47.死んでる場合じゃない
「高俊!」
中央公園で優輝は俺を見つけるなり、自転車を放り出して俺の名を呼ぶ。
「電話でねーから……、てっきりもう死んじまったかと……」
「違う、優輝」
優輝のほっとした顔が、一瞬で崩れた。
「これから死にに行くんだ」
優輝は息を呑んだ。額の汗が静かに流れる。
「何言ってんだよ」
「俺は本気だ。さっきも藤原光里の邪魔がなければとうに死んでいた」
「……」
優輝は未だに息切れが止まらない。
拳を強く握った。
「……止めてほしいんだろ? わざわざお前がここで待ってたってことは、そういうことだ」
優輝は俺の意図を即座に察した。
流石は、俺の親友。
「優輝。お前に俺の何が分かる?」
「は……?」
「親父が死んで悲しかったのは同じだ。でも家族と他人じゃ、やっぱり存在の価値が違う」
「何が言いたいんだよ」
「俺にとって親父は、俺という存在の大部分だった。でもお前にとっては……、親父の死も俺の苦しむ姿も、所詮、家族じゃない他人事だ」
「……」
優輝は反論するどころか、頷きもせずに黙って俺の目を見ている。
「お前に俺の気持ちを共感してもらおうとは思わない。……というより、無理だ」
「……」
「誰も俺の気持ちを理解出来ない。でもこの先全てを敵にまわしたって、俺1人じゃ生きていけないのは分かる。……だから、それでも一番の理解者であるお前に教えて欲しい」
「……」
「俺が納得出来る言い分で、俺を止めて欲しい。お前が傷つかない為にも」
「……」
優輝は、俺を睨みつけた。
怒っている。
「お前さ、どれだけオレに酷なこと言ってるか分かってるか?」
優輝は沈黙の後、感情を押し込めて言った。
「これでオレがお前を止めれなかったら、その後悔で……、またオレがお前みたいになるぞ」
「分かってる」
「自分が死んでオレが傷つく責任を、お前はオレに擦り付けたいだけ。ホント最悪だわ、高俊」
「俺はお前を信頼してるから言ってるんだ」
「……本当だか」
優輝は真剣に考えた素振りを見せた後、俺にもう一歩近付いた。
「要するに、お前を死なせないようにしてやればいいんだ」
「……?」
優輝は俺の肩を片手でそっと掴んだ。
「ちょうどいいや。今めちゃくちゃお前にムカついてるし」
「優輝?」
「覚悟しろや」
バキッ
優輝は加減なく、俺の頬を殴った。
何が起こったのか分からぬまま、俺は仰向けに倒れた。電撃が走ったような鋭い痛み。
「ゆう……ッ」
倒れたところにまたがられて、また二三発殴られる。腹にも一発。終いに腕を捻られる。
加減はない。殺そうとする勢いだ。
「ゲホッ、おいッ、お前何を!?」
「お前の手足バキバキに折ってやるよ! そしたら自分じゃ死ねないだろ!」
「馬鹿……! 痛……っ」
優輝は腕を捻る力を強めた。
俺はとっさにもう一方の手で優輝を突き放そうとする。
「い……ッ! ゆうっ、優輝! 離せ!」
「こんな自分を傷める腕なんて折れちまえ!!」
「 優輝ッ! いッ……! やめろおぉぉおッ!!」
ふっと、優輝の力が弱まった。
俺の服に、優輝の涙が零れる。
「死ぬ時の痛みはこんなもんじゃねぇよ? 自分自身も……周りも」
「……」
「お前さ、馬鹿だな。オレはお前より文章力ないし、そんな無理強いをオレにするのは間違ってる」
雪がちらついてきた。
優輝は俺から離れたが、俺は体を起こせなかった。
頬やら腕やら至る所がズキズキと痛み、口の中に血の味が滲む。
「お前の言ってることは正しいよ。いくら親友と言えども、お前の気持ちなんて全部理解しきれねぇし。だから……、殴ってでも止めるしかないだろ!? 他に方法があったなら教えてくれ!」
俺は優輝を見上げる格好で、言い分を聞いた。
十分、今日のところは死ぬ気が失せた。
「……何でお前が泣いてるんだよ」
俺は疲れた様に唇だけで笑った。
「親父にも殴られたことがないのに」
「ふっ……、何だっけそのセリフ」
優輝も涙を流しながら笑った。
俺は大の字になって、雪が降り注ぐ真っ黒な空を仰いだ。
……痛いな。全身が。
しかし、優輝の言う通りだ。
俺が死んだら、痛いのは俺だけじゃない。
止められなかった優輝も……、俺のために死んだ親父も報われない。
「なぁ高俊。違ったら悪いけど……」
「ん……」
「オレさ、高成さんがお前に何も残してないとはどうしても思えない」
「……何を?」
「いや、メモとか手紙とか……、お前宛の謝罪の文書とか」
「……」
確かに。考えてもなかったし、探しもしなかった。
しかし親父は何も言い残さなかった。
「高成さんの言葉でもしかしたらお前、生きる気力を貰えたりして」
「……」
「何かヒントとか言い残さなかったのか? 絶対、どこかにあると思うぜオレは」
優輝は確証を持って俺を問い詰めた。
「ヒント……?」
あの日、特別なことがあったとすれば。
『お前と母さんを繋いでた、目に見える絆』
――へその緒……?
