70.雨降って地固まる
やっと解放された俺は、肩で息をして畳に大の字になった。
……笑い過ぎて死ぬかと思った。
俺を見て爆笑していた他の3人もゼーハー言っているのが謎だが。
「タカ」
倒れている俺をひかるが覗き込む。
「あのさ、タカの気持ちはすっごく、本当に本当に嬉しいよ。ありがとうね」
「……」
俺はひかるから目を逸らした。
「だけどね、それでタカが危険になるんじゃ、おれがここにいる意味がないよ。おれはタカと、タカの考えた作戦を信じてる。だからさ、タカもおれのことを信じてくれるなら、おれにも背中を預けて欲しいな」
ひかるは、倒れている俺に手を差し出した。
……そうか。
俺はこいつを前線に立たせる事を『非情』だと思っていた。
でもひかるはそれを、『背中を預けること』だと言うのか……。
目から鱗だ。
同じ事なのに、ニュアンスは180度違う。
どちらにせよ、状況が変わり過ぎた。
例え俺がひかるの身代わりになったとしても、作戦が失敗してしまえば、全てを知るひかる諸共消されるだろう。
だったらもう今まで通り、最善のやり方を選択するしかない。
でもそれは「非情」ではない。寧ろ、それこそが俺たち自身を守る為であるのなら――。
俺はひかるの手を掴み、ひかるはそれを引っ張って俺を起こした。
「……分かった。もう、あんな事しない」
「うん……」
「おい高英」
今度はまさかりさんが俺の顔を覗き込む。
「お前さー、何でそういうことハッキリ言わないワケ? 高英のやった事が全部ひかるの為だったって知ってたら、オレお前の事殴らなかったのに」
「……」
「わかりづらいお前も悪いと思うけど、まぁでも一応、謝っとくよ」
まさかりさんは、俺に缶ビールを差し出した。
「殴って、悪かったよ」
「俺は18なんだが? 酒はハタチからって知らないのか?」
「分かんねーか? 一緒に酒飲もうってのは、仲良くしようぜって言う事なんだよ」
「アー……、ボクも、一応謝っておくネ」
エリンギもまさかりさんの横に並んで言った。
「タカの本当の気持ち、気付かなくて怒ってごめんネ」
「は? 何だよ本当の気持ちって」
「エ、だからそれはタカがひかるの事を好」
まさかりさんが慌ててエリンギの口を塞ぐ。
「エリンギ! オメー今それをここで言うな! 多分本人が一番分かってねーんだから!」
「何が??」
「そうだネ、ごめんゴメン」
「何だよ、ハッキリ言えよエリンギ」
「タカ」
じーさんが俺の肩を叩く。
「そういう話はの、みんなで食卓を囲みながらするもんじゃ」
「だから、そういう話って何なんだ……」
「みんな、仕切り直そう。今日はひかるが帰ってきたのを盛大に祝うんじゃろ」
「そうだネ! ひかる、熱大丈夫?」
「うん。笑ったらもう元気になっちゃった」
「本当か〜? 無理すんなよ」
ワイワイとちゃぶ台を囲む彼等を見て、俺は心底思った。
ここにひかるが帰ってきて、助けられて良かったと。
だが俺は、ケジメはちゃんと付ける。
「おい、何勝手に仲直りして終わったみたいになってるんだ」
「え?」
「まだ終わってない。忘れたのか? お前ら3人は、俺の作戦を一人100万で買ったんだったな?」
「はあ!?」
さくら号の空気は一気に冷え切った。
3人は俺を恨めしそうに睨む。
「え、何それ……?」
ひかるだけはキョトンとしていた。
「その約束、生きてたのかよ」
「当たり前だ。ひかるも戻ってきたし、金の話をするぞ」
「エー、今……?」
不服そうな彼等を無視し、俺は紙とペンを持ち出し、内訳表を作り始めた。
「今回の盗みが1億1,600万。
谷田貝に払った金は1億。
残りは1,600万。……エリンギ、経費は」
「エーット。待っテ」
エリンギは棚の中からファイルを取り出し、電卓を叩き始める。
「出タ。95万5620円」
「おい、それって主に何の金だよ」
「ウーン、タキシードを特注したからネ。光線を打ち消す素材ニ。あとはガス噴射機でショ? それと銃とかホテル代とカ。レンタカーを借りる際に、頼み料として10万渡したシ……」
「10万!?」
食い付いたのはもちろんまさかりさん。
頼み料と言うのは、道を歩いていたダークとは無関係の男に、レンタカーを借りるよう頼んだ時の報酬の事だ。
ちなみに俺が適当に変装して行った。
「エリンギ、余計なことを言うな」
「ア、まさかりさん。聞かなかったことにしテ」
「アホ、もうしっかり頭にインプットされたわ。その仕事、いくら怪しくてもオレもやる」
「だかラ貧乏そうな人に頼んだんだヨ」
「で、余りは1,500万だ。その1,500万で好きにしろ」
「いや、おれはいらないよ……。今回何もしてないどころか、1億も払わせちゃったし……」
「配分は俺を除いた4人で考えるんだったな。じゃ、後は勝手にどうぞ」
そうして俺は、ちゃぶ台の輪から離脱してテレビをつけた。
「ムカーーー」
まさかりさんが俺を睨んで言った。
「あの野郎、さっきのめちゃめちゃ最高な空気をぶち壊しやがって」
「いヤ、ここまで来るともウ、わざとだと思ウ」
「わしもそう思う。さ、考えてしまおう」
エリンギが電卓を叩き始める。
