64. 3rd DARK inside ④
青山は少し目を伏せて続けた。
「その時俺の警官としての正義は揺らいだ。だから俺はお前の敵でありながら、密かに長井を破滅に追い込む、その目的には共感していたんだよ。
……でもだからこそ、俺の警官としての正義を、責務を果たす為に、忖度なしで窃盗犯であるお前を捕まえる」
「……」
『やった事を悔いている』だと?
何なんだこいつは。何故被害者面をしている。
長井にさせられたとは言え、最終的に逆らわず加担すると決めたのは自分だろう。
「だけど今、本当に分からない。お前が長井に何の因縁があるのかは知らないが、教えてくれ。何故、急に平野に狙いを変えた?
俺だけじゃない……、お前に希望を持っていた多くの人々が、失望しているぞ」
「……」
「それとも……お前に取って長井を狙うというのは、ただの客寄せパンダに過ぎなくて、注目を集められれば誰でも良いのか?」
……苛つかせてくれる。
結局自分の地位や立場を失う事を恐れて何もしていないくせに、正義正義と綺麗事を並べる。
俺はお前みたいな口だけの奴が、一番嫌いなんだよ。
……しかし、冷静を装わなければ。
コイツが今その話をしている相手は、糸原高俊ではなくダークだ。
俺は嘲笑した。
「結局、あなたも人任せですか?」
「は……?」
「この国の人間の大多数は思っています。『この世の中が変われば良いのにな』と。しかし大半は他力本願で、自ら動こうとする者は少数派です。何故なら、自ら動く事はリスクを伴うから。
対岸の火事として安全圏から静観し、火中にいる者が事を成せば手を叩き、犠牲になれば知らぬフリをすればいい。皆都合の良い卑怯者だ」
「……」
「貴方もその烏合の衆の一人だ。正義正義と綺麗事を並べておきながら、結局元凶の長井の言いなりのまま、何もしていない」
「くっ……」
青山は言い返せない。
お前みたいな中途半端な奴が、義憤に駆られ不退転の決意を持った俺を止める事なんて、一生できるものか。
「何の事件を隠蔽したのかは存じ上げませんが。犯人の息子にやった事を悔いているのなら、先ずは本人に懺悔し深く頭を下げたら如何でしょう?
ただし幾ら謝罪したところで、結局貴方が烏合の衆のままでいるなら、彼にとって貴方のしている事は自己満足のパフォーマンスに過ぎないですけどね」
謝罪なんて求めてない。これは挑発だ。どうせ出来ないだろうがな。
謝罪するという事は、記憶を失っている筈の俺に全てを語らなければならなくなる。それは命令を下した警察という組織に、逆らうと言うことだ。
コイツには何のメリットもない。結局正義だの何だの綺麗事を並べて何も事を起こさず、烏合の衆の一人であり続けるだろう。
青山が目を伏せた隙に、俺は麻酔銃を向けた。
「時間です」
俺は間髪入れず麻酔銃を青山に撃った。
「……っ!」
「もっと話をしたいのですが、警察の方々が目覚められると逃げにくくなるので」
「……」
「また会いましょう、青山刑事」
「……」
「……?」
……倒れない?
青山は、ほくそ笑んだ。
「……なんか、勘違いしてんじゃねーか? 怪盗さん」
「っ!?」
まさか。
「抗麻酔剤、実は俺だけ自腹切って買って飲んでたりしてな!」
――しま……ッ
完全に油断していた。
青山は3歩前に進んで俺の腕を掴み、一気に背負い投げた。
俺は背中を床に強く打ち付け、その衝撃でシルクハットと仮面が弾け飛んだ。
「あ……ッ」
受け身なんて取れなかった。
一瞬息ができなくなり、意識が飛びかけた。
「拝ませてもらう! お前の素顔を……!」
……いや、そうだ。今の俺の顔は。
刹那、俺の顔を見た青山は、動揺した。
どうだ。鏡写しのように現れた自分の顔は……!
