31. 2nd DARK inside ③
俺はベランダの避難口を開け、はしごを下ろす。
俺とじーさんは素早くはしごを使って103号室へ降り、鍵を開けておいた窓から室内に入ると、DKの仮面やローブをはぎ取った。
そして俺は、DK出没の前に予め置いておいた鞄を開く。
中にはロープと、大きな石が入っている。
鞄の中からロープだけを出し、2人分の仮面とローブ、拳銃を詰め込んだ。
客室の窓を開けると、俺は鞄を外へ放り投げた。
すぐ下は海。鞄は水しぶきを上げて落ち、中に入った石が重しとなって沈んでいった。
「あーあ……、もったいないなぁ」
けいはゆっくりとはしごを降りてくる途中だった。
「やるぞじーさん」
「おぉ。頼むぞ」
顔も服装も完全に中林と化したじーさんを床に寝かせ、萩本である俺がロープで縛り上げる。
そして俺自身も縛らなければならないのだが……、どう考えても自力では不可能。
「けい、特訓の成果を見せろ」
「ラジャーっ!!」
準備期間中、けいにはこの練習をさせていた。
素早く、かつ正確に縛る練習を。
涙目のままなけいだったが、作業中は真剣そのもの。
青山たちが管理室に行って部屋のキーを取って帰って来るまで、およそ1分半だと見積もっていたが。
間に合うか……。
______________
ドタバタと103号室の扉を開けたのは、青山と数人の警官。
同時に他の警官たちは、上の203号室の扉を開けたらしい。
青山が最初に見た光景は、縛られ気絶している(フリの)中林と萩本に、部屋の隅で震える人質。
青山は上の警官たちを下に呼び、俺たちの縄を解き始めた。
「今日お前らを一回も見てないと思ったら……、DKにやられたのか」
「そうです。すみません」
一応、謝っておく。
上司と部下の関係だから、話し方はこんなものか。
「中林はホントツイてないな。まさか前回と連チャンで狙われるなんてな。お前カモにされてんじゃねーか?」
「はは、そうかもしれないですね。すみません」
じーさんも特に普通な口調で話す。
しかしその時青山がわずかに顔を曇らせたのを、俺は見逃さなかった。
すると、青山の上官らしき男がやって来る。
「……!?」
俺は一瞬、目を疑った。見覚えのある顔だったからだ。
コイツ……、まさか。ダークの捜査に携わっていたとは。よく覚えている。
確か名前は、松浦。
「青山、DKの捜索だ。オレは本部室へ戻る。中林と萩本は動けるか?」
「はい」
「松浦警部、DKはローブと仮面さえ取れば客に紛れてしまいます。監視カメラで奴らの行方を探すしか手はないかと」
「成程。そうだな」
松浦はけいと他の部下たちを引き連れて、部屋を出て行った。
残ったのは青山と俺とじーさん。
壁の時計は、11時28分を指していた。
「……まぁ、お前ら2人はちょっと残れ。DKに襲われた時の話を聞かせてくれ」
「突然催眠スプレーで眠らされて、気付いたらこの状況です。青山さん……、今どういう状況ですか? 拳銃を取られてしまいまして。すみません」
後で気づくとは思うが、辻褄が合うようにDKの拳銃の入手経路を説明しておく。
青山は手短に、先程バイキング会場で起こった事を説明した。
「そうですか……、あの男の子が人質に……」
まるで負い目を感じた様に、俯いてみる。
「いい。もう終わったことだ。それよりDKは、やはりこの部屋を通って逃げたのか」
「そうです。さっきの男の子を連れて、あのはしごを降りて来ました」
「そうか」
青山の視線が一瞬、じーさんに行く。
「中林」
「え、はい」
「調子が悪かったら休めよ。勤務中とはいえ、被害者になってしまったんだから」
「……いえ。大丈夫です」
再び訝しい顔でじーさんを見る青山。
俺はまだいい、じーさんは……勘付かれたか?
