32. 2nd DARK inside ④
「うわ……、きれい……」
タカからネックレスケースを受け取り、ひかるは部屋でピンクダイヤモンドをうっとりと眺めていた。
「触るなよ」
「わ、分かってるよそんなこと……。でも一回つけてみたいって、そりゃ思うでしょ」
「…………」
……謎の沈黙。
タカが呆れて言った。
「……それ、どう見ても女ものだろ気色悪い。男のお前はあげる立場だろ」
「!!」
し、しまったぁ!!
「あ、当たり前じゃん! つけてみたいって、言うのは、だから……、うん。かか、彼女につけさせてみたいって意味だよ。うん。
あ、そういえば。長井がこれをあげるつもりだった田中知事って女!?」
「……今更だな」
「ひかる、ダイジョウブ?」
「う、うん……」
ひかるは暑くなった顔を手で仰いだ。
今回、宝石のレプリカが使えないのは訳がある。
長井のブログには“ピンクダイヤモンド”としか書かれていなかった。そのためその宝石の形状が、ネックレスかイヤリングかブレスレットか……、分からなかったから、レプリカを作りようがなかったのだ。
よってダークが宝石を持っていると見せかけるには、タカから宝石を預かって、青山たちに見せびらかす必要があったのだ。
無線から聞こえてくる声の様子から、警察に聴取を受けていたけいは、タカたちと無事に合流出来たらしい。
ひかるは腕時計を見る。
【正午10分前】
「じゃあ、そろそろ用意するよ」
「エリンギもそろそろだ」
「ボクはいつでもいいヨ」
ひかるは大きなリュックを背負って、松葉杖をついて部屋を出る。
自分の部屋がある3階からエレベーターを使って2階に下り、そのままバイキング会場に一番近い手洗いに入る。
個室に入り、リュックからタキシードとその他諸々を出してダークの姿へ。
ひかるは松葉杖の先端の、滑り止めのゴムを引き抜いた。松葉杖は空洞になっていて、中から出て来たのは閃光弾。
そう。最初のネジ作戦だ。
金属検査機は、松葉杖の中身と外側のネジの両方に反応しただろうが、検査官はネジのみと勘違いしたのだ。
この作戦は細長い閃光弾だからこそ成功したのであって、拳銃は不可能だった(松葉杖に入らないから)。
【正午】
「12時なったネ」
「あと3分待て」
「うわ、この時間がやだなぁ……」
ひかるは正午を過ぎても、手洗いの個室の中で待機していた。
決して予告時間に遅れている訳ではない。
ダークは本物の宝石の元へ現れる……、つまり、今DKから宝石を盗んでいる時間だ。その時間を考慮して、敢えてダーク出没の時間をずらすのだ。
タカは何度もひかるに無線を入れる。
「閃光弾を使うのを忘れるなよ。逃走手段がバレれば追われるからな」
「分かってる」
「甲板から飛び降りる時は、一度確認してから飛べよ」
「うん」
「船内の逃走経路も把握出来てるな」
「タカ、そんな心配することないよ。前回も成功したし。おれはタカを信じてるから」
「……緊張してないのか?」
「してないよ、前回の追いかけっこはおれの圧勝だったから。今日も負ける気がしない」
「……そうか。流石だな」
……流石だな?
