48.ようこそさくら号へ
2073年2月
(さくら号入居2週間前)
俺は1人、東京にいた。
親父が手紙に記した人物に、会いに行くためだった。
しかし向かっている途中、俺はどうやってこの手紙を渡そうか悩んでいた。
親父は住所だけで名前は記してくれなかった。
俺が知っている人物か分からない。……それよりも、親父とその人がどんな関係なのかも――。
ストレートに、『糸原高成からの手紙です』と言うのか? いやまず、『糸原高成をご存じですか』と尋ねるべき……?
駄目だ。あの事件を知る人ならば大抵は親父の名を知っている。
親父の言うことは信じたいが、果たしてそいつが信用に値する人物なのかが分からないと、大事な手紙は渡せない。
そうこう考えてる内に、俺は住所に辿り着いてしまった。
一見、ごく普通の一軒家だ。
“遠藤”と書かれた表札に、俺は全く覚えがない。
インターホンを押すのにも躊躇する。
相手が出たら、第一声は……。
「あの~……」
「!」
背後から声がして振り返ると、ランドセルを背負った小学生が不思議そうにこっちを見ていた。
後に知る、けいだ。
「お母さんのお客さんですか?」
「……」
お母さん?
……あぁ、こいつはこの家の子なんだ。にしても、問われたのは『お父さんの』ではなかったことに不思議に感じた。
ノーと言うべきではない気がしたので、俺は頷いた。
「ホント!? ちょっと待ってて!」
と、けいは携帯を取り出して、誰かに電話をかけ始める。
こいつの目が一瞬輝いた気がしたのは、気のせいだろうか……。
「あ、お母さん! あのねー、お客さん来てるよー。……うん。……うんわかったー。じゃあ行くねー。ばいばーい」
通話を切ると、キラキラした目でけいは俺を見た。
「じゃあ着いて来てお兄さん」
「っ!」
と、けいは俺の腕を掴んで軽快に歩き出した。
「おい、どこ行くんだ?」
「え? お母さん事務所にいるから」
「事務所?」
仕事中か。
「いや、仕事中なら待っても……」
「え? 今じゃなきゃ駄目だよー?」
「はぁ?」
何だか腑に落ちないまま、俺はけいに引っ張られて行った。
けいの言う事務所は、家のすぐ裏にあった。
不動産事務所だった。
まさか、こいつ俺のことを……。
けいは俺の腕を持ったまま、小さな建物に入る。
「お母さーん、連れて来たー!」
「いらっしゃーい」
向こうからニコニコしながら女性が出て来る。
この人が、親父の知り合いなのか……?
「今の時期アポなしで来るとは珍しいわね。さ、座って」
「いや、話は――」
「早く早く。あまり1人に時間かけてられないの」
女性――パワフルに促され、俺は椅子に強引に座らされる。
「4月から大学生?」
「は?」
「うちはシェアハウスしか扱ってないけど、それを承知で来てるわよね」
何だ? シェアハウス?
完全に賃貸契約をしに来た客と勘違いされている。
と、いつの間にか俺の前に並べられる物件資料。
「いや、俺は家を買いに来たんじゃ……」
「当たり前じゃない。私が貴方に家を貸すのよ」
「いや、そうじゃなく……」
「新大生にはここはどう? 勉強が集中出来るように個室がついてるし――」
この女、俺の話を聞こうともしない。
このままでは無理矢理に話が進められてしまう。
いや、しかし……。
この女のことを知るには、しばらくこいつの近くに暮らしてみるとか……。もしかしたら親父との関係が分かるかもしれない。
それ以前に、親父が手紙を渡したいのが本当にこの女なのかは定かではないが。
……それくらい、慎重にあの手紙を渡したいのだ。
しかし、シェアハウスか……。
今まで住んでたあの家は、1人で住むには広すぎて、暗くて静かで逆に息が詰まる。
しかもここは、国会が、長井がいる東京。黒幕――コンドルがいる可能性もある。
早々にあの家を出て行きたい。それにはこの女の所有する住居が一番だとは思うが……。
「……シェアハウスしかないのか?」
「ウチはね、シェアハウス専門でやってるの。
それが目当てでウチに来たんじゃないの?」
俺が他人と寝食を共にする?