「1,500万を単純に4で割ったラ、一人375万円」
「タカに1人100万を払うと、タカが300万でわしらは275万じゃの」
「なんたる不平等!」
「しかも何故かおれが一番多い計算に……。本当におれ要らないって!」
「ダメじゃひかる。お前さんは今回一番辛い思いをした、貰っておきなさい」
「いや、でも……」
「もうよくなイ? 25万くらイ」
「よかねーよ! それだけでオレの何日分の食費だと思ってんだよ!」
「ウーン、一日3万円計算としテ、1週間が限度」
「一度死ね御曹司」
「いや、確かにみんなが平等じゃなければモヤモヤするのぅ」
「だからおれなしでいいって」
「ダメだってそれハ! 何回も言ってるじゃン、ひかるを入れてダークなんだっテ」
「でも……」
おい。コイツら本当にバカか? これはさすがに俺じゃなくても分かれよ。
小学生の算数の問題だぞ? 冷静に考えれば簡単な話だろ……。
ひかるが輪から抜け出して、俺の元へやって来た。
「タカ、なんか企んでるでしょ」
「企みも何も……、こんな簡単な事が分からないなんて引いてるんだが……」
「そこまで言わなくてもいーじゃん……。本当は最初から、何か考えがあって100万とか言ったんでしょ」
「……あくまでも、お前が提案したように振る舞えよ」
「分かってるって」
「俺は経費を100万と概算して、利益が1,500万になるように、きっちり1億1,600万を盗んだ。それは5人で300万を分配出来るようにするためだ。
だからつまり、簡単だ。お前を300万、他の3人を400万にして、俺に100万ずつ払わせるといい」
___________
「ん」
三人は100万円の束を指で摘まんで俺に渡した。
俺は無言で受け取った。
「いやーしかし、ひかるの案は最高じゃった」
「ホント、ひかるは最高だヨ」
「高英の差し金ってバレバレだったけどな」
「うん。おれってすげー頭いい」
あはははとわざとらしく笑っていると、それより、とまさかりさんが俺に言った。
「経費が95万5620円だったよな。後の4万4380円はどこ行ったんだよ!」
「うワ、そういう計算早イ」
「……」
俺は皆と視線を合わせないように、グラスにアイスコーヒーを注ぎながら言った。
「焼肉が食べたい」
「は?」
「俺の家はな、年末は焼肉を食うのが恒例だったんだ。でも色々あって去年は出来なかった。……だから、今年はお前らが付き合えよ」
俺は少し心臓が高鳴ってるのを悟られぬよう、無表情で唖然とする4人を見て言った。
「4万4380円はその金だ」
「な、なんと……」
「タカが……」
「オレらを飯に誘った……」
「急展開でビックリだヨ……」
「文句あるか?」
全員、異口同音だった。
「ない!」
「行こ! けいも誘ってさ!」
皆、今日一番笑っていた。
……分かっている。この中に、裏切り者がいる事は。
判明次第ソイツは追放しなければならない事も。
……だけど、ちょっともう、疲れた。
この2週間、本当に胸焼けする程ヒリヒリする日々を過ごした。
年末年始くらい……、このどうしようもない現実から、目を背けさせてくれ。
この日の飲み会は、夜が明けるまで続いた。
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同時刻、長井邸――
「乾杯」
客間に3つのグラスの音が響き渡った。
「くーっ。うめぇ」
谷田貝が赤ワインを一気に飲み干すと、長井は苦笑した。
「ふふ、君は本当に野蛮人だな」
「マナーにごちゃごちゃ言ってるヤツが暴力団やってられると思うかあ?」
「……一理あるな」
谷田貝は料理を口に含みながら言った。
「で、あの1億は全部貰っていいんだな」
「勿論。小渕さんを喜ばせてやってくれ。で、ミドリさんにはこれを」
長井は女に封筒を渡した。
女は中身を数え始める。
「……確かに」
「あれから奴等に動きはないかな?」
「特に。……私はそれより、警察が気になるわ」
「警察?」
「ダークの無線機の盗聴に成功したらしいわね。危険じゃない? そろそろ警察を何とかしないと。ダークが捕まればあなたの計画も水の泡」
「なるほど。ただ立場上、警察に動くなとは言えない。ならば戦力を削ぐか……」
長井は黙り込んで考えた。
船の上で、積極的に自分に話しかけて来た男を思い出す。
名前は確か……。
「……青山だったか。あの刑事」
ふーんと、谷田貝は適当に頷いた。
「なぁ女、ダークのスパイになった経緯を教えろ。そもそもただの主婦のあんたがどうやってダークの尻尾を掴んだ? うちの組でも出来なかったんだぜ」
谷田貝が未だ口に物を含んだまま話続ける。
「あんまり細かいことは企業秘密よ」
「いやしかし、あんたがあのシェアハウスの大家っつーのは、かなり都合のいい話だな」
「それは……、ダークと私がそういう繋がりが出来るのは、必然だったのかもしれない」
「?」
パワフルは、谷田貝に微笑みかけた。
「ま、私は不本意なのだけどね」
「それでミドリさん。貴女には申し訳ないのだが――」
長井は本当に申し訳なさそうに切り出した。
「今後、少しやり方を変えたい」
「……」




