33. 2nd DARK inside ⑤
青山や警官たちが、ひかるの前に姿を現した。
青山は、ひかるが待っていたことにびっくりした様だ。そうしてその後に、ニヤリと笑って言う。
「ダーク。油断大敵だぞ。もしかしたら、お前の計画がどっかで狂う可能性だってあんだぞ」
「……」
ひかるも負けじとニコリと歯を見せて、手招きする。
そして青山たちに背を向け走り出した。
「ひかる! イイ? デッキ(甲板)の一番先端だヨ。絶対一度確認してから飛んでネ。後ろから刑事が来ててモ!」
「大丈夫、もう何回もイメトレして来たから」
ひかるは加速して、青山たちとの距離を広げる。
船内の廊下でダークと刑事たちの追いかけっこは続く。
前回、長井邸の室内でも遠慮なく光線銃を撃った青山刑事は、今回拳銃を構えてもいない。曲がり角が多いからだらう。
ひかるはホッとして甲板へ急ぐ。
外へ出ると、正午の太陽が全身黒のひかるにふりかかる。
甲板はカフェテラス。
ひかるは目的のポイントに、障害物を避けながら走る。
余裕とは言ったものの、息はもう切れ切れで、汗はびっしょり。
あと少し。あと少しで帰れる。
……そう思った、甲板の先端まで後3歩ほどというところだった。
ジュ……ッ
何かが焦げる音がした、と思った瞬間に、右足のふくらはぎに感じたことの無い激痛が走る。
「う……ッ」
ひかるは勢いだけで3歩分前進し、甲板の先端の手すりに寄り掛かった。
何? 何で? 何が起こった?
熱い、熱い……ッ!!
「ひかる……?」
タカたちは、ひかるの一瞬のうめき声を聞き逃さなかった。
「おい、どうした?」
「……っ!!」
「ひかる……!?」
「取り押さえろッ!!」
青山の叫びと共に、警官がひかるの元へ全力で駆け出す。
「はぁ……ッ、はぁ……っ」
――やばい。どうしよう、次は、何だっけ……?
逃走完了までもう一息のところで、万事休すか。
背後から迫って来る大勢の警官たちと、右足の強烈な痛みのせいで、
ひかるは頭が真っ白になった。
「おいひかる! 閃光弾だ! 何してるっ? 捕まるぞ!?」
「……あ……っ」
タカがこれまでにない程、大声で叫んだ。
はっとして我にかえる。
ひかるは真下の海を一瞥する。
エリンギが待つ逃走用の潜水艇が、口を開けて待っている。
ひかるはポケットから閃光弾を出し、スイッチを入れて警官たちの方に放り投げた。
そしてすぐさま甲板の手すりに、最後の力を振り絞って乗り上げ、真下の潜水艇の口へ身を投げた。
すぐ上空で閃光が煌めく。
ひかるは潜水艇の中に用意されたクッションに着地した。
「うぅ……ッ」
その衝撃で撃たれた右足が悲鳴をあげる。
「行くヨひかる!」
エリンギが叫ぶと、潜水艇のフタは自動で閉まり、そのまま潜水する。
「エリンギっ、エリンギ!!」
ひかるは右足を抱えて絶叫した。
エリンギは操縦をオートモードにすると、すぐさまひかるに駆け寄った。
「ひか……ッ!?」
エリンギはひかるの足と表情を見て、絶句した。
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俺はじーさんやけいと一緒に客室にいたが、無線の音のみでひかるの異常を感じ取った。
音だけでは何が起こったかは分からないが、いつものひかるの声とは違う、うめき声が聞こえた……。
「おいエリンギ! ひかるは!?」
「潜水艇には乗ったけド! みんなどうしよウ……! 撃たれタひかるガ!」
「撃たれたぁ!?」
「どうしよウどうしよウ! すごい痛そうだヨ!」
「どこを撃たれた!?」
「脚! 右のふくらはぎだヨ!」
ひかるが、撃たれた……!?
そんな、まさか。あいつが。
障害物の多いカフェテラスで、狙いを外さず撃ってくるとは。
よくもやってくれたな、警察……!
