71.バカが感染った
2074年1月1日
年が明けた。
さくら号は新年早々朝まで騒ぎまくった挙句、起床は皆昼前になった。
本当に、さくら号の4人と過ごしていると俺まで馬鹿になる。実際この年末年始は、生活リズムが乱れまくった。
……親父と過ごした年末年始も、こんな感じだった。
年末特番を見ながらコタツで酔い潰れた親父を、翌朝介抱して胃に優しいものを俺が作る。
懐かしいな。
まあだから俺にとって正月というのは、少しバカになっても許される日……なのかもしれない。
俺がむくりと起き上がると、まだ誰かの寝息が聞こえていた。
だがキッチンからは話し声が聞こえる。
ひかると……、誰だ?
「あらタカくん、おはよう。明けましておめでとう」
キッチンに並んで調理していたのは、ひかるとパワフルだった。
食卓を一瞥すると、けいがゲーム機で遊んでいる。
俺は怪訝な顔をしてひかるに問う。
「……何で」
「ご飯手伝って貰ってるんだよ。ほら正月だし、二人も一緒に食べたいって」
「そ。椅子も余ってるでしょ」
俺はじろりとパワフルを見る。
パワフルは相変わらず善良な笑みを浮かべていた。
パワフルに『さくら号から出て行け』と言われたのが5月。そこからはたまに掃除に来るのを見ただけで、会話はしていない。
向こうも明らかに俺を無視している。他の4人とは普通に話すのに。
『もし、生きる希望を失くしたら。死にたくなったら。幸せそうな奴が憎くなったら。
もう1つの封筒を持って、別紙に書いてある住所の人へ、会いに行きなさい。その人が封筒を読んでくれれば、きっとお前に希望をくれる。
俺の嘘を、本当のことを教えてくれる』
親父が俺を導いたのは……、本当にこいつなのか?
未だに親父が残した封筒を渡す気にはなれなかった。こいつと親父の関係が未だに掴めない。
「それとも、私と食卓を囲むのは嫌?」
「は?」
「会う度に睨まれてるもの。私のこと嫌いなんでしょ?」
「逆だろ、あんたが俺のことを嫌ってるんだろ?」
「嫌いと言うか」
パワフルは挑発するように、フッと笑った。
「もう空気だと思うようにしてる」
「……」
……俺を空気扱いするとは、こいつ相当ヤバいな。一周回って敬服すらしてる。この俺を、空気扱いするとは。
腹の中が窺えない。本当にお前だけは理解不能だ。
「あのー、タカはパワフルの事嫌いじゃなくて! むしろタカは、パワフルと仲良くしたいと思ってーー」
「おい、ひかるやめろ」
「いつ出て行ってくれるのかしら〜? 私のことそんなに嫌だったら、早く出て行けばいいのに?」
「お母さんダメだよ! タカがさくら号でてったら嫌! 寂しい!」
けいが怒ったように言ったのを聞き、パワフルは少し驚いた顔をした。
「……ふふ。冗談よ。私の不動産に住む人は、みんな私の息子みたいなものだから。これからも仲良くしてね。……ひかるくん、煮豆はそろそろいいんじゃないかしら」
「あっ、はい」
パワフルは何事もなかったように、俺に背を向け料理に向き直った。
俺はパワフルに聞こえるように、わざと大きなため息をついた。
……何を考えているか分からない人間ほど、関わりたくないものはない。
___________
「いただきまーす」
食卓の上にはきらびやかな正月料理が並ぶ。
そしてそれを、7人で囲む。
ほぼ全部ひかるとパワフルの手作りだと言うから驚きだ。
ひかるは本当、高校生にしては料理力が高いな。将来競技選手としての道を外れても、そっちの方面でやって行けそうだ。
「うまー」
まさかりさんが本当に幸せそうな顔をすると、パワフルはくすりと笑った。
「ホント、さくら号に来てよかった」
「つーか他にも行くとこあっただろ。かえで号とかもみじ号とか。何でここなんだよ」
「ケイトがここがいいって言ったの」
けいは、俺の隣で黙々と雑煮を食べていた。
かえで号・もみじ号はさくら号と同様、パワフルが管轄するシェアハウスである。
「ネ、ひかる。これなニ」
「あぁ、かずのこ? 鰊の卵。おいしいよ」
「ニシン? それ魚なノ? ……ムゥ、変な食感……」
「エリンギ、いらんかったらわしに頂戴」
「あ、おれのもあげるよ!」
「駄目だってけい、自分で食べなきゃ。エリンギも」
「エー」
俺はこのやり取りを聞きながら、ぼんやりと年末のことを思い出していた。
けいを誘って、6人で焼肉を食べに行った。
……気付いたら、俺もあの幼稚な談話の中にいた。
無論最初は、そのつもりはなかった。
