65.ダブルブッキング
2073年12月25日
報道でダークの日時を知れなかったため、ひかるがダークの成功を知ったのは次の朝のことだった。
ひかるはただただ、夢中でテレビの画面にかじりついていた。
……本当に、谷田貝の要求通りにダーク成功させちゃった。やっぱり、タカは凄いなぁ……。
喜ぶべきなんだ。……でも、複雑だった。
被害総額は報道で1億1,600万円だと言っている。谷田貝が要求する1億を超えているので、おれは助かるんだ。
でも、その後。おれはどんな顔でみんなに――特にタカに会えばいいんだろう。
おれがいなくても、ダークは出来てしまったじゃないか。
こんなに迷惑をかけて、本当に……さくら号から出ていくべきなのかもしれない……。
「おいおいミミズちゃーん。生きてるかー?」
慌ただしく谷田貝が部屋に入ってきた。
ひかるは溢れかけていた涙を慌てて袖で拭う。
谷田貝は部屋のテレビを見て言った。
「お、見てるじゃねーか。よかったなダーク成功して。これでお前も晴れて自由の身だ。ただし、リーダーがちゃんとお前を助けに来たらの話だけどなぁ」
「え……?」
一抹の不安がよぎる。
……いや、ここまで来て助けてくれないなんて有り得ないでしょ。いくらタカでも。
ひかるはただでさえ不安でしょうがないのに、また涙が出てきそうなのを、必至に耐えていた。
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ダークが終わった次の日の午前中。
俺は再度岩田文哉に変装して、チェックアウトの時間を見計らってルビーホテルへと入っていく。
岩田が借りた部屋の鍵を開き、部屋に備わった冷蔵庫の飲み物を持ち帰る。
ちり紙を3枚ほど丸めてゴミ箱に捨てる。
一度ベッドの布団をぐちゃぐちゃにし、最初とは違った風に畳む。
その他小物の位置を入れ替えたりする。
……ただし念をいれて全ての作業で指紋がつかないように手袋をした。
これであたかも一日部屋を使ったように見えるだろう。
一般客に紛れて、俺は荷物を持ってチェックアウトする。
フロントは警官が何人かウロウロしていた。
――恐らく、DKのあの部屋を調査しているのだろう。屋上で麻酔銃をDKに撃たれた警官が、あの時こちらに気付いていた。
大丈夫。抜かりはない。
そもそもこれは想定の範囲内だ。
俺はルビーホテルを出て、さくら号への帰路に入る。
その道中で、藤井ひかるの名で谷田貝から着信があった。
「おぉ、オレだ。ダークご苦労。しっかし本当にミミズちゃんなしでやっちまうとは、やっぱさすがだ」
「は? ミミズ?」
「やーこっちの話だ。構うな」
「おい。アイツに指一本触れてないだろうな。本当に殺すぞ」
「ハハハ、本当にお前はミミズちゃんの事が好きだなァ。触れてねーよ、本人に後で聞きな。で、換金はいつだ? ニュースじゃ1億1,600万だと言ってるけどなぁ」
……こいつはもしや身代金を上乗せしてくるんじゃないかと、眉を潜めた。
「……藤井の身代金は1億だっただろ。換金は今日中に終わる」
「そうか、分かった。なら取引きは27日の16時にしよう」
「……!?」
『27日の午後4時に落ち合おう
CONDOR』
……いや、誰か他の奴に行かせれば済む話……。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「オレはお前と話がしたい。だからお前が金を持って来い」
「はぁ……っ!?」
「変装しても無駄だからな。オレが顔をゴシゴシ洗ってやるよ。フフ……」
「だったら時間をずらせ。明日でも構わない」
「なんだお前……。ミミズちゃんを差し置いて、デートの約束でもしてんのかぁ?」
「違うっ。とにかくずらせ!」
俺が顔を赤くして怒鳴ると、通行人がコソコソと俺の顔を窺って通り過ぎて行く。