「え、今、タカおれの事褒めた!?」
「は?」
「褒めタ! さすがって言っタ!」
「うぉおおお! どうした高英!? 人の事お前が褒めるなんて気色悪いぞ!」
「褒めてない!」
ひかるはニマニマが抑えきれずに、胸の前でガッツポーズを作る。
「タカ、ありがとう! おれ本当に頑張るから! 日本記録更新する勢いで走るから!」
「だから! 褒めてないって言ってるだろ!」
タカのしどろもどろする顔が浮かんで、ひかるはその顔を見たかったと、悔しく思った。
……そろそろ時間だ。
「行ってくるよ」
「がんばっテひかる!」
「ひかるなら大丈夫じゃ。今日も上手くいくじゃろ」
「青山達にぶちかましてやれ!」
「ひかるがんばってね〜」
ひかるは手洗いから、誰にも見られていないことを確認して出た。
そしてバイキング会場まで一気に駆け抜ける。
「ダークだ!」
一般客はダーク出没の時間、バイキング会場の入場を禁止されている。
しかしダークを一目見ようと、会場の扉の前には多くの野次馬が。意外にも黄色い歓声が上がる。
「みなさーん、通してください。ちょっと危ないですよ」
と、ひかるはガスマスクを野次馬たちに見せびらかせながら歩くと、皆何事かとおののき道を開ける。
警官数人が開場の前の扉を立ち塞いだ。
彼らはひかるに銃口を向ける。
「動くな怪盗!」
「撃つのはやめた方がいいですよ」
ひかるは一般客に見えないように、懐の拳銃をチラつかせた。
……これはプラスチック製のレプリカだけど。
「ここで銃撃にでもなれば被害は避けられないでしょう。穏便に、入れていただけますか」
警官たちは銃を降ろし、道を開けた。
ひかるは会場へ入る。会場内にいた警官たちは驚いて、ひかるに一斉に銃口を向けた。
2階の入口から入ったひかるは、真っ直ぐ吹き抜けへ向かい、1階を見下ろす。
……いた。
「青山刑事」
ダークの存在に気付くと、青山刑事はニヤリと嬉しそうに笑って下から見上げた。
そして仲のいい友達のような感覚で声をかける。
「よぉ、遅刻なんてお前らしくないな」
「遅刻?」
一回目を通して、ひかるの中でダークのキャラは出来上がっている。
加えて先程のタカとのやり取りにより、ひかるは舞い上がる気持ちで自信満々に演じられた。
ひかるは前回の様にスピーカーを通してではなく、新田の声のまま口を開く。
「それはとんだ勘違いですね、刑事さん」
「は?」
「私はちゃんと見ていましたよ。DKの犯行の一部始終を。酷いものです、子供を使って“桜色の宝”を奪い私をおびき寄せるなど」
……犯行を見てたのはまぁ、事実だしね。
「ちゃんと時間通りに頂いて来ましたよ。ほら」
ひかるはポケットから、ネックレスケースを出した。タカから先程受け取った、本物の“桜色の宝”だ。
しかし青山刑事は、露骨に信じられないと言った様な顔をする。
確かに、銃を持った男2人から奪うなんて、無茶な設定だと思うけど。
ダークだから、何でも許される気がする。
「このネックレスが偽物だと、今思ってますね」
「まぁな。どう考えてもお前がDKから奪えるとは思えない」
「まぁ、そうですよね……」
ふふ、と笑ってしまう。
「まぁそれは、この事件が終わった後に証明されますよ。あなたが何も手を加えずとも、簡単に」
「何もしなくても……?」
「またこれを換金して、貧しい方達の助けになるよう救いの手を差し伸べます。そうすれば嫌でも耳に入るでしょう? まあ勿論、これが偽物だったらそれも出来ませんけど……」
この宝石が本物ならば、正当な価格で換金され、その多くが募金される。
そのニュースが広まれば、自然と今持っている宝石が本物であると証明されるだろう。
そうこうしている間に、多くの警官たちが2階に上がってきて、ダークに銃を向ける。
ひかるは回りを見渡して、わざと大きな溜め息をついた。
「やれやれ、物騒ですね」
「貴様が物騒だ。何だそのガスマスクは!」
「さあ……なんでしょうね? おっと、防犯ネットなんて小癪な物は使わないでくださいよ。私を怒らせたら大変です。ここは海の上ですから、あなた方も逃げ場はありませんからね」
警官達は、その言葉に身構えた。
「さぁて、そろそろおいとましましょうか」
ひかるは青山を見下ろしていた吹き抜けの手すりから、一歩身を引いた。
足首を回して準備運動をし始める。
「おいおい……、この包囲網の中をどうやって抜ける気だよ」
「それは今から、見ててください」
すぐ側にいる2階の警官達さえ撒いて仕舞えば、1階にいる青山達との距離はかなり開く。それこそ、初回のダークの時以上に。
余裕だ。
「じゃあ、ここからが真剣勝負ですよ!」
ひかるは素早く懐から催涙ガスが入った瓶を取り出し、それを地面に叩き割った。
勢いよくガスが噴出し、周りを囲んでいた警官たちがむせ始める。
ガスマスクをつけたひかるは、その警官たちを縫うようにすり抜け、2階の出口から会場を出た。
そしてすぐに甲板に続く廊下へ出る。
2階の警官たちは追って来れず、1階の青山たちもここに来るまで時間がかかる為、まだこの廊下には誰もいない。
「……どうしよう、誰もいないけど。待った方がいいかな」
「ボクはもう準備出来てるヨ?」
タカは少し考えて言った。
「ひかる、余裕か?」
「うん。前回の時よりも」
「なら、せっかく閃光弾を持って来たんだ。わざと追いつかれて、またお前の足の速さを見せつけてやればいい」
「いいね。分かった」
――このタカの言葉……判断が、後のひかるの運命を変えようとは。