ただ2週間ずっと孤独だったひかるの傷を癒せればと……提案したのだ。
俺は壁の隅で話を聞いているだけのつもりだった。
しかしたちまち奴等の毒牙にかかった。
まさかりさんの元カノとの写真が心霊写真ばかりで恐怖で別れた話、エリンギが戦車でうっかり家を壊した話、じーさんが萌え系美少女に変装したら男に唇を奪われそうになった話……。
あまりにも不毛でバカな会話に、失笑するしかなかった。ダークのことも長井のこともコンドルのことも、全部忘れて笑った。
バカが感染った。
……もう、治せないかもしれない。
俺はこれから裏切り者の存在を疑いつつ、動かなければならないのに。
いつか非情な決断を迫られた時、こんな半端な気持ちで迷ってしまわないだろうかと、少し不安に思う自分がいる。
「タカ、この黒豆頑張っておれが味つけてみたんだけど。食べてよ」
そんな俺の心境も知らず、ひかるがキラキラした目で俺の横顔を覗く。
「あぁ……」
「美味しい?」
「……まぁまぁだろ」
「やった」
俺が黒豆を口に運ぶのを見て、ひかるは本当に嬉しそうに胸の前でガッツポーズをした。
_______________
2074年1月6日
警視庁
「高木、高田、森田薫、隆臣……」
長井邸でのダークの客及び客の身辺の“タカ”とつく名前の人間を、青山は個人で調べあげていた。
松浦に手柄を横取りされたくないのもあり、確信に至るまでは一人での捜査をしていた。
該当者は7人。
「沖田佳奈、紀隆、高英……」
――木谷高英。
糸原高成の子のそっくりさんだ。
忘れはしない。名前は……。
「糸原高俊……」
嫌な思い出が蘇る。
忌々しき特別昇級。当時巡査部長だった青山は、国会事件の真相を知った事が知れ究極の2択を迫られた。
警察を去るか、特別昇級を受け入れ捏造に加担するか。
青山には、2歳の娘と妻がいる。
生活の為に、選択の余地はなかった。
「青山さん」
振り返ると萩本が立っていた。
「松浦警部が呼んでますよ」
___________
松浦と2人だけの部屋。
松浦は難しそうな顔をして青山を待ち受けていた。
「……何でしょうか」
「残念だ」
松浦はぽつりと言った。
とてつもない、嫌な予感。
「前回のダーク、もう少しだったな」
「……はい」
「もう少しだったのに、君に変装されたお陰で逃げられたじゃないか」
「……」
「つまりそのダークの目論みは、君がいなければ達成されなかった訳だ」
またこいつは、人のせいにするのか……。
「次回から君には、ダークの捜査を下りて貰う」
ガンと、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
――俺をダークの捜査から外す?
……確かに松浦の言うことには一理ある。責任を追わせることとしては、確かな理由である。
でも、言っておきたいが、俺を失うのは絶対に捜査本部には痛い筈だ。
今回盗聴を提案したのも俺だぞ?
“タカ”という人物の存在に気付いているのも恐らく俺だけだぞ?
「君には疫病神が付いとるとも言われた。ダークを捕まえられないのは、君のせいだと」
「『言われた』って、誰に……?」
「上、だ」
……長井。
そうか……、もし。
もし長井とダークが既に繋がっていれば、ダークが路線を変えてイエロージュエリーを狙ったことも合点がいく。
そしてダークを使って平野を潰そうというのなら、ダークを捕まえる警察は邪魔……。
だから青山がいなくなれば、警察の戦力が削がれるという訳だ。
「残念だ、君がいなくなるのは。こっちも痛手だ。だが、この事件は世界中から脚光を浴びている。
『所詮君の様な若い刑事には逮捕など無理だ』と鼻で笑われているのが現状だ。分かるな?」
「……」
「君にはもっと一般的な事件の方が頭角を現すことが出来るようだ。だから次の担当は――」
……畜生。長井に翻弄されるのは、これで二度目だ。
かと言って自分の力じゃどうにもならないのが現実。
青山は何も言わずに部屋を出た。
……負けたまま逃げれるかよ!
俺は長井の為に刑事になったんじゃないッ!
青山はガツガツと歩きながら、拳を強く握りしめた。
『貴方もその烏合の衆の一人だ。
正義正義と綺麗事を並べておきながら、結局元凶の長井の言いなりのまま、何もしていない』
お前の言う通りだ、ダーク。
――俺は……、諦めない。
前回みたいにもう屈しない。烏合の衆のままでいない。
絶対に、俺がダークを捕まえる。




