66.本末転倒にも程がある
車を借りた男――木村のアパートのチャイムを鳴らすと木村は驚いた顔で青山と中林を見た。
更に警察だと言うと、木村はあからさまに顔を青くした。
「ぼ、僕……何かしましたか」
「この車に見覚えありませんか」
青山が乗り捨てられたレンタカーの写真を携帯で見せると、木村は頷いた。
「え、はい、確かに、僕が借りた車……。え?」
「この車、実は昨日のダーク事件の逃走車として使われてたんですよ」
「えぇ!?」
「それで、ダークのような怪しい人物と接点がなかったか、お聞きしたいのですが」
「……」
「……いや、単に盗まれただけですか?」
木村は答えるかどうか迷った挙句、ばつが悪い様に口を開き始める。
「実は昨日の朝、道を歩いていたら知らない男に話しかけられたんです。『オレの仕事をやってくれたら、金をやるよ』と……。
それがレンタカーを借りて、指定の場所に置くというだけのことだったので……。怪しいと思いながらも、従いました……」
青山と中林は、無言で顔を見合わせた。
「その男の顔や背格好、教えてください」
……どうせ変装してるだろうが。
木村に聞いたところによると、その怪しい男の顔はともかく、華奢で身長170センチ前後というのは、先日青山が目と鼻の先の距離で見たダークの外見とそっくり一致していた。
もしかしたら木村に接触した男は、ダーク本人だったのかもしれない。
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青山と中林が警視庁に戻ると、何やら騒々しかった。
「青山さん! ……と中林。大変ですよ、いいニュースです!」
「ん?」
萩本が興奮気味に近寄る。
「当日の無線電波、青山さんの読み通り引っ掛かってましたよ!」
「本当か!?」
「ですが……」
「……ですが?」
捜査本部では、早速その無線電波の盗聴を始めていた。
『――ギは――ら、げ――――』
『――、――――ヨ』
しかし拾った音声は雑音が酷く、肝心の会話はほとんど聞き取れず、一体何人が喋ってるのかも分からない。
「相手はやり手のプログラマーです。盗聴されないようにやはりフィルターをかけてますね」
しかしそれでも、部分的に何かは聞こえる。
青山は必死に耳を敧て、何度も聞いた。
『――が――い。それ――エリ――――』
『――?』
それにしても、ダーク出没予告時間の数十分も前からこの電波は発せられていたという。
やはりダークは神出鬼没という訳ではなく、周到な準備を得て現われているのだ……。
『――てタカ――。――』
「?」
……今のは人名か?
『――。――の――とは』
『タカ――、し――かラ――なイ?』
「……!」
また言った……!
“タカ”……、鷹? コードネームだろうか。
しかもこれは……。
『ここだけ解析が出来ませんでした。恐らく固有名詞――二語の人名が入ります。可能性が高いのは二語とも子音が“a”、という事までです』
船で変装していたダークが呼んだ人名の条件とも一致する……!
ここまでで判明しているダークの人物像は以下。
・長井を狙う明確な動機がある
・長井邸のパーティ客に精通する(これは可能性)
・華奢で身長170センチ前後(変装では身長は誤魔化しにくいだろうから、これはほぼ間違いない)
・名前に“タカ”がつく(これも可能性)
もし、この可能性の部分も当たりであるのなら。
ダーク。もうお前の背中は見えかけているぞ……!
