、泣き真似上手なけいじゃあるまいし。
本当にこの中に俺たちを裏切っている奴がいるんだろうか……と思いたくなるくらい、俺が間違っているのではないかと思ってしまう程、皆の涙が俺の心を抉った。
もう俺たちは、これだけ1つになれているのに。
……もし次も裏切り者が裏切ったなら、俺は本当に、人の心が分からなくなりそうだ。
ピピピッ、ピピピッ
無情にもタイマーはけたたましく音をたてた。
もう、問い詰める気力も失せた。
「……分かった」
俺はタイマーを止めた。
「お前らを、裏切り者を含んでお前らを信じる」




