73.因縁の再会
ひかると分かれた後、俺は青山に連れられてファミレスに入った。
……敢えて、騒がしい場所だ。
「何か食うか? 奢るよ」
メニューを見ながら平然と聞いてくる青山。
「要りません」
「何も頼まないのはなしだろ」
「早く話を終わらせて帰りたいんで」
「予定あったか? ……あ。デート中だったか……」
「はぁ!? 違う!」
「悪い事したな……。じゃあ30分で切り上げるから、アイスくらい食えよ」
「アイツはただの同居人だ!」
「あ、ルームシェアに住んでるんだっけな。こりゃ失礼」
何でいきなりコイツに、そんな話をしなきゃいけないんだ……。
青山春樹、30歳。警視庁の刑事。
所属は刑事部捜査三課。階級は警部補。
……30歳で警部補なら、恐らく優秀な方だ。
よくドラマで見る殺人事件の捜査は、一課の刑事の仕事。三課は窃盗犯の捜査を担当する。
“12月の国会事件”の様な殺人事件も当然、捜一の仕事だろうに。……それなのに、そもそも何故コイツが国会事件の隠蔽に関わっているのか?
「で、何で偽名を使ってる?」
青山が早速先手を打って聞いてきた。
「刑事なら分かりませんか?」
「分かるけど一応確認だ」
「……糸原高成とは、漢字一字しか違わないんだ。いきなり自分が殺人犯の息子ですと、言いふらしてるようなモノだろ」
「まあ、それを隠したい気持ちは分かる。お前は何も悪くない。シェアハウスを偽名で契約してるなら、しょっぴかなきゃいけない所なんだろうが。……見なかった事にするよ。というか俺がそんな事務処理してる場合じゃない」
「それは助かる」
「で、何で東京に?」
「これは何かの取り調べですか?」
「……いや」
「なら、そんなプライベートを根張り聞く前に教えてください。あなたは、何故俺の事を知っているんですか?」
青山は、迷った様に視線を彷徨わせた。
コイツは、初手で既に失敗している。
国会事件後俺にMBを投与した青山の中で、俺は『国会事件の真相と、警察にMBを投与された事自体を忘れている』と思っている。
――実際は記憶は欠落していないのだが。
青山が俺の事を知る理由を説明するには、この全てを語らなければならなくなる。
しかし長井に口止めされている以上、青山の立場上俺にそれを言う事はデメリットしかない。
イエロージュエリーでダークに扮しながら、俺はコイツに『謝罪しろ』と散々挑発した訳だが。
……言えば、コイツは本当にバカだ。
「実は今日は、お前に謝罪しに来たんだ」
「は?」
「世間一般が知る“12月の国会事件”は、長井が作り出したシナリオだ。俺は長井に加担し、真相を知るお前の記憶を葬った」
「……」
……バカか?
「こんな事いきなり言われても混乱するだろうが……。お前の父親、糸原高成は誰も殺していない」
俺は驚いたフリをしつつ、既に知っている国会事件の真相を青山から聞いた。
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青山が全てを話し終えた頃には、俺の為に強引に頼んだアイスは殆ど溶けてしまった。
青山は冷めた炒飯をやっと口にし始めた。
「……驚かないのか?」
驚いたフリはしていたつもりなのだが。
「驚いてる」
「いや、思ったよりリアクション薄かったから……」
「俺は親父を信じていた。きっと何かの間違いだろうと。だから驚きより、ホッとしている」
「そうか……」
「何故、あんたが隠蔽に加担する事になったんだ?」
「俺も見たんだよ、リアルタイムで国会中継を。しかも警視庁の休憩室だった。他数人の刑事とたまたま見て、それがすぐにバレた」
「……」
「翌日にはMBを強制投与させられて、他の仲間は全員記憶を失った。でも俺は……出まかせの嘘で回避したんだ」
「どうやって?」
「MBには弱点がある。『MBを一度投与すると抗体ができ、二度目以降は効果が現れない』あともう一つ、『実際は記憶が完全に消える訳ではなく、きっかけがあれば希に思いだすことがある』
この2つを組み合わせて俺は咄嗟に言った。
『俺は過去にMBを投与した事があり、それを偶然思いだした。もう効果がない』と」
「……成程」
MBを警察に投与されるまで存在を知らなかった俺は、後にその効能を知る事になる。
俺がMBを投与されたにも関わらず、国会事件の真相を覚えたままなのは、既に1度投与していたからだろう。だがそれがいつどこで投与したのかが分からない。
だから以前優輝を問い詰めたのだ。『俺が昔MBを打ったか知らないか』と。
しかし優輝はその時『高成さんに口止めされてる』とはぐらかした。親父の意思なら、俺はそれ以上問い詰める事は出来ない。
……よって1回目俺は何の記憶を消したのか、未だ真相は分からない。
青山は続ける。
「それで長井は俺を口止めするために、直属の上司の松浦を通して究極の二択を選ばせた。『警察を辞める』か『犯人の息子にMBを投与し、隠蔽に加担する』か。
俺には……家族がいるから。選択の余地はなかった」
「……」
「松浦はよく分かっている……。俺が隠蔽に加担する事で、俺の強い正義感を払拭し、組織に服従させようと。実際、俺は今も何も出来ず従っているだけだ」
「それで? 罪悪感を感じたまま刑事としてやっていくのは辛いから、俺に今こうやって話したというのか?」
「俺はずっと、お前の身を案じていた。父親の死を目前にした直後記憶を失い、再び父親が殺人を犯して処刑されたという事を知ったお前を。ただの高校生に、2度も絶望を味合わせてしまったのか、と」
「……」
「お前に麻酔銃を撃って眠らせた後、俺には部屋を暖かくして寝かせる事しか出来なかった。だからずっと……、謝りたかったんだ」
青山は、深く頭を下げた。
「本当に、申し訳ない事をした」
俺は少し、驚いた。
コイツら警察は、俺や親父の事を虫けらの様に排除した、権力に尻尾を振るだけの傲慢で利己的な奴等だと思っていた。
……でも、こういう猪突猛進タイプのバカもいるんだなと。
俺は嘲笑した。
「謝って済むなら、警察は要らないな」
「……」
「あんたのやった事を、俺が許すとでも? 家族がいるから従うしかなかった、それが何だ?