「むーりー。フフ……、オレだって予定あんの。いいかぁ? オレに逆らったらどうなるか分かってるな」
「っ……」
「じゃ、明後日の16時に××市の鈴木製鉄工場へ来い。廃工場だ。楽しみに待ってるぜぇ? フフ……」
「おい、待……」
一方的に通話を切られる。
「嘘だろ……」
俺はしばらく、唖然として立ちすくんだ。
___________
ダークの手によってダークとして逮捕されかけた青山は、念のため様々な検査をして、無事に青山春樹であるということが証明された。
青山をダーク扱いした萩本、更にダークが青山ではないことを見破れなかった中林から、とにかく何度も謝られた。
……無論ダークを目の前で取り逃がした自分にも非はある、と青山は猛省していたが。
「青山さん!」
DKが潜伏していたとされるルビーホテルに着くと、一足先に着いていた中林と萩本が駆け寄る。
「ほんっとに、すみませんでしたっす!」
「僕もホントに、すみません」
2人は深々と頭を下げた。
「いいってもう。……いや、俺がヘマしたせいでああなったんだし、俺も、悪かった」
「でも青山さんは……、船のダークの時にオレに変装したDKを、見抜いたそうじゃないですか」
「口癖でな。DKの変装が不完全だった訳じゃない」
「……オレが変な口癖でよかったっすね!」
「調子に乗るな馬鹿が」
「あ……それと青山さん。ダークに……バレちゃったっす」
「何が?」
「オレが足を撃った事っす」
「はぁ!?」
しかし中林は危機感なくハハハーと笑っている。
「いやー流石にキレられて、銃向けられたんで焦ったっすよ。撃たれなくて良かった〜」
「おまっ、それ相手DKだったら死んでたぞ!? 危機感持てよ!」
「や、だって青山さんの顔だったからしょうがないじゃないすか……」
「……」
それを言われると、青山は返す言葉がない。
そんな会話をしている間に、青山たちは312号室に辿り着いた。
中では鑑識たちが、何か手掛かりはないものかとそれぞれ作業をしている。邪魔をしないように彼らを避けながら奥へ進み、ベランダへ出る。
「ここか……」
「イエロージュエリーの屋上、目の前ですね」
萩本がベランダから少し身を乗り出して言った。
当時屋上の見張りは3人。
ダーク出没予告時間の15分前ごろ、突然見張りの2人が倒れたという。
残りの1人が気配を感じると、2人のDKがこのベランダから銃口を向けていたのだ。彼がはっとした時にはもう遅かった。DKの片方が再度麻酔銃を撃ち、彼は意識を失った……。
「なるほどなるほど。十分狙えるっすよ」
中林は屋上に照準を当てる様に、大型の銃を構える素振りをしてみせる。
「……で、撃った後DKはここからそっちへ跳び移ったか……」
十分、健全な人間なら跳び移れそうな距離だ。
隣で中林は下を見下ろし、びくりと身体を震わせた。
「よし、中林。やってみろ」
「……えぇ!? 今オレが身体震わせたの分かったすよね!? あ、わざとすか! わざとっすね!」
その時タイミングよく、青山の携帯が鳴る。
「もしもし」
「青山さん、例の逃走車両ですが、イエロージュエリーから離れた公園で発見されました」
青山に変装したダークは中林に銃を向けた直後、車に乗って逃走した。
その車の姿を、中林や多くの味方が目撃している。無論、ナンバーも控えてあった。
「防犯カメラは? 降りる瞬間はないか」
「残念ながら……。しかし公道を走っている所なら。乗っていたのは3人で、内1人は青山さんの変装です。残り2人はマスクとサングラスをかけていて、人物の特定は難しそうです」
ダークの仲間は、最低でも2人いるという訳か。
「車の所有者は」
「いや、やはりレンタカーでした。それで業者に問合せたところ、借主が判明しました。今免許の画像送ります」
「よし、行くぞ中林」
「え、どこすか」
横で未だに銃を構えるふりをしていた中林が、慌てて後を追う。
「恐らくダークと接触した人物のトコだよ」




