55.早く泣きついて来いよ
2073年12月13日
朝。
ダイニングテーブルの上に“イエロージュエリー”の見取り図を広げ、まさかりさんとエリンギはテーブルの上に力なく突っ伏していた。
「おいエリンギー……、寝るな」
「寝てないヨ……。まさかりさんこそ寝ちゃダメだヨ……」
「オレはがんばってるだろ……、お前意見だせ」
「ボクもがんばって考えてるヨ……」
いつもならタカが考えるダークの作戦を、2人は夜通し考えていた。
しかしこれと言った考えは出ることがなく。
2人は精神的にも肉体的にもピークに達していた。
「ひかるゥゥ……」
「エリンギ寝るな」
「寝てないってバ」
「随分疲れ切った顔しとるのぅ」
じーさんがいつもと変わらない口調でやってきた。
そのじーさんの調子を見て、まさかりさんは何だか腹がたった。
「おいじーさんも一緒に考えろよ! じーさんはオレたちサイドの人間じゃねーのか!?」
「わし? わしはまぁ、中立かのぅ……。悪いがわしはタカを信じとる。作戦を考えるのはタカの仕事じゃ」
「だからって何もせずに待つのかよ!?」
「まぁまぁ。ちょっと話を聞きなさいよ」
熱くなるまさかりさんをじーさんがなだめる。
「今タカが出かけての。ベッドの上を偵察してきたんじゃ。そしたらやっぱり、ちゃんと見取り図に線を引っ張っとったぞ」
「……! あいつもやっぱり、考えてるってことか……?」
「ア……、まさかりさんが最初に印刷してた見取り図、タカが持ってったんだっケ」
そしてエリンギは、不安そうに言った。
「タカが……、ホントに一人でダークやっちゃったラどうしよウ……」
「いやいや、いくらタカでもそれは無理じゃろ……」
「いや、オレはあいつならやりかねねぇと思うぜ……」
「エ、じゃあボクらどうなっちゃうノ!?」
「どうなるかの……」
まさかりさんは頬杖をついて、器用に指でペンを回していた。
「怪盗もどきが本物の怪盗になっちまったら、すげーよな……」
「エ、ダークって『もどき』なノ?」
「もういっそのこと、改称しちまえばいいのに」
「“怪盗タカ”、いや“怪盗ホーク”かの」
「プッ、名前ダサっ」
「チョ、ちょっト……」
本気で心配そうな顔をするエリンギを見て、2人はくすりと笑った。
「いや、1人でやることはないと思うぞ。いつも通り、見取り図には何色かの線が引いてあった」
「他に誰がダークやってくれるんだロ……」
「お前天然だよな。絶対オレたちしかいねーし」
「ソ、そっカ……」
エリンギは嬉しさを隠せずに、まさかりさんから隠すように少し俯いて微笑んだ。
「でも、どうする気だあいつ。謝るとは思えねーけどな」
「ボクたちが助けを求めるノ、待ってるんじゃないかナ……」
「……」
ドン、とまさかりさんは持っていたペンをテーブルに乱暴に立てた。
「このままじゃいたちごっこは終わらん。どうするんじゃ」
「……オレは絶対折れないからな」
「……」
エリンギが黙って俯いているのを見て、
「おい考えろエリンギ! まだ時間はある! 間に合わせようぜ!」
まさかりさんはわざと明るく、大きな声で言った。
じーさんは口をへの字に結んで、鼻からため息をついた。
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朝。
俺は、河川敷でジョギングをしていた。
やはりどう考えても、ひかる不在のダークは俺が代役になる。
僅か2週間でも、鈍った身体を少しでも立て直しておこうと思った。
しかし、ちゃんとジョギングをしたのは部活を引退して以来だ。体力が明らかに落ちてる。普段から走っておけば良かった……。
走りながら、キラキラと光る川面を見ていた。
……夏の日、ひかるの車椅子を押して河川敷を歩いた日の事を思い出した。
本当に、気持ちの良い朝だった。その時のひかるの顔と、俺の言葉を穏やかに聞いてくれた事を、つい先日のように鮮明に思い出す。
今回のダークはあまりにもリスクが高すぎるし、『長井に敵対するダークという信頼を集める』俺の思惑から遠ざかってしまう。本末転倒になる可能性があるのは分かっている。
しかし、驚くほどに、迷いはなかった。
……何がなんでも、あいつを助けなければ。
だからこそ、何時までも何も言って来ないあの3人(じーさんは中立らしいが)にイライラしていた。
ひかるが誘拐されて3日目。俺と、じーさん以外の2人は和室とダイニングで完全に分離し、まともに顔を合わせていない状態が続いていた。
俺はダークを大分形に出来てきたが、じーさんによると向こうは全くらしい。
……あいつらが作戦を完成させたのなら俺の立場がなくなるので、正直安心しているが。
しかしどうする。このままじゃ俺の作戦が出来ても準備が間に合わない。
意地を張ってる場合じゃないだろ。あいつらはもう、ひかるのことなんてどうでもいいのか?
