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76.死の淵にいる


 

「知らなかったノ……!?」


 エリンギが目を丸くして言った。

 けいはゆっくり頷く。


「けい、お前この前のダークにひかるがいなくて、何とも思わなかったのかよ」

「だって、タカが里帰りだって……」

「……」


 皆の視線が俺に集まる。


「あの時、ひかるがいなくてただでさえ頭数が足りなかった。ひかるが誘拐されたと知ったら、お前が怖けづいて逃げ出すと困るから嘘を言った」

「おれ逃げないもん!」

「そんなこと分からないだろ!」

「なんで!? なんでみんなにはちゃんと言うのに、おれだけ仲間外れなの!?」

「お前がまだ10歳の、子供だからだ」


 それが、傷付けると分かって言った。

 けいは、心底傷付いた顔をした。


「ひどい……。おれ、みんなと同じようにがんばったのに……」


 けいは泣きじゃくる。

 しかし俺はお前の涙ごときじゃ怯まない。


「酷いのはどっちだ。そもそも裏切ったのはお前だぞ? それにも関わらず、俺は何もお前に報復などしていない。むしろ感謝しろよ。俺は優しいだろ」


 俺はギリギリ溢れそうな感情に蓋をする為、嘲笑した。

 しかしけいは、首を横に振った。


「……いやだ」


 意固地な餓鬼。堂々巡りの繰り返し。

 いい加減、堪忍袋の緒が切れた。


「おれ、がんばるから……。仲間外れにしないで……」

「いい加減にしろ!!」


 俺は力の限り卓袱台を叩いた。

 けいは肩をびくつかせ、声をあげて泣き始めた。


「ごめんなさいごめんなさい」

「調子に乗るな」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「もう帰れ! 二度とここに来るな!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「タカ、もういいよ!」


