75.俺が許すと思うか?
その日の夜――
「タカー! お呼び出しってなにー?」
エリンギに連れて来られたけいが、いきなり俺に抱き付く。
俺は顔をしかめて、けいの腕を解いた。
「いいから座れ。卓袱台に」
「なにかなー? わくわく~」
けいが生き生きとした顔で卓袱台の前に座る。
俺はけいと向かい合う位置に座った。
「……お前らも全員、大事な話だから座れ」
「え?」
険しい顔をする俺を皆怪訝に思いながらも、全員が卓袱台を囲んだ。
俺はテレビを消して、一息入れてけいを見た。
「まず、けい。あまりいい話じゃないから、期待するのはやめろ」
「あ、うん」
けいは口を閉じたが、それでも目は輝いていた。
「今から俺が話すことは、根拠はあっても確証はない。全て俺の推測だ。だから違うなら素直に違うと言え。俺の間違いなら、その時はきちんと謝る」
「……うん」
そしてけいの表情に、初めて不安の色が現われる。
聞いている他の4人も、いつもより慎重な俺の態度に驚きつつ息を凝らす。
「……今日、エリンギとじーさんと3人で、映画を見に行った」
「え?」
「その話かよっ」
行っていないひかるとまさかりさんがきょとんとする。
「いや、肝心なのはこの帰り。……長井の車に乗るパワフルを目撃した。それで怪しいと思い尾行したら、確かにパワフルは、長井邸に入って行った」
「え……!?」
けいはパワフルの名前が出て来たことに驚いた様だったが、やはりまだ意味が理解出来ていないらしい。
「つまり、長井とパワフルは何らかの繋がりがあるということだ」
「……お友達なのかな」
「ただそれだけの関係ならばこっちも安心だけどな。……違う」
俺は少し不安そうにするけいの顔を、真っ直ぐ見つめる。
「ここからが推測なんだが。思うに、パワフルが長井と接点を持つのは、ダーク関連のことだと思う」
「え……!?」
「パワフルは何らかの方法でダークの情報を手に入れ、長井に情報を手渡した。……もちろん、推測だが。しかし可能性はある」
「……」
全員が息を呑んだ。
けいは、固まっている。
「ちょっと待ってよタカ、パワフルを疑うの? あのパワフルが、おれたちの情報を長井に渡したって……」
ひかるが動揺して言った。
「信じられないよ。だってこの前、一緒におせち料理食べたじゃん。一緒に料理作ってくれて……、おれに教えてくれたり。そう、一昨日だってここに掃除に来てた。あんなに優しくしてくれてたのに……、急に敵だって見なさなきゃいけないの?」
「落ち着くんじゃひかる。まだ推測じゃろ」
じーさんが優しくなだめる。
「あぁ、じーさんの言う通りまだ推測だ。それで、パワフルがダークの情報を得た方法だが。たまにあいつが掃除にここに来た時も、ダークの道具は絶対にバレない場所に置いた。そこは徹底していた。だからあいつが自ら発見した可能性は低い」
「……確かに」
「考えられるのは、誰かが自発的にパワフルに口外することだ。しかし俺たちが、わざわざそんな自分たちの首を絞める様なことをするとは思えない。お前らもそこまでバカじゃないだろ」
「そこまでっテ……」
俺はけいに目を据えた。
「だが、まだ10歳のお前にそこまでの理解力はあったのか? けい」
けいの目が潤んでいた。
「どういう意味なの……?」
そして心細そうに聞く。
「お前をダークの仲間にしてやると言った時、俺が言った事を覚えてるか?」
「……えっと」
『ただし、どうして俺がお前をダークに引き込む必要があるのか。はっきり言うぞ』
『同じ罪を被り、お前の口が外部に漏れないようにするためだ』
『ダークをやるということは、即ち犯罪者の仲間入りをするということ。つまりダークのことを他人に言いふらすことは、自分の首を絞めることになる。分かるな』
『言えばお前はともかく、俺たち全員死ぬと思え。……大袈裟じゃないぞ。俺達が闘っている長井は、3日で犯罪者の死刑を執行させた前科があるからな』
俺は何度も、念を押して言ったぞ。口外するなと。
「あの意味は分かってたか?」
「うん」
「本当に?」
「……うん」
「じゃあ、正直に答えろ。お前が、パワフルにダークのことを何か口外したんじゃないのか?」
「……」
けいは俯いた。
いつもは俺に反発してくるまさかりさんも、今日は黙ってけいの表情を窺っている。
けいの目から、ポロッと涙が零れた。
「……ごめんなさい」
その言葉に、皆が息を呑んだ。
俺は湧き上がる怒りを鎮めようと、目を閉じて鼻から長く息を吐いた。
けいは俺の顔を見る事が出来ずに、俯いたまま口を開く。
「すっごく嬉しかったんだよ? 仲間に入れてもらったことが……。タカの言ってた意味は、ちゃんと分かってたよ。けど、どうしてもお母さんにだけは言いたかったの。本当に、うれしくて……」
ひかるは強く唇を噛んで俯き、
まさかりさんは震えるけいの肩の辺りに視線をやり、
エリンギは涙が流れる頬を見つめ、
じーさんは眉間にしわを寄せてどこか宙を見ていた。
「自慢したかったんだ。タカに認めてもらったことが、うれしかったの……っ!」
けいはしゃくり上げ始めた。
俺は、静かに口を開いた。
「……お前は、誤解してる」
俺は目を開いてけいを睨みつけた。
「謝れば許して貰えると思ってるだろう。でも……、俺が許すと思うか? 絶対に許さない」
「え……」
けいは怯える表情で、俺を一瞥する。
しかし俺が鋭く睨んでいたので、慌ててまた俯いた。
「驚くことはない。当然だろう。お前は約束を破った。俺たちを裏切った。
今この瞬間から、ダークをやめてもらう」
……他の奴らは誰も何も言えなかった。俺が正しい。
しかしすぐにけいはハッとして叫んだ。
「いやだ!」
けいは涙を流しながら、俺を睨み返した。
そして俺も押し殺していた怒りが、少しずつ口調に染み出す。
「……何だと」
「絶対にやだ! おれ、ダークが大好きだもん! おれこの中で絶対一番ダークが好きだもん! だから絶対やだっ!」
「お前……っ」
「いやだいやだいやだ!」
うるさい。コイツの甲高い声は本当にうるさい。
距離感も弁えずまとわりついてきて、コイツの事は最初から嫌いだった。
大体こんな餓鬼を、不本意とは言え命を賭けた闘いに引き入れたのが間違いだった!
「お前は分かってないだろうがな。今ダークはお前のおかけで窮地に陥ってるんだ!」
「……でも」
「でもじゃない! 一番の敵に首根っこを押さえられて、操り人形にされてる状況なんだぞ!? こんな屈辱あるか!」
けいは黙って俯きすすり泣いていた。
分かっている、コイツがやった事は悪意があった訳じゃない事は。しかし俺の怒りはもう、コイツにぶつけなければ収まらない。
「分かってるのか!?」
「……ごめんなさい。でもやめさせないで。仲間外れにしないで……」
「ひかるが誘拐されたのも、お前のせいなんだぞ!? そんな奴を仲間と見なせるか!」
「ちょっとタカ、あれはおれの不注意だって……」
「ゆうかい?」
けいがきょとんとした顔でひかるを見つめる。
「ゆうかいって、いつ? ひかるが? なんで?」
「え?」
今度は逆に皆がきょとんとする番だった。
「知らないよ……? おれ、そんなこと……」




