72.裏切り者がいる
2074年1月半ば
俺は自分のベッドに仰向けになって、ぼんやり天井を眺めていた。
正月ダークのことについて何も考えていなかったが、もうそういう訳にはいかない。
長井は平野を殺せと言い、コンドルは長井を潰せと言う。
板挟みになっているダーク。
どちらに付こうともどちらかから報復が待っている。
しかしコンドルは恐らく、ダークが糸原高俊であることしか知らない。
オマケに裏切り者――長井のスパイが仲間内にいて、俺が口を開いた事は全て長井に筒抜ける。
ダークの弱みを握られている長井の方に従うのが賢明だ。
だが俺の目的は、長井を潰した後コンドルと接触し、捕まえることだ。
平野を殺すなんてあり得ない。それこそ、親父がコンドルにさせられた事と全く同じではないか。
長井に従えば、これまでダークが築き上げてきた信頼全てを失ってしまう――。
「はぁ……」
「……どうしたの? ため息ばっかし」
二段ベッドの下段から、ひょこりと顔を覗かせるひかる。
……そうか、今日学校休みか。
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
そう言えば今、他の3人は出掛けている。
今、さくら号は俺とひかるの2人だけ。
「……ダークの事、本当に悩んでる」
「……」
「お前はどう思う?」
「何が?」
一瞬、俺は口を噤む。
これを言えば、こいつは怒るかもしれないが……。
「谷田貝との会話で、言ってただろ。
奴は俺とまさかりさんの殴り合いの喧嘩を知っていた。……お前を除く三人の中に、それをリークした人間がいると言うことだ」
「……」
「誰だと思う?」
「……そんなのいない、って線はない?」
「……」
「おれ、そんな事。……考えられない」
それはそうだ。俺以上に、優しいひかるは仲間を疑うなんて辛くて出来ないだろう。
コイツに聞いても、しょうがないか……。
「あ……、ごめん。相談してくれたのに」
「目を背けてばかりもいられないだろ。これが分からなければ、計画を前に進められない」
「……タカの、最終計画。頃合いって言ってたね」
「あぁ。しかしそれには、あの三人にも計画の事を話さなければならない。だが……その詳細が長井に露見し、平野を狙わない事がバレた時点で、計画実行前に長井に先手を打たれる。
……本当に一手誤れば終わる。そういう危機的な状況なんだよ、ダークは」
「……」
ひかるは何も言えずに、俯いた。
「あと、もう一つ。アイツらにこのまま俺の正体を明かさずに、最終計画に入るかどうかだ」
「タカが、偽名を名乗ってること……?」
「あぁ……。次のダーク、計画実行するには盗みは恐らくゼロ。しかもリスクは桁違いに高い。お前やアイツらにとってメリットはほぼない。
それでもアイツらが協力してくれるなら、俺は……、本当の事を全部話すべきなんだ」
「……うん」
「でもこれも、話せない。俺の正体が長井にバレたら、それこそ奴にとって俺は火種以外の何者でもない。ダークを待たず処分されるかもしれない……」
俺は仰向けになったまま、手で顔を覆った。
「本当に、何でこんな裏切りなんか……ッ」
そもそも、裏切り者の動機は何だ? 金か? 地位や名誉でも約束されているのか?
二重トラップを仕掛けられたのは2回目のダークの作戦立案前。と言う事は、初回が終わった後にはもうリークされていたと言う事だ。
そんなに早く長井にリークするくらいなら、逆に何故リスクを負ってまで3回もダークに協力している? 警察に捕まれば終わる筈なのに。
……何故、あんなに楽しそうに皆と一緒に過ごせる?
その笑顔も全部、嘘なのか?
「タカ」
ひかるは顔を覆う俺の手をどけて言った。
「気分転換に、図書館行かない……?」
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読書は好きだ。暇さえあれば図書館にいる。
何より、無料だ。冷暖房も効いている。これ以上コスパの良い趣味はない。
ビジネス本や自己啓発本もたまには読むが、小説。サスペンスやミステリーが好き。歴史物もいい。だがそこに恋愛が絡んでくると辟易する。
ひかるは普段本は読まない。だが好きなジャンルを聞いてみると、恋愛。
推理小説は難しいから苦手、だそうだ。俺と真逆だ。俺は恋愛の方が難しい……というか、何が面白いのか分からない。
今日は料理本と占いの本を見たかったらしい。
ひかるは占いの本を見てキャッキャしていた。「タカは大器晩成型で、将来大成功するから大丈夫!」という根拠のない励ましを俺にした。
俺は占いもまるで興味がない。あんな根拠薄弱なものを信じるなんて無意味だ。これも俺とひかるは真逆だ。
夕方。帰り道。
さくら号の最寄りの駅前を歩く。
「タカ……ごめんね」
ひかるは急に謝った。
「何が」
「せっかく相談してくれたのに、何も言ってあげられなくて……」
「お前に助言なんて求めてない」
「うん……。おれには、タカと悩みを共有する事しか出来ない。タカが裏切り者がいるって言う、その根拠はわかるから……おれも本当に辛い。嘘であって欲しい」
「……」
……それで良い。
国会事件の時は、優輝に負担をかけないように全部吐き出せなかった。……それで暗闇の中頭が段々おかしくなって、一度は死を選んだ。
だけど今はひかるが全部聞いてくれるし、間違っている事は「違う」とハッキリ言ってくれる。何より、抱えているリスクが一緒で他人事にはならない。ダークの事も国会事件の事も全て話せるのは、ひかるだけだ。
……それを吐露出来るだけで、十分だった。
ひかるは突然手を叩き、気丈に振る舞い明るい声で言った。
「今日帰ったら、おれ夕飯作ろうかな! タカ、スーパー寄って帰らない? 何食べたい?」
「あぁ、そうだな……。寒いから鍋とか――」
「ちょっと」
「!」
突然、背後から俺の肩を掴まれた。
俺とひかるは振り返って、ハッと息を呑んだ。
「あ、青山刑事……」
ひかるが思わず口に出してしまい、青山は目を見開いた。
「名乗りましたっけ……?」
バカ。ひかるのバカ。
怪訝な顔で俺たちを見る青山。
「え、えっと……」
「前にさくら号にいらっしゃいましたよね。エレンジに話を聞きに。その時……すみません、ちょっと盗み聞きを」
ひかるは無言で何度も頷く。
嘘をつく時はお前は喋るなと、強く釘を刺している。
「あぁ……、そうですか。名前と顔まで、よく覚えてましたね」
「生の刑事さんなんて見る機会ないですから」
一応警察手帳を開く青山。
その反対の手は、未だ強く俺の肩を掴んだまま。
「で、何か用ですか」
青山は、俺の顔を暫く凝視して言った。
「突然で申し訳ないですが。左腕、捲ってもらえませんか」
「……!」
「俺が探している人物があなたにそっくりで、左腕に古傷があったので、一応……」
……そうか。
国会事件の後、俺は松浦たちにMBを投与された時、左腕の傷を見られている。
……言い逃れは出来なさそうだ……。
「ひかる。お前一人でスーパー行ってろ」
「え……?」
「青山刑事は、俺だけに用があるんですよね」
「……まぁ」
俺はコートを片腕だけ抜いて、袖を捲った。
「何故、俺に傷がある事を知っているか、教えて貰いましょうか……?」
「俺も、何故お前が偽名を名乗ったか聞きたいな。糸原高俊くん」
俺と青山は、睨み合った。




