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43.二度と帰って来なかった

 


「おい高俊、何だよ1位って。おかしいだろ」


 2072年11月下旬。

 全国模試で1位を取った俺に対して、親父は苦言を呈した。


「何がおかしいんだ、そこは褒めるところだろ」

「俺の息子がこんなに頭良いはずがない」

「……だよな」

「だよな、じゃねーよ!」


 親父は何だか嬉しそうに、笑いながら俺の頭を叩いた。

 俺もやっと1位を取れた事が嬉しくて、笑った。


「でも俺は、母さんの息子でもある」

「そう。木谷の方のじーちゃんは医者だし、明香音の妹も結構ハキハキしてる人で切れ者だ。お前はそっちの血筋から恩恵を貰ったのかもなあ……」


 木谷は、母さんの旧姓だ。

 しかし俺は今親父が名を出した祖父や、母さんの妹――叔母には会った事がない。


「何で木谷の方とは疎遠なんだ?」

「いや、それは……。まあ、過去に色々と……」


 親父は言葉を濁した。

 まあ俺にとっては会った事もない親族なんて正直どうでも良かったから、それ以上聞かなかった。


「それより高俊、1位取った記念にフェアリーランド行かね?」

「は? いつ?」

「……来週どう?」

「はぁ!? 俺は受験生だぞ、今行く訳ないだろ!」

「……だよな」


 また、いつもの冗談かと思った。

 しかしその時の親父の表情は、何だかいつもより、沈んだように見えた。


「……そんなに行きたかったのか?」

「いやいや、ジョーダンに決まってるだろ? 受験生は勉強しろ!」

「受験終わったら、行ってもいいぞ」


 親父は、笑顔を作った。


「おう」


 ――どうして俺は、この頃の親父の異変に気づかなかったんだ。






___________






 2072年12月3日


 いつもと変わらない、穏やかな朝だった。

 少し違ったといえば、昨日親父がかなり高級な焼き肉を食わせてくれたお陰で、少し胃が痛かったことか。


 親父は東京出張に行く支度をしていた。親父が東京に出張に行く事自体は珍しくはない。

 ただいつもと違ったのは、毎朝慌ただしく荷物を詰めていた親父が、今日は事前に準備を終わらせていた事だ。


 珍しく、親父とゆっくり朝食を食べた。

 そして学校に行く支度をしていた俺を、親父は呼び止めた。


「高俊。俺先に出るけど、その前に渡したいものがあるんだ。ちょっと来てくれ」


 親父に連れられたのは、2階の物置。

 ……俺の弟の部屋になる筈だった、空き部屋だ。そこの棚の上段を開け、親父は手のひらサイズの小さな木箱を俺に渡した。

 箱には何故か、俺の名前が書いてある。


「開けてみろ」


 何だ? こんな朝っぱらから。

 訝しげに開けると、中に入っていたのはミミズが干からびたような、気色悪い物体だった。


「何だコレ……」

「あっはっはっは!」

「おい、こんな朝から悪戯か!? 悪趣味だな!」

「それ、お前のへその緒」

「は!?」


 初めて見た。こんなにカラカラに小さく縮むのか……。


「お前と母さんを繋いでた、目に見える絆。お前にやる」

「……何で今?」

「いや、ふと思い出して。ホラ、明香音に挨拶していくぞ」


 そう言って親父は仏間に行き、仏壇の母さんに手を合わせて立ち上がった。

 親父は少し俯いて、俺と目を合わせなかった。

 そして親父は玄関で靴を履くと、見送っていた俺の頭を突然わしゃわしゃと撫でた。


「おい! 髪セットしてたのに!」

「高俊、元気でな」


 ……元気でな?

 まあ、今回の出張はいつ帰るか分からないくらい長くなるらしいから……。


「親父も……仕事、頑張れ」

「おう。じゃあ」


 親父は、最大級の笑顔を作って言った。


「行ってくるっ!」


 そうして、普通に玄関を出ていった。


 ――二度と、帰って来なかった。






_______________







 2072年12月3日

 午後5時過ぎ


 学校でも、朝の親父の言動が少し気になっていた。

 特に、へその緒。何であのタイミングであんな物を渡したのか。訳がわからない。帰って来たら聞いてやろうと思っていた。


 そして俺は家に帰り、玄関扉を開けようとした。

 扉に、一枚の紙が折り畳まれて貼ってある。怪訝に思いながらもそれを剥がし、紙を開いた。


『国会中継を見ろ』


 ただ、その一文のみ。

 俺は訝しげに思いながらも、部屋に入ってテレビを付けた。


 中継では、野党ナンバー2の天谷が長井を強く批判する内容を発していた。

 衆議院議員の顔と名前は半数は一致している。


 俺は、長井の政治は嫌いだった。国民を思いやる政策に見せかけて、典型的な弱肉強食思想なのが見え見えだからだ。

 だから天谷の言っている事は、俺にとっても至極真っ当な事に感じられた。


 その時悲鳴が響き渡る。

 一人の男が議場内に大股で侵入して来たのだ。銃を持っている。

 その男から逃げ惑う議員たちで、議場内はパニックに陥る。


 俺は少し興奮していた。

 国会が、今この瞬間占拠された……! こんな大事件を、まさかリアルタイムで見る事が出来るとは。

 人を殺すという手段はいただけないが、正直『何か変えてくれ』とこの男に期待までしてしまった。


 しかし次の瞬間、その興奮は一気に引いた。


「長井! 長井はどこだ!!」


 俺が、聞き間違える筈がなかった。


 親父の声だ。


 一気に血の気が引いた。

 何故、どうして、あの親父が!?