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さくら号のダイニングで、俺は頭を抱えていた。
――27日、午後4時……。
コンドルとの接触と、ひかるの救出。
ダブルブッキング。待ち望んでいた出来事が重なってしまうという、最悪な事態になった。
俺はまた、もう何度目かというため息をついた。
「タカ……、またため息か」
じーさんはよく人を見ている。
ようやっとひかるを救出出来るためさくら号の空気は明るいというのに、確かにため息はおかしい。
「……疲れのせいだ」
そう言って適当にあしらった。
奴の正体を掴む千載一遇のチャンスなのに。
コンドルとの接触を捨ててひかるを助けるなど、本末転倒にも程がある。
しかしもう、いや最初から、自分でも不思議なくらい迷いなどなかった。
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1億円。現金の重さは10キロ。
2つのアタッシュケースに分けて金を詰め込み、エリンギの運転する車に揺られること数十分。
谷田貝の指示した廃工場は、閑散とした場所にあった。
「お前は待ってろ」
「……大丈夫?」
エリンギは本当に心配そうに言った。
相手を逆撫でしないように、本当に丸腰で敵陣に飛び込むのだ。
「金を渡してひかるを返してもらうだけだ。
大したことはない」
「うン……」
不安そうに返事をするエリンギを置いて、両手にアタッシュケースを持ち俺は工場の入口に向かう。
「よーよーよーよぉ」
「来た来た」
直ぐさま待ち伏せしていた数人の男に囲まれる。
「お前がダークなのか?」
「……そうだ」
「まじかよ餓鬼じゃねぇか」
「こんな餓鬼に国が翻弄されてるとはよ」
くすくすと、明らかに嘲笑する男たち。
俺は奴等を目一杯睨み付けて言う。
「谷田貝はどいつだ」
「谷田貝さんは奥だぜ。案内するよ」
男たちに先導され、工場の奥へと進む。
工場は埃っぽく、差し込む僅かな日光の光できらきらと輝いている。
……ひかるは2週間、こんな環境の悪いところに?
まさかとは思うが、まさかの事態を想像して怒りが生まれる。
工場の中に入ってすぐに大部屋に出た。大きな機械類が放置されたままになっている。
その奥にひかると――、ほんの少しだけひかるから離れて、銃口を向け椅子に腰掛ける男。
恐らく奴が、谷田貝。
「ひかる……!」
「タカ……っ」
ひかるは俺の顔を見るなり、嗚咽を漏らして泣き始めた。
「よぉ」
対して隣の谷田貝は、不適に笑っていた。
「初めまして、ダーク。ずっと会いたかった」
俺は鋭く谷田貝を睨み付ける。
俺の方は、今日はあんたに会いたくなかった。
「オレは小渕組の幹部、谷田貝だ。よろしくなぁ」
小渕組……暴力団か。
長井は暴力団を雇ってダークに対抗しようという訳だ。……この事実が世に知れただけでも十分、長井を政界から引きずり下ろせそうだが。
「で、一応聞いとくがダーク。本名は?」
「……木谷高英だ」
「あっそ」
谷田貝は一瞬不快そうな顔を見せた。
「まぁお前の名前にゃ興味はねぇし。それよりもっと近くに来い」
谷田貝が手招きするのに従う。
谷田貝の前に立つと、一瞬涙顔のひかると目が合う。ひかるは俯いた。
俺はアタッシュケースを放り投げ、谷田貝の方へ蹴り飛ばした。
「金だ。さっさとそいつを返して貰おうか」
「おい、確認しろ。あとあれを持って来い」
谷田貝の部下たちがアタッシュケースを持って行くのと入れ替えに、水の入ったバケツとタオルを持って来た。
谷田貝は再びにやけた。
「ほら、オレはダークのリーダーと話したいって言ったろ。で、お前が偽物の確率もある訳だ。だからほら、これで顔洗ってくれねぇか」
「……!」
「いやいやそんな顔すんな。毒なんか入っちゃいねぇよ。さぁ」
それは……、こいつの目の前で跪かなければならないということか。
こいつの狙いは変装を暴くためではなく、ハナからそれだけが狙いだ。
この男、俺を試している……。俺がプライド高く無駄に抵抗してくる馬鹿かどうかを。
抵抗して何か言おうものなら負けだ。殺しはされなくとも、無様に返り討ちに遭うだけ。
「早くしろよ。オレは短気なんだよねぇ」
谷田貝の左手が動く。
ひかるの喉に冷たい銃口が当たると、ひかるはびくりと震えた。
性根が腐った腹黒野郎め。
いつか本当に地獄に落としてやる……!
……後少しの辛抱だ。今は堪えろ。
俺は静かに跪いた。