「は!?」
俺は一瞬の隙を逃さず、ポケットから青山の空いた腹にスタンガンを押し込んだ。
次の瞬間、全身に電流が流れた青山は倒れ、気を失った。
「つ〜……ッ」
俺は背中を摩って、床の上で悶え転がった。
危なかった……。あそこで気を失ってたら完全にアウトだった……。
青山、コイツ足の速さだけじゃなくてこんな体術まで……。
いや、忘れていた訳ではないが。コイツは窃盗犯専門の刑事だ。訓練はしていて当然か……。
「おい高英! 大丈夫か!?」
まさかりさんは監視カメラで一部始終を見ていた。
俺は痛みを堪えてよろよろと立ち上がった。
「……何とか」
「いや、マジで綺麗な背負い投げだった……。ひかるじゃなくてお前で良かったぜマジで……」
「あぁ、小柄なアイツだったらもっと吹っ飛ばされてた……」
「……お? 『俺なら良いのか!?』って言い返されると思ったのに。どした?」
「……」
しまった。動揺してつい本音が……。
俺はゆっくりと立ち上がり、着ているものを脱ぎ始めた。
そして青山の着ていたものも脱がし、今度はそれを俺が着る。
「おいおい高英何だよお前、実は『投げられたのが俺で良かった〜』って思ってる?」
「思ってないっ」
「エ? ナニナニ?」
「高英が、ひかるの身代わりになれて良かったってさ」
「オォ〜。それひかるに伝えるネ、喜ぶヨ」
「漢気あるのぅ……。見直したぞタカ」
「そんな事言ってないだろ!? まだ終わってないんだから集中させろバカ!」
「タカ、動揺してル〜」
3人はケタケタと笑っていた。
クソ……コイツら本当に発言に気を付けないと、ネチネチと永久に突っ込んでくる。面倒臭い……。
青山にはダークの衣装を着せ、仮面を被らせた。
気絶している男を着替えさせるのは、一人では中々骨が折れる作業ではあったが……。
こうしてダークと青山は、いとも簡単に入れ替わったのだ。
______________
午後10時20分
青山の無線が繋がるようになる。
俺は青山に成り済まし、ダークを取り押さえたのでシャッターを開けろと指示した。
シャッターが開かれると、警官たちは俺の横で倒れているダークを見るなり、口々に歓喜する。
「青山ぁ!」
声を張り上げてこちらに猛然と近付くのは、警部の松浦。
『憎むならこんな事件を引き起こした父親を憎むんだな』
――あいつだ。
「お前……!」
「はい」
「よくやった!」
「……はい。ありがとうございます」
何故か怒られるのかと思ったので、拍子抜けする。
「警部、これを見てください」
俺はダーク(青山)の仮面をはぎ取った。
「え……?」
「青山さん……!?」
驚く一同。
「ダークは僕に成り済ましてどうにかしようとしたようです。一度気絶させられかけましたが、何とか」
「いやいやホントによくやったぞ青山! これで警察もなんとか汚名返上出来るな!」
「……」
汚名返上……。
その言葉、俺は不快に思った。
松浦……コイツは青山以上に好かない。
何より俺にMBを打つ時、嬉々としていた感じすらした。……青山と違って罪悪感すら無かったのかもしれない。
「……では、宝石は僕が」
俺はダークが盗んだ宝石の袋を担ぐ。
「ご苦労青山!」
「ご苦労様です!」
「青山さーん! お供しますっす!」
妙な敬語で後ろについて来たのは、巡査部長の中林だ。
……なるほど、どうりで前回じーさんの変装が見抜かれる訳だ。
「いやー、ほんっとよかったっす! 無事にダークを捕まえれて!」
エリンギたちとの待ち合わせの場所まで、青山に変装したまま宝石を持ち向かっているのだが。
……俺の後方を歩く中林は、ベラベラと1人で五月蠅く喋っていた。
俺は適当に相槌を打っていた。
「いやー、でもホントにオレとほとんど歳変わらないのに、尊敬しちゃうっすよ~。しかも本当に素手で捕まえちゃうなんて……、本当にオレの為に、ありがとうございますっす!」
「……オレの為?」
「え、はいっ! オレが前回ダークを撃って逃してしまったんで、今回は撃たずに捕まえましょ! って約束、守ってくれたんすよね?」
俺は、思わず息を呑んで中林を凝視した。
今、コイツなんて言った?
このアホが? 前回ダークを撃った??
……嘘だろ。
お前か。ひかるを撃ったのは。
「……青山さん……?」
俺は、中林に光線銃を向けていた。
息を呑む中林。
時間にして、多分3秒くらいそうしていた。
しかし、長い3秒に感じられた。
「タカ! ポイント着いタ! 早ク!」
エリンギの迎えの車が、待ち合わせ場所に着いた。
俺は中林に背を向け、走り出した。
「え……っ、青山さん!?」
イエロージュエリーの敷地を出て、中林の死角に入ったところでエリンギとじーさんの乗る車に乗り込む。
中林が慌てて連絡したのであろう、他の警官たちがわらわらと出てきたが、もう遅い。
エリンギは強くアクセルを踏み、逃げ去った。
……冷静になれ、俺。
ひかるの仇を取ったところで、何もならない。何より本人が一番それを望んでいない。
しかし、自分自身でも少し驚いている。
俺は突発的な激情に駆られた時、たぶん、……人を殺せる。
「おっしゃあ! 大成功だ!」
「ホッとしたわい。これでひかるを助けられるの」
「タカ、合言葉ハ?」
「は?」
「エ……、まさか本物の青山刑事ジャ……?」
「Treat me to yakiniku instead of sushi(寿司より焼肉を奢れ)」
「ア、タカですネ」
「何て言ったんじゃ?」
「『俺がひかるに焼肉を奢ってやる』だっテ」
「おいふざけるなエリンギ」
「高英お前やるな」
「漢気じゃの〜」
「だから話を盛るな! 大体これくらいの英会話わからないなんて、小学生からやり直せ」
「わし50年前じゃもん……」
俺は内心、本当にホッとしていた。




