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45.ひかるの夢

 


 2073年12月3日(現在)

 深夜3時半


 飲みかけの冷めたココアが、時の経った長さを物語っている。


 俺は包み隠さず、ひかるに事件の真相とその後の事を打ち明けた。

 ひかるは相槌も忘れて、真剣に聞き入った。

 しかし時折泣きそうな、辛そうな表情をしていた。


「事件から数日経っても、まだ肝心な事がわからなかった。……親父の動機だ。そもそも何故、長井を殺そうと思ったのか。

 親父とは政治の話なんて殆どした事がなかったし、寧ろ興味無さそうだった。長井に対する怨恨なんて俺には本当に心当たりがなくて、途方に暮れていた……。だが、それは唐突に分かった」


 俺は、一通の封書を机に置いた。


「事件から一週間経った後、これが届いた。“コンドル”と名乗る人物からだ」

「……コンドル? 鳥の?」

「恐らく」


 切手の消印は72年12月10日で、宛名は糸原高俊様とあるが、差出人の名はない。


「開くよ」


 俺が頷いたのを見ると、ひかるは静かに封筒を開けた。入っていたのは便箋だけじゃなかった。


「な……、なにこれ……?」


 同封されていたのは制服の俺が写っている写真が5枚。ただしカメラ目線は一つもなく、いかにも盗撮したという写真だ。


 そして、ひかるは同封されている便箋を開く。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 糸原高俊


 お前の行動はワタシには手にとるように分かっている


 今すぐ以下のIDでログインし、メールボックスを開け


 同封した写真の意味が理解出来るなら、ワタシの命令には逆らえないはずだ


 ――CONDOR――



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 別紙に、コンドルが指示するサイト・ID・パスワードが記されていた。