早く、俺に泣きついて来いよ……。
今ならバカにせずに取り合ってやるのに。
「はぁ……、はぁ……っ」
息が切れて、俺は走るのをやめて歩き出した。
「タカー!」
背後から甲高い声で、俺の名を呼ぶ声がした。
誰だか分かるので、無視して歩き続けていると、そいつは走って俺に追いついた。
「おはよー!」
ランドセルを背負ったけいは俺の腕を掴み、俺の顔を下から見上げて、あれっと不思議な顔をした。
「ほっぺた……腫れてない?」
「……」
「大丈夫?」
けいの視線を逃げるようにかわした。
……殴られた左頬、大分よくなったと思っていたのに。
「ひかるは? 仲直りした?」
「……」
純真無垢な瞳で見つめる。
……そうだった。けいはひかるが誘拐されたあの日、谷田貝から電話が来る前に帰ったんだった。こいつ、何も知らないんだ。
「ひかるは……」
言い噤む。
……こいつには、本当のことを言うべきだろうか。
次の作戦にもけいは頭数に含まれている。
本当のことを言って怖じ気付いて逃げられたりでもしたら、困る。
「……急だがしばらく実家に帰ることになった。次のダークにも参加しない予定だ」
「え!? 大丈夫なの?」
「……当然」
「なんだ……、つまんないな……」
「……腕離せ」
咄嗟に言った。相変わらず馴れ馴れしい奴め。
乱暴にけいの手を振り払うと、弱い力のけいの手はすぐに離れた。握られてた場所が、ひんやりと空気に触れる。
「まさかりさん達ともケンカしたの?」
けいの不意打ちに、俺は目を見開いた。
「……何故分かる」
「あ、あってたんだ。だってねー、なんか背中が寂しそうだったから……」
「……」
そんなに……、分かりやすいのか俺は。
俺が怯んだすきに、再びけいが俺の腕にまとわりつく。
「どっちが悪いの?」
「……往生際が悪い向こう」
「タカが謝ったら? おうじょうぎわが悪いのはお互い様でしょ」
「はぁ?」
前から思っていたが、こいつが少しませているのはパワフルの影響か?
「それに大抵、タカが悪いことが多いしねー」
「何も事情を知らないお前が知ったような口を利くな」
俺はけいを睨み付けるが、俺の意に反してけいはにこりと笑った。
「でも大丈夫。タカが一人ならおれが味方になるよ」
「は?」
「おれが味方なら、タカも一人きりじゃなくなるし、心強いでしょー」
「お前みたいな子供に頼る気なんて毛頭ない」
「それに、おれがタカといたいんだー」
けいは俺の腕に顔を埋める。
「なんか、タカといると嫌なこと忘れられるっていうか。うー……ん、落ち着くっていうか、隣にいるのが自然みたいな……」
「意味不明だ」
「はーぁ。タカみたいなお兄ちゃんが欲しかったな」
「……」
俺はコイツに嫌われるような事しかしてない筈なんだが?
何故こんなに好かれてしまったんだろう……。