 現実とは思えない状況に、頭が真っ白になった。


 そこからは、まるで映画を見ているようだった。

 親父が天谷に銃を向けた瞬間、親父の背後の長井が天谷を撃ち殺した。

 それに気づいた親父が振り向いた瞬間、長井と銃口を向け合った。しかし一瞬、親父は躊躇ったのか撃たなかった。

 その隙をついて、長井は親父に向けて3発光線を放った。


 親父は何も言わずに倒れた。


 俺は瞬き一つできず、倒れた親父を見ていた。


 何が起こったのか、あまりに一瞬すぎて脳内で処理できなかった。


 そうしてピクリとも動かなくなった親父を見て、一つだけ唐突に理解した。


 親父が、死んだ。


「う……ッ」


 激しい動悸と強烈な目眩と吐き気が襲って来て、俺はその場に倒れ込んだ。


 目の前が真っ暗になった。







______________








 ピンポーン


「高俊! 開けろ高俊!」


 ピンポーン

 ピンポーン


「おい高俊! オレだよ優輝だ!」


 ……マナーモードに設定している俺の携帯は、もう何度も点滅を繰り返している。

 事件からおよそ5時間後の22時、優輝は俺の家へ駆け付けた。


 やがて優輝は、俺の家の玄関に鍵がかかっていないことに気付く。

 優輝は小走りで、俺の部屋に辿り着いた。電気もつけていない部屋の隅で、布団にくるまっている俺を見つける。


 俺はテレビも携帯も一切遮断して、暗闇の中でただ呆然としていた。

 現実から目を背ける為に。


「……高俊」

「……」

「高俊! おい高俊!」


 優輝は何度も俺の肩を揺すったが、俺は屍のように反応しなかった。

 優輝はその俺の姿を見て、崩れ落ちた。


「あぁっ、あぁぁ――っ!!」


 力なくひざまずいて、泣き崩れた。

 その声を聞いて、俺は少しずつ現実に引き戻された。


 俺は優輝から顔を背けた。

 やめろ。このまま、何も無かったことにしてくれ。

 夢が覚めるのを、待っていたのに。

 お前がこんなに泣いてるのを見たら、また現実に向き合わないといけなくなる。


「……帰れ」

「っふ、うぅ――っ」

「泣きに来たんだったら帰れ!!」


 優輝は咄嗟に立ち上がって、持っていたビニール袋で俺を全力で殴り付けた。

 何か柔らかいものが入っていた。


「食え、そんでお前の知ってること全部教えろ」


 優輝はぐちゃぐちゃになった顔を、袖で無茶苦茶に拭いた。


「オレだって、高成さんがやったことが信じられないんだよ! オレも辛い!」


 俺は唇を噛んで、俯いた。


 ビニール袋の中には中華まんが3つ入っていた。

 一口噛んだが、強烈な吐き気がまた襲って、それ以上食えなかった。

 水だけは何とか飲めた。


「ニュースは……。事件の事は、何て報道されている……?」


 俺は優輝に聞いた。自分の目で見る気になれなかった。優輝は震える声でゆっくりと答えた。


「高成さんは……、天谷って議員を殺して現行犯逮捕された。ほぼ有罪確定だから、害刑制度が適応されて、長井が刑罰を決めるだろうって……」

「……ちょっと待て、何を言ってる?」

「え?」

「天谷を殺した……? 現行犯逮捕……? 長井が、親父も天谷も殺したんだぞ……?」

「え……? でも、ほらニュースではそう言ってる……」


 優輝は自分の携帯を俺に差し出した。

 俺は震える手で受け取り、ニュース記事を読んだ。

 優輝の言った通りの、報道だった。


 ……そんな、馬鹿な。

 俺が見たのは、幻覚だったのか?

 違う。

 相手は、国のトップ。最高権力者。


「隠蔽、された……?」


 愕然とした。

 親父が国会に乗り込み、長井を殺そうとした動機は分からない。

 しかし、あの映像を見た限り、親父は長井を撃つことを一瞬躊躇した。寸前で踏み止まった。

 ……なのに。長井の都合の良いように、“殺人犯”にされた。


「いやでも、高俊の言う事が本当なら、他にも中継を見ている人がいるはずだろ? それにネットに映像が流れてても良いはずなのに……」


 優輝の言う通りだった。

 しかしネット上探してもそのような動画は見つからない。……徹底的に動画を見つけ出し削除しているとしか思えなかった。運営側の検知システムを使えば可能な筈だ。

 そもそも国会中継なんて見ていた人も少数派だろう。幾ら真相を知っている数人が騒いでも、象が蟻を踏み潰す感覚でその声は消されるだろう。


 俺一人が騒ぎ立てても、無駄だと言う事だ。

 真相を知っていても、何もできない。


 そしてこの3日後、失意の底にいた俺に、更に追い打ちをかける出来事が起こる。



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