 見るに耐え兼ねて、ひかるが二人の間に入った。


「けい、今日はもう遅いから帰ろ? またもう一回みんなで話し合えばいいじゃん。ね?」

「……」


 けいは渋々立ち上がった。


 ……コイツは、忘れた頃にまたケロッとして俺の前に現れそうだ。

 何事もなく、また俺の腕にまとわりついてくる。

 だから、トドメを刺してやろうと思った。


「おい、けい」


 ひかると一緒に玄関に向かおうとしたけいが、ゆっくりと振り返る。

 俺は腕を組んで、上からけいを蔑んで見た。


「お前、泣き真似が得意だったよな」

「え……?」

「それ、本当の涙か?」

「っ……」

「タカッ!」


 ひかるが怒鳴った。

 にも関わらず、続ける。


「俺を同情させようとしてるのか? 無駄だ。俺はとりわけ他人には情は涌かない。お前のような裏切り者のクズには」

「っ……」

「何言ってんの? 言い過ぎだよ、そんな訳ないじゃん!」

「分かったか? 二度と俺の前に顔を見せるな」


 けいは何も言わずに俺を見つめたかと思うと、突然走ってさくら号から出て行った。


「あっ! 待ってよけい!」


 ひかるはすぐにけいを追いかけようとしたが、その前に俺を睨んだ。


「バカ! タカのバカ!!」


 俺はひかるから目を逸らした。

 ひかるはすぐにけいを追いかけ、さくら号を出た。







___________







「待って、待ってよけい!」


 外に出て数十メートル、全力で走って逃げるけいを、ひかるはあっさり捕まえた。

 背後から抱き込む。


「待ってけい……。タカはすごい腹が立ってただけで、本当はその涙が嘘じゃないってこと知ってる。本当だよ、絶対」

「……うぅ……っ」


 ひかるの腕の中で、けいはむせび泣く。


「タカの言うとおり、ダークは今すっごく不利な立場だから、これからどんどん危険になっていくんだと思う。だからもう……、けいは巻き込めないんだよ」

「……」

「タカはそれがストレートに言えなかっただけ……。これも本当だよ」

「……」

「もう少し時間が経てば、絶対仲直り出来るよ。……だから今日は、お家に帰ろう?」

「……でも、タカに嫌われちゃった」

「え?」

「やだよ、タカに嫌われちゃうなんてやだよぉ!」

「けい……」


 ……けいって、そんなにタカが大好きだったんだ。


 ひかるはけいが少し落ち着くまで、そのまま背中を摩り抱き抱えた。


 時刻は午後8時を回った。

 しばらくして、ひかるはぽつりと言った。


「……けい、帰ろう」


 けいが落ち着いたと思ったところで、強く言う。

 ひかるが腕の力を弱めると、けいは離れた。


 ……小4って、まだ手を繋いでも大丈夫かな。


 そう、ふと頭をよぎったが、けいは当然のようにひかるの手を握った。


「ひかる?」

「うん?」

「……ゆうかい、されてたの?」


 けいが慎重に、恐る恐る尋ねた。


「……うん」

「怖かった……?」

「……。ううん。み……みんなが絶対助けるって言ってくれたから、怖くなかったよ……」


 ……ウソ。本当は不安でしょうがなかった。


「……ごめんね」


 けいはまた泣き出しそうだった。

 ひかるは慌てて言った。


「けいのせいじゃないよ! おれがちょっと、ボケっとしてたから……」

「でも」

「でも、じゃなくて、そうなの。悪いのは全部長井だよ。パワフルも……、嫌々協力してたんじゃないかな」

「……そう、かな」


 ひかるは本当に、心の底からけいを責めていない。

 誘拐されたことに関しては、けいに非はない。


 ただダークの秘密を守るという約束を破ったことは、許されない。でももう反省してるんだし、ひかるは目をつぶろうと思った。

 ……ただタカのあの激昂ぶりを見ると、この2人の関係の修復はかなり難しそうだけど……。


 数分後、パワフルの家に到着。

 予想外だったのは、パワフルが家の前で待ち構えていたことだ。


「ケイト!」

「……おかあさぁん!」


 パワフルの顔を見るなりけいは泣き出して、彼女に飛び付く。

 ひかるは近付くことが出来なかった。


『パワフルは何らかの方法でダークの情報を手に入れ、長井に情報を手渡した』


 けいの頭を撫でるパワフルと目が合う。

 泣いている理由を、求めているようだった。けど……。


 ひかるは会釈して、逃げた。

 パワフルは引き止めなかった。






___________








 けいとひかるが出て行って、さくら号は一瞬静まり返った。

 まず最初にエリンギが口を開く。


「タカ、言い過ぎだヨ。確かにけいが悪いのかも知れないけド、小学生にあれハ……」

「言い過ぎじゃない。分かってるのか? 今のダークの状況が」


 俺は畳に三角座りして、項垂れて言った。

 怒りが収まらない。また溢れそうな激情を堪えようと必死だった。……なのに、呑気なエリンギが追い打ちをかける。


「でモ、あれは可哀想だヨ……。けいも悪気があった訳じゃないのに、あんなにボロボロに泣かせテ……」

「分かってないのはお前だエリンギ!」


 俺は立ち上がって、棚から光線銃を取り出した。

 そのままエリンギに迫り、銃口を頭に押しつけた。


「ッ……!?」

「高英!」

「何しとるんじゃ!」

「これが! 今のダークの状況なんだよ!!

 ひかるが誘拐される前からずっと、静かに長井に銃口を向けられ続けている! それが見えてないだけで、お前らは能天気過ぎるんだよ! 下手したら明日殺されるかもしれない!

 俺もお前らも全員! けいのせいで今死の淵にいる事を自覚しろッ!」


 じーさんが、俺の頬を思いっきり叩いた。

 そして俺の手から光線銃をはたき落とす。


「やめなさいッ! 冗談でも仲間に銃口を向けるんじゃない!!」

「……」


 叩かれた頬はジンジンと痛んだが、じーさんにやり返してやろうだなんて気は微塵も起きなかった。

 俺は崩れ落ちて、項垂れた。


「……悪かった、エリンギ。やり過ぎた」


 エリンギは、首を振って啜り泣いた。


「ただ俺はもう、あいつの顔すら見たくない。あそこまで言わないと、あいつは忘れた頃にまたやって来る」

「高英、オレはお前の言った事は間違いじゃないと思う」


 まさかりさんが珍しく同調した。


「つーか。来るなって言わなくても、普通負い目を感じて来ねーだろ」

「まさかりは、怒っとるのか?」

「怒ってるよ。あいつのせいで、高英と無駄にケンカしねぇといけなかったんだし」


『で、終いには殴り合いのケンカになったとか』


 俺に水を被せた後、谷田貝が言った言葉。

 恐らく谷田貝は、長井を通じてこれを知ったのだろうが……。


 俺は、まだどこかわだかまりが消えていなかった。


『ほっぺた……腫れてない?』

『ひかるとケンカしたの?』

『あ……、それともまさかりさんたちと?』


 ……いや。けいは喧嘩のことを把握していた。

 しかし……。


『お前、仲間の誰かがダークのことをチクったって疑ったらしいじゃねぇか』

『知ってるかミミズちゃん、こいつマジギレして『ダークやめよう』なんて言い出したんだぜぇ?』


 あれは、おかしい。あの場にけいはいなかった。

 確かにこの俺の発言は、けいもパワフルも知らない事実だった。


 それは……。けいだけじゃない。


 紛れもなく、この3人の中にも裏切り者がいることを証拠付けた。


 まだ、終わりじゃない……。



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