考えられない。不可能だ。
「……分かった。なるべく人口密度が低いところね。
一番おすすめの場所は、ここの住居。8人の定員だけど今の所3人。
貴方に害を与えるような人達ではないと思うわ。内1人は貴方の2つ上。留学生だけど」
『大切な人を作ることに恐れず、明るく生きろ』
手紙の親父の言葉が頭をよぎった。
親父は俺のことを全て見抜いていたんだと、思った。
「……他の2人は」
「社会人とおじいさんね。部屋はそこまで汚くならないわ。私が掃除に来るし。ここからも近いし。社会人の人が煙草を吸うけど、外で吸うし。あと――」
「そこでいい」
「……あらっ、じゃあこれにサインして。見学というか、挨拶も行けるけど――」
「結構、面倒だ」
……しかし、俺は他人に心を開くことは出来ない。
他人は関係ない。俺は自分の目的のためだけにさくら号に暮らす。
契約書には迷った末、本名を書いて親父との関係がいきなり知れるのは気が引けたので、その場で偽名を考えた。
母さんの旧姓と、俺の好きな言葉“俊英”から取って“木谷高英”という偽名を考えて調印する。
身分証は後程偽装したものを送った。
そのまま3月に挨拶もせず引っ越して、今に至る。
_____________
2073年3月
タカがさくら号に入居して間もない日
ひかるはタカには秘密で、優輝にさくら号の住所を教えてもらっていた。
親とは、突然転校して上京する事に猛反対されたが、それを押し切って無理矢理喧嘩別れする形で東京に来た。
美容師の姉に髪を男子風にバッサリ切ってもらい、男物の服を着て、パワフルの不動産事務所を訪れた。
「……さくら号に住みたい? ダメよ、あそこは男しか住めないから」
パワフルには、一発でバレた。
「何でさくら号に住みたいの?」
「いや、その……」
ひかるがモジモジしていると、パワフルは察して笑った。
「成程、タカくんね」
「いや!? 何も言ってないんですけど……?」
「消去法で分かったわ。彼、確かにイケメンよね……。無口だけど知的な空気は感じる。まだここに来て数日だから、私は彼がどんな人かよく分かってないけど。でも流石に男装してまで追いかけるのはやり過ぎじゃない?」
「そうなんですけど……、でも、どうしても……。彼を、助けたくて」
ひかるが決心した顔で強く言うと、パワフルは少し驚いて、鼻から息を吐いた。
「……まあ、タカくんの事は分からないけど。他の同居人3人は、少なくともあなたが女の子だとバレたとしても、何かしようだとか考える人達ではないと思うわ」
「……」
「でも何かあっても、私は責任取れないわよ」
「……はい……」
「今から、見学を兼ねて挨拶に行きましょう。どんな人が住んでいるか見てから、決めた方がいいと思うわ。ただしあなたが女の子という事は秘密よ」
パワフルが立ち上がったのに、ひかるも続いた。
_______________
さくら号の先住者は、
茶髪で癖毛の20代後半の男性、
金髪碧眼白人の大学生、
白髪混じりの清潔感ある老人の3人。
さくら号に着いて、パワフルから紹介された3人は、ひかるを見て少し驚いた顔をした。
「ほぉ……キミが、ここに住むのかい……?」
「あ、まだ、見学なんですけど……」
「……パワフルも物好きだよなぁ」
「何か言ったかしら? 総志くん。家賃滞納してるアナタに何か言う権利はないけど」
「何も言ってません」
ひかるがキョロキョロしているのを見て、パワフルが尋ねる。
「タカくんは?」
「出かけてまス。基本日中は図書館に篭ってるみたいデ、夕方まで帰ってきませン」
「そう……、残念ね。本当にあの子は何でシェアハウスを選んだのかしら……」
タカの不在に、ひかるはちょっと残念に思った。
まあ、緊張とバレないか不安で、たぶん目も合わせられなかっただろうけど……。
「アイツはどーでもいいよ。どうせオレらとつるまないから。それより……ひかるって言ったか?」
「あ、はい」
まさかりさんは、ひかるの肩を掴んで言った。
「この後暇か? オレたちの事を知るなら、メシ行くのが一番早いぜ」
「……! はい!」
「お前ら! 居酒屋行くぜ!!」
「お酒はダメよ、ひかるくんは高校生なの」
「……じゃ、焼肉行くぞ!」
「いいのぅ、行こう行こう」
「まさかりさんの奢りだよネ?」
「バーカ、お前が奢れよ御曹司」
結局この日ひかるはタカに会えなかったが。
この3人の和気藹々とした空気感が凄く好きで、さくら号の入居を決めた。