「あ……っ」
「あっ、て分かったのか!?」
俺はふらりとよろめきながらも立ち上がった。
そして優輝の言葉に返答せず、俺は走り出した。
「おい高俊!?」
「優輝、チャリ貸せ! お前歩いて家まで来い!」
「あ、おいっ!」
言い終わる前に、俺は優輝が乗って来た自転車に飛び乗り、ペダルを踏む。
「……はは、ほんとジコチューな奴」
優輝はホッとしたような顔で、俺の背中を見送った。
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殴られた痛みはもう忘れた。
俺は全速力でペダルを踏み、帰路を急いだ。
その間、ずっと頭の中であの日の朝の情景が回想された。
突然渡されたへその緒。あれが親父が残したはずのメッセージの手掛かりに違いない。
真冬なのにダラダラに汗をかいて家の中に転がり込む。
へその緒の入った小箱は、俺の勉強机の上に置いてある。俺はその小さな箱にヒントがないか見渡した。底面に敷いてあるコットンも、丁寧に取り除いて。
……しかし、それらしき物は見つからない。
落胆した部屋に、時計の秒針と俺の呼吸の音だけが木霊する。
……考えろ。俺ならどうする?
そもそもこんな小さな物にメッセージを残すなんてことが間違いだ。
もしかして、この小箱自体がヒントではなく……。
「……!」
俺は2階に駈け上がった。
物置の奥の箪笥、親父はわざわざ俺に見せる様にこの小箱を取り出した。
「あ……っ、た」
箪笥には、白と茶の封筒が入っていた。
茶色の方は、封筒に直接『高俊へ』と書かれていた。
白い方は、『こっちは絶対開けるな』と付せんが付けられている。
俺は迷わず茶色の封筒の中身を取り出した。
便せんには、懐かしい親父の字がびっしりと埋められている。
俺はそれを、ゆっくりと大切に読み始める。
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高俊へ
これがお前の目に触れるのは、いつになるかな。
明日かも知れないし、一年後かも知れないな。
とにかく、今お前にこの手紙が手に渡ってよかった。
一応、先日にしとくな。
先日は身勝手な事件を起こしてごめん。
謝って済む問題じゃないけど、ごめん。
俺がやったこと、意味分かんないだろうな。
人を傷つけてはいけませんって、小さい頃からお前に叩き込んできたのに、その親父が破るなんて最悪だよな。
本当ならお前にはこのこと、ちゃんと説明しないといけないんだろうけど。
でも、本当に申し訳ない。言えない。
お前の人生をぐちゃぐちゃにしたかった訳じゃない。
お前と一緒にジョギングしたこと、フェアリーランドに行く夢を語ったこと、寿司やお好み焼きやラーメン食いに行ったこと、その他たくさん……。
一瞬たりとも忘れたことがない。本当だ。
お前が俺のことを嫌いになっても、世界が俺とお前を敵にまわしたとしても。
これだけは覚えておいて欲しい。
お前は愛されてたよ?
少なくとも、親父には。
今お前がこの手紙を読んでる時、俺は生きてるか死んでるかも分からない。
だから大事なこと、お前に託そうと思う。
もし、生きる希望を失くしたら。
死にたくなったら。
幸せそうな奴が憎くなったら。
もう1つの封筒を持って、別紙に書いてある住所の人へ、会いに行きなさい。
その人が封筒を読んでくれれば、きっとお前に希望をくれる。
俺の嘘を、本当のことを教えてくれる。
ただし、今もう1つの封筒は開くなよ。
本当のことが分かった時には、また俺はお前に謝らなければならないな。
ごめん、本当にごめんな高俊。
お前はもう、親父がいなくても大丈夫だ。
だけど俺の存在は一生お前の後を着いてまわるだろう。
でもどうか、前向きに生きて行って欲しい。
大切な人を作ることに恐れず、明るく生きてくれ。
俺の願いは唯一つ。
どうか幸せになってください。
親父より
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別紙には、東京都の住所が記してあった。
後に知る、パワフルの家の住所だ。
ポタリ、ポタリと雫が溢れた。
「あぁ……っ、あぁぁぁーーーッ!!」
俺は手紙を抱いて、事件後初めて泣き崩れた。
これまでの苦しみを吐き出す様に、大声で慟哭した。
一体何度、『ごめん』と書いてあった?
俺はもう親父が何一つ悪くない事を知っているのに。
何故、どうして優しい親父が死ななければならなかった!?
許さない。
長井もコンドルも、それに加担し隠蔽した奴全員絶対許さない。
死んでる場合じゃない。
親父の無念を晴らすことが出来るのは、俺しかいない。
ひとしきり泣いた後、俺は袖で涙を拭いて強く立ち上がった。
――これが最後の涙だ。
何年かかっても、どんな手を使ってでも、絶対にやり遂げてみせる。
俺が絶対に、長井とコンドルを捕まえて、“12月の国会事件”の真相を白日の元に晒す。