しかもよりによって脚か……。
エリンギが泣いた様な声で助けを求める。
さっきからひかるの方は、ずっとうめき声しか聞こえない。
「おい落ち着けエリンギ! お前しかいねーんだぞそこにはっ! ひかるを不安にさせんな!」
「まさかりさん、でモ……」
「おいエリンギ、応急処置出来ないのか」
「い、一応道具はあるけド……」
「やれ。お前の家柄ならそれくらいのことは出来るだろ」
「ム、ムリだヨォ! こんな大怪我なんて見たことモ……」
「エ……エリンギ」
喉から絞り出す様に声を出すひかる。
「お願い……、エリンギなら、……っ」
「ひかる……」
「……何でエリンギが泣くのさ……」
「だっテ、もう見てらんないヨ! ……分かっタ、やってみル……」
ぐすぐすと、エリンギが鼻を啜る音が聞こえた。
「い……っ、いぃぃ……ッ」
光線で焼かれたため出血はないものの、ひかるのふくらはぎはえぐる様に焼けただれている。
消毒液が焼ける様に染みるらしく、ひかるは歯を食いしばって耐えていた。
ひかるのうめき声を聞くだけに耐え兼ねたじーさんが口を開く。
「……エリンギ、東京には帰らずに近くに停泊して、病院を探した方がいいんじゃないかの……」
「ウ、ウン。そうして……」
「馬鹿か! ひかるを更に追い詰める気か」
「な、なんデっ!」
エリンギが怒った様に俺に歯向かう。
「ひかる、お前が撃たれたことは当然、警察も知ってるんだろうな」
「うん……」
「だったら尚更、警察は血眼になって全国の病院を探すぞ? 右足を銃で撃たれた患者なんてそうそう出るものじゃない。そいつがダークだと断定される」
「……!」
絶望に浸った様な空気が、俺たちの間に重くのしかかる。
「それと、すぐに海へ飛び込んだダークを探しに海上保安庁が動くだろうな。エリンギは奴等に見つからない様に、予定通りの場所に停泊しろ」
「だったラひかるはどうなるノっ!?」
「……」
「おいバカ! 黙ってねーで何とか言えよ! ひかるの選手生命がかかってんだよ!」
「うるさい。今考えてる」
「うるさいって何だよ!? お前ちょっとぐらい心配する素振り見せろよ。ほんっと冷酷だよな!」
「まさかり、本当に今タカが考えとるんじゃ。少し黙っとれ」
「……っ」
誰もが口を閉ざすと、やはりひかるのうめき声のせいか、空気が重く暗い。
想定していなかった。あのひかるが撃たれるなんて。
逃げ足がないダークなんて、ダークじゃない。ひかるが使えなくなればこれからダークはどうなる……?
これからどう対処しようとも、大きなリスクが伴うのは必至だ。
……俺やこの中の誰かが、医学知識さえあれば良かったのだが……。
……しかし、嘆いてもしょうがない。
決断しなくては。
「おい高英、どっちにしろ早く決めろ! これ以上潜水艇と離れると、無線電波が届かなくなる!」
「……まさかりさん、医者を探せ」
「さ、探せって」
「腕が立って秘密が厳守出来る……、とにかく信用出来る医者だ。金ならいくらでも払う。金額にはこだわるな。あと治療場所はさくら号にしろ。出張してもらえ、いいな」
「……分かった。やってやる」
「エリンギも真っ直ぐさくら号に帰れ」
「分かったヨ」
隣にいるじーさんやけいが、少しだけホッとした様な表情を浮かべる。
「これから恐らく、俺とじーさんとけいは、青山の取り調べがあるだろうから。何か問題が起きてもそっちで解決しろよ」
「ウン。大丈夫だヨ……たぶン」
その時、ぼそぼそと泣き声が無線から聞こえた。
「……なさい。みんな、ごめ……さい……っ」
「……ひかる?」
「ひかる、誰も責めてないじゃン」
ひかるはかぶりを降った。
「足は絶対に引っ張りたくないのに……! おれの不注意で……っ」
「おいエリンギ、黙らせろ」
「た、タカ」
「……黙らせろ。無駄に体力を使わせるな」
何だか、物凄くモヤモヤする。
……それが何かは分からないが。
暫くすると潜水艇と無線電波が届かなくなり、ひかるのうめき声は聞こえなくなった。