いや、じーさんがバレるなら自然に俺も……。
「萩本」
「はい」
「お前はもう行っていいぞ。やばかったら休め」
「……はい」
まずいな。わざと俺とじーさんを引き離したんだ。
俺は心の中で舌打ちする。
側から見ればじーさんの変装は完璧だと思ったのだが、やはり日頃から行動を共にしている上司と部下の関係性なら、見破られるか。
もうこいつに勘付かれたと想定して動くべきだ。
俺は部屋を出て、辺りを見渡す。
廊下に、赤い消火器が設置されている。
「……中林」
「っあ、はいっ」
「合言葉は?」
無線で2人の会話が聞こえる。
「……はは、すみません。忘れました」
無線を聞いていた他の3人も、異変に気付いたようだ。
「タカ、なんかじーさん大丈夫?」
「大丈夫だ、余計な心配はするな」
「でも……」
当然、この会話はじーさんの無線にも届く。
よってじーさんの不安を煽り、ただでさえ不安定な青山との会話で、ボロを出させる発言をする訳にはいかない。
俺は消火器の前で思考する。
直にじーさんの正体はバレるだろう。
かと言って3階の俺たちの部屋に催眠スプレーを取りに行ってる間に、状況は大幅に変わるかもしれない。
青山が一人の今しかチャンスはない。
……強行手段だ。
俺は消火器を手に取った。なかなかの重量感。
「じーさん、これから俺は再び青山にバレない様に部屋に入る。じーさんは不自然に目線を動かしたりしない様に、会話に集中していろ」
「あの、そろそろいいでしょうか」
「その前に、中林」
「……はい」
「ちょっと両手を見せてみろ」
「は?」
俺はカードキーを差し込むと、静かにかつ慎重に、扉を開く。
青山は俺が立っている扉側を背に、じーさんと向き合っている。
次の瞬間、青山がその左腕を掴み、素早く手錠を掛けた。
「な!? 何をするんですか!」
「もうそのクサい演技はやめろ、DK。部下の見分けくらい簡単につくんだよ。人間てのは個々に口癖があるもんだ」
「っ……、口癖か……」
そうか。口癖か。
じーさんの変装は完璧だった。
少しホッとした。原因はそこじゃなかった。
俺は息を殺して、一歩ずつ青山の背後に迫る。
「ダイヤはどうした?
それと本物の中林と萩本はどこだ。生きてるんだろうな!」
青山の背後に立った。
青山は興奮してるためか、馬鹿なことに俺に気付いていない。
「……青山さん、何を言って」
消火器を持ち上げる。
「しらを切っても無駄だからな! 諦めろ、俺の勝ちなんだよ。お前の相方もな、すぐに見つけ出して捕まえてや――」
俺はそれを、青山の後頭部に振り下ろした。
物凄く、嫌な感触だった。
青山はそのまま突っ伏し気絶した。
……死んでないよな。殺してしまったら、俺はもう親父の墓前に顔向け出来ない。
「タカ……、すまん。ほんとに」
俺は、青山の首元に手を置いて脈をとった。
……生きてる。後頭部から出血もない。心底ホッとして息を吐いた。
その後奴の身ぐるみからじーさんの手錠の鍵を探す。
「口癖は想定外だ。……じーさんのミスじゃない」
「……」
俺は鍵を見つけると、じーさんの手錠を取った。
青山が付けている腕時計が目に入った。
「中林たちが目覚める頃かもしれない。急いで部屋に戻るぞ」
「分かった」
けいは今、警官から聴取されている。
ずっと警官とけいの声が、無線から聞こえている。
部屋に戻り、俺とじーさんは再び安藤秀雄・太一に変装する。
その間に、安藤秀雄を呼ぶアナウンスが流れた。
「……ひかる。作戦に少々支障が生じた」
「え?」
「青山を気絶させた。ダークの登場までに間に合うか分からない。青山が会場に現れなくても気にせずにダークを演じろ」
「……うん。分かった」
「じゃあ、予定通りに、今から」
先に変装が終わった俺は、先程奪ったネックレスケースを持って部屋を出た。
少しゆっくりと、誰もいない廊下を歩く。
前方の扉から、新田修が松葉杖をついて現れた。
すれ違い際に、ネックレスケースをひかるの服のポケットに滑り込ませる。
俺はそのまま便所へ向かい、新田はまたすぐに自分の部屋に入った。