俺は現に家族を、無実の罪で濡れ衣を着させられているんだが? 俺が本当に絶望の末自死でもしたら、どうするつもりだった?」
「……返す言葉もない」
「時間の無駄だった。帰る」
俺が立ち上がると、青山は慌てて頭を上げた。
「おい待て、話はまだ済んでない。そもそも俺は木谷高英の方に用があったんだよ」
「は?」
「怪盗ダークを知ってるな? 俺は今ダークの捜査をしているんだが、お前に聞きたい事がある」
「……!」
ダークの件で、俺に……?
俺は動揺を悟られない様に、座り直して水を飲んだ。
「ニュースで、警察がダークと仲間の無線通信電波の傍受に成功した事は知ってるか?」
「……あぁ」
背筋が凍った。
まさかりさんはこの事について、『そう易々と盗聴されねぇようにフィルターかけてるから、安心しろ』と言っていたが……。
確かあの時会話中、まさかりさんが何度か『高英』と呼んでいる。
「相手がなかなかのやり手で、盗聴は一部しか成功しなかった訳だが」
「一部……」
「会話中に何度か、『タカ』という人物の固有名詞が聞こえたんだ」
「っ……」
「で、今こどもの日の長井邸でのパーティの参加者に関わる人物で、『タカ』と名の付くのがお前含めて7人いて。今捜査中だ」
俺は苦笑いを装って言った。
「で、俺は今ダークとして容疑をかけられてると」
「まだそこまで言ってないだろ。アリバイを聞きたいだけだよ」
そう言って青山は胸ポケットからメモ帳を取り出した。
……まずいな。糸原高俊には長井を狙う立派な動機がある。しかもこいつは前回の作戦で、ダークである俺の背格好を間近で見ている。
青山が真っ先に疑うのは、糸原高俊である木谷高英……。
「まず去年のクリスマスイブ、ダーク事件のあった時刻が午後10時、くらいに何してた?」
「ルームシェアの奴等とパーティをしてた」
もし、こうやってアリバイを聞かれたら。あいつらとはこれで口裏を合わせるようにしてある。
下手に外にいたとか言えば、ボロが出るかもしれないからだ。
「どこで?」
「ルームシェアで」
「何か証拠はないか? 例えば、日付が入ったその時の写真とかムービーとか」
「……」
俺は携帯を開いて、青山に写真を見せる。
クリスマスパーティらしくはないが、5人とけいが食卓を囲み写っている。
……本当はパワフルが正月に来た時に撮ったものだったが、使えるかもしれないと思い、日付だけ偽造した。
「……クリスマスパーティにしては質素だな」
「貧乏パーティだからな」
すると青山は突然、ハッと笑った。
「なんだ、楽しそうじゃねぇか」
「は?」
「心配して損した」
青山は残りのチャーハンをかき込んだ。
そして胸ポケットから何か紙を出し、俺に渡す。
「俺の連絡先」
「は?」
「重大事件は110番だが、しょーもないことで困ったら電話しろ」
「……絶対にないな」
「それに俺もまたお前と話がしたいし」
青山は会計札を取って立ち上がった。
「じゃ、また。彼女にも謝っといてくれ、デートの邪魔して悪かったと」
そして颯爽と歩いて去って行った。
俺は最後の一言に舌打ちしてから、ほとんど液体になったアイスに口をつけた。勿体無い。
――警察にも大分踏み込まれている。
次回はそちらも欺かなければならないのか……。
青山春樹。
文武両道に秀でバランスの取れた有能な刑事だ。
……前回背負い投げられた事、俺は根に持っているからな。
ジワジワと追い込まれている。正直、厄介だ。




