52.最悪の事態
「は……?」
俺は、目に見えて動揺した。
今、コイツ何て言った? 電話先のこの男――谷田貝の言っている事の意味が、一瞬頭で理解できなかった。
ひかるを、誘拐した……!?
何故!?
「何が目的だ。金か?」
この俺の発言で、電話の向こうの声が聞こえない他3人は不安を隠せない。
「ふふ、動揺してるな。まぁ金っちゃ金だが少し訳が違う。ほらメモを用意しろ」
「……エリンギ、紙とペンをよこせ」
「わ、分かっタ」
エリンギがドタバタしている間、俺は電話から聞こえてくる音に耳を澄ませていた。
他の人間の声が聞こえてくるかと思ったが、らしき物音はしない。
ひかるは今、どういう環境にいるのか。
女だとバレてないといいが……。
「あーまず忠告しておく。警察に連絡したらこいつの命の保証はしない。まぁ、オレがお前らの弱みを握ってる限りは、どっちにしろ出来ねぇな」
「弱み?」
「そ。お前らがかの有名な、怪盗ダークってことよ」
「……!?」
あまりの衝撃に目眩がするようだった。
バレてるだと……!?
どこから情報が漏れた……? おまけに複数人数であることも知られている……?
「まぁ、要求はこうだ。お前らが怪盗をして、その盗んだ金で取引きをしようというわけだ。額は1億。ま、身代金にしては安いほうだな」
1億。
その金額の大きさに、俺は絶句した。
「……怪盗した金じゃないと駄目なのか? もうあんたは把握してるんだろうが、藤井ひかるがいなければダークは出来ない」
「怪盗した金じゃなきゃ受け取らねーよ。場所も指定する。国内最大級の宝石店・“イエロージュエリー”本店だ」
「イエロージュエリー……!?」
あそこは……。
「そう。お前もよく知ってるハズだ。
あそこは平野元の弟が経営する会社だ」
平野元は、野党第一党の党首だ。つまり、長井の一番の敵である。……実際国会事件で長井は、そのナンバー2を殺している。
その平野にダークが標的を変える、それがどういうことか――。
「今から2週間以内にダークをしろ。金と身柄の引き渡しのことは確認ができ次第、こっちから連絡する。ま、ニュース見りゃ一発で分かるもんなぁ」
俺は壁に掛かっているカレンダーを横目に見た。
2週間後……、25日か。
「イエロージュエリーの盗みなら、何をいくら盗んでも構わねぇ。
あー……ただし、1億以上な」
“イエロージュエリー”で盗みをするということは即ち、平野の敵に回るということを意味する。
長井の敵であり民衆の思想に近い平野の敵にまわることは、ダークから民衆の心が離れてしまう……、どころか。
『長井政権を潰せ』というコンドルも、余計に離れる……。
駄目だ。この盗みは俺たちに全くメリットがない。
それどころかマイナスだ。
……しかし谷田貝には何のメリットがあってこんなことを? 金が欲しいなら普通に身代金を要求すればいい。
……まさか。
「一つ聞いてもいいか」
「あぁ?」
「あんたは長井とグルなのか?」
平野を陥れて得をするのは奴しか考えられない。
谷田貝とはどんな繋がりかは分からないが、精々金で雇ったか……。
「フッ、鋭いなぁ。まぁそーゆーことでいいぜ」
……そう言うことなら必然的に、ダークの正体はもう長井にも知れている。
「……それから、藤井の無事を確認させろ」
「あぁそうだな。おい」
ガサゴソ向こうで音がしてから、しばらく沈黙になる。
躊躇ったように、向こうから口火を切った。
「……もしもし……」
「ひかる……!」
本当にひかるの声が聞こえて、安堵すると同時に失望した。
本当に……誘拐されたのか……。
長井や谷田貝が、ダークを手のひらで転がす為に。
「っ……、タカ……、ごめんなさい……っ」
ひかるの声は、震えていた。
俺は暫く押し黙っていた。
「こんな事になって……、本当に……っ」
「何が、ごめんなさいなんだ」
しかし俺の口から出たのは、想いとは裏腹の言葉だった。
「俺はもうお前の事、ダークに必要ないって言ったよな? 今のお前がダークのエサになり得ると思ったか?」
「っ……」
「俺を助ける為にダークに協力してるんだよな? 余計に足を引っ張ってどうする。お前を助ける為に谷田貝の要求を呑むことが、どれ程のリスクなのか分かるか?」
ひかるは言葉を失っていた。
我ながら、かなり意地悪な事を言っていると思う。コイツに怒ってる訳ではないのに。
しかしひかるに当たってしまうくらい、本当にむしゃくしゃしていた。
「谷田貝に伝えても良いんだぞ。
『無駄です、ダークはおれを助けません』と。『こんなの脅しにもなりません』、と」
「アッハッハッハ……」
谷田貝の笑い声がハッキリ聞こえた。
向こうはスピーカーモードで話してるのか。
「分かってるだろうな。コイツを見捨てれば、マジで殺すぞ」
「……」
「しかもこんなカワイイ子、ただ楽に殺してあげると思うなよぉ……? ククク……」
……外道め。最悪だ。
「ひかる。どちらにしろ、俺はお前がいないダークを成功させるつもりだった。ちょうど良い機会だ。そこで指を咥えて待っていろ。お前がいなくてもダークが出来ることを、証明してみせる」
「っ……」
「それと谷田貝。2週間後耳揃えて1億持っていく。それまでそいつに指一本でも触れてみろ、お前を俺が考え得る一番残忍な方法で殺してやる」
「おおーっ、怖。分かったよ、指一本触れねぇと約束しよう。オレは、約束は必ず守る男なんだぜぇ? ククク……」
……そんな言葉、信じられる訳がないが。
今は釘を刺しておくことしか出来ない。
「まー、そーゆーワケで精々2週間頑張るんだな。安心しろよ? 長井に丁重に扱うように言われてんだ。よっぽど逃げ出そうとしない限り傷はつけないからよ。じゃ、健闘を祈るぜ」
通話が雑に切られた。
俺は少しの間、放心した。
ひかるが……、誘拐された……?
まさか、このタイミングで……。ダークから遠ざけるためにあいつをここから追い出そうとした、それが仇になった……?
俺は……、あいつを守ろうとしたのに……っ。
そしてそれから、たくさんの“何故?”が後から後から溢れだす。
そしてそれが怒りに変わっていった。
……何故、ダークのことが知られてるんだ。
「タカ、電話終わったのか?」
「ひかるハ……?」
「……」
一瞬、言うのを躊躇う。
「……誘拐された」
「……エ」
息の詰まるような沈黙が流れる。
また揉める。今揉めたらダークどころじゃ……。
しかし……、我慢ならない。
「そんな、まさか」
「何デ……? どうしてひかるガ……」
「おい高英!」
まさかりさんが予想通り、俺に物凄い形相で迫る。
怒りで顔を真っ赤にさせて。
「お前のせいだぞ! どう責任取るんだよ!? お前が出ていけなんて言ったから――っ」
「そう言う前に俺の言い分を聞け」
「あ゛ぁっ!?」
「こら、やめんさい」
今にも掴み掛かろうとしたまさかりさんを、エリンギとじーさんが止めに入る。
「ダークのことがバレていた……! ダークが5人で、俺たちだと言うこともな!」
「……!?」
「奴はダークを我がものにするためにひかるを誘拐したんだ! 一体誰だ!? ダークの情報を漏らした奴はッ!」