「このアドレスは、既に親父とコンドルがやり取りしていたものだった」

「え……」

「だから、当時のやり取りの内容を見る事が出来た。そうして俺は、親父が犯行に及んだ理由を知った」


 俺はひかるに、その画面を見せた。

 毎日、親父宛に一日一通メールがコンドルから来ていた。そのメールは全て文章は無く、ただ一枚の写真が添付されている。

 全部、俺の写真だ。


「何コレ……」

「コンドルは毎日毎日俺を盗撮し、親父に写真を送り続けた。これの意味が分かるか」

「っ……」

「逆らえば、俺を殺すと言うことだ。俺は知らぬ間に、コンドルの人質になっていた。そしてコンドルの要求は金ではなく、国会に侵入し親父に長井を殺させる事だった」


 俺は奥歯を強く噛んだ。

 ひかるは口を手で覆って、震える声で言った。


「じゃあ、お父さんが事件を起こした理由は……」

「……俺を、守る為だ」


 ひかるの目からまた、静かに涙が溢れた。

 とめどなく流れるので、タオルで顔を隠す。


「そんな……っ、酷い。あんまりだよ……」


 ひかるのメンタルも大分限界に近そうだったので、一度休憩を挟もうかと提案しようとしたが……。


「ごめん、続けて……」

「……。メールボックスには俺宛の新規メールが来ていて、映像が添付されていた。……お前が先程見たあの、国会事件の映像だ」

「それで、タカもデータを持ってたんだ」

「メールは簡潔に言えばこう書かれていた。

『糸原高成を操り、この事件を起こさせたのは自分だ』そしてもう一つ。『長井政権を潰せ。そうすれば自分はお前の前に姿を現す』とも。

 遠回しに、長井を殺せと言っているようなものだ」

「……でも、お父さんの二の舞にはなれない」

「何より俺は殺しはしたくない。いくら長井でも。あんな極限の状態でも、親父は良心の呵責に苛まれて引き金を引かなかった。……俺は、その親父の意思を尊重したい」

「それで、ダーク……?」

「あぁ。だから俺が成し得たいことは2つ。

『長井政権を潰す事』かつ、『国会事件の真相を白日の元に晒し、長井・コンドル両名の悪事を暴き、親父の潔白を証明すること』だ」


 ひかるは深く頷いた。


「どちらも成就させる手っ取り早い方法は一つ。この国会中継の映像を、世間に拡散する事だ。

 ……だが普通に一個人の俺がネット上にいくらばら撒いた所で、すぐに踏み潰されて消される事は目に見えている。

 俺はこの一撃必殺の動画を、如何にして世間の大勢の目に一瞬で触れさせるか考えた。……途方もない注目と、この動画は真実であると言う信頼を集めるんだ」


 ひかるは、そこまで聞いてハッとした。


「タカがダークでやりたい事は、日本中の注目と信頼を集める事……!」

「いや、日本だけじゃダメだ。国内だと長井の手が及ぶ。『あんな動画は嘘です』とか『拡散すれば罰します』とか脅し文句を付けられて、尻切れ蜻蛉になるのが目に見える。

 だからダークが味方につけるのは、世界だ」

「世界……!」

「世界中がざわめけば、あの動画がフェイク動画じゃない事を証明する人が必ず現れるだろうし、隠蔽に加担していた警察も動かざるを得ない。

 そして怪盗ならでは、予告状を出している事もここで活きてくる。事前に何かしらの動画を流すことを“盗み”に変換して、告知できるからな。そうしてダークの言うことを信じ、リアルタイムでその盗みを見たい世界中の野次馬が集まってくれる。

 そこであの映像を流し、世界数千万人の前で長井の社会的息の根を止める」

「なるほど……! すごい……!」

「だが過去2回のダークの反響を見る限り、まだ世界の反応はそこまで大きくない……。この作戦は一撃必殺、一発で決めなければいけない。だから、中途半端な客寄せじゃダメだ。あと一回、今までよりももっと大きな盗みをする。

 その為にはまた、お前の力が必要だ。ひかる」


 俺は、まだ赤いひかるの目を真っ直ぐ見た。


「協力してくれ。俺のために」


 ひかるは泣きながら、笑っていた。


「……何だよ。そこは即答で『分かった』だろ」

「いや、ごめん……。ちょっと、嬉しくて」

「嬉しい?」

「あ、や、事件の事やタカの境遇は凄く悲しいんだけどね……。おれに全部打ち明けてくれた事が、本当に本当に嬉しい……」

「……何故?」

「え?」

「何で俺が打ち明けた事が、泣くほど嬉しい……?」


 コイツにとっては今の話は、想像を絶する重い話だった筈で、重荷に感じる程だと思ったのだが。

 ひかるは、微笑んだ。


「おれの夢はね、タカの笑顔を見ることだから」

「は……?」


 ひかるの、夢……?


「だからタカの事知れて、やっと助けになれそうな気がする。それがね、本当に嬉しいの。おれはタカが幸せになれる事なら、何でも協力するから。これからも、色々話してね」


 俺は、言葉を失くした。


 優輝を巻き込む事も出来ず、俺はここまでずっと一人で闘ってきた。

 ダークは複数人で組んでやってるとはいえ、最終的には一人の闘いだと思っていた。


 だけど、こんなにここまで誰かから「助けになりたい」と言われた事があっただろうか。


『タカの笑顔を見ること』が夢って……。


「っ……」


 ひかるから慌てて目を逸らした。

 鼻の奥がツンと痛むような感覚がして、俺は慌てて立ち上がった。


「トイレ行ってくる」


 感情が溢れかけて、逃げた。







_______________








 その後少し寝て俺の家の掃除を終え、昼前ひかるを連れて親父の墓参りに行く。

 墓参りには、優輝も付き添った。


 俺は優輝に、親父と国会事件のことをひかるに全て明かしたことを言った。

 ただしダークの事は優輝には秘密だ。


 優輝はひかるに良かったなと言い、頭を撫でた。

 ……それを見て、馴れ馴れしい奴だとちょっとイラっとした。


 俺たちは、その日の夕方の飛行機で東京に帰った。



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