30. 2nd DARK inside ②
けいは人質役になる。
人質役があって良かった。勿論一般客を人質にとる事も出来たが、事件の後大きな心的外傷が残るだろう。無関係の人間を巻き込む訳にはいかない。
DKに扮したじーさんはけいの首に腕を回すと、優しく囁いた。
「けい、痛かったら言うんじゃぞ」
「大丈夫だよ。でも痛くなくても、思いっきり泣くからね」
3人は俺を先頭に、バイキング会場へと続く廊下を闊歩する。
俺が拳銃を天井に向けているのを見るなり、回りの客は口々に悲鳴をあげ、逃げて行く。
けいは嗚咽混じりに泣き出した。
想像以上の、迫真の演技だ。
先頭の俺は会場の扉を思い切り蹴って開けた。
驚いた客は、一瞬俺に注目する。
「下がれ。変に動こうとする奴は殺す」
高々と天井に向けられた拳銃を見るなり、客たちは悲鳴をあげ俺たちから遠ざかる。
俺の位置からは、客たちの層で桜色の宝のショーケースは確認出来なかった。
「長井敏郎! 我々はDKだ。この会場にいるんだろ? 出て来なければこの餓鬼の頭が飛ぶぞ」
俺たちDKの目的は長井。
当然本物の桜色の宝がどこにあるかなんて、分からない。ならば本人から聞き出すのが一番、手っ取り早いという訳だ。
「私だ。その子を直ちに解放しなさい」
長井は人混みの中からすぐに現れた。
さすが……とは言いたくないが、この状況の割には堂々としている。
俺は長井に銃口を向けた。
このシチュエーション、“12月の国会事件”を思い出す。
親父は、こうやって長井を脅すことも出来なかった。
体裁を繕って繕って、親父を踏み台にして生きてきた男。
本当は、今すぐにでも地獄に突き落としたい。
ただし俺がこの男に与えたいのは死ではなく、事件の真相を語る事と、親父に対する深い謝罪の気持ちだ。
……しかしまだ、まだまだ時が早いのだ。
「賢明な判断だ。ダークが予告した“桜色の宝”を渡せ」
「……そこのケースにあるではないか」
長井が指差したのは、会場の中央に置かれた偽物の“桜色の宝”が入った、透明なケース。
……あれはどう考えても偽物だろうが……。
「ケースに鍵が掛かっているんじゃないか? それをよこせと言っているんだ」
「……では、この鍵とその子を交換だ」
「こちらに貴様の要求を聞く道理はない。早く渡せ。さもなくば……」
俺は、引き金に指を掛けた。
「わ、分かった。撃つな。受け取りなさい」
長井は鍵を放った。
受け取った俺は、すぐさま宝石のケースの錠を開ける。
成程、桜色の宝はネックレスか。ブログの記事だけではそこまでは分からなかった。
もちろん、これが本物かどうかは見た目では判別できない。
「さて、これが本物か偽物かなのだが。わざわざこんなわかりやすいところに、本物を置くとは到底思えない」
「……」
「本物のダイヤモンドは熱伝導率がとても高い。よって、息を吹きかけて表面を曇らせればすぐに透明に戻る。だが……、ニセモノはどうかな?」
「!?」
俺は仮面を少しずらし、息を吹きかけようとした。
「待て!」
長井の声ではない。
俺は反射的に首だけ声の主の方へ向けた。
……青山春樹。
そして青山は、俺が想像もしなかった言葉を発する。
「本物の“桜色の宝”は、俺が持っている」
「何?」
成程。本物を持っていれば、確実にダークと対峙出来ると考えた訳だ。
そして俺たちDKの目的も、(建前上は)同じだ。
俺は青山の発言直後の、長井の表情を窺った。
……が、表情一つ変えなかった。
手強いな。さすが、その話術で世間を味方につけた男だ。
「俺は警察の者だ。ダークから宝石を守るため預かっている」
「……成程。ならばそれを渡してもらおうか」
「渡したら直ぐに人質を解放すると約束しろ」
「それが本物ならな」
青山はネックレスケースを俺に投げ渡した。
俺は片手でそれを受け取り、ケースを開いて中を確認する。
そしてすぐさま2つの宝石に息を吹きかけた。
「どちらもレプリカだな」
「!?」
俺は長井を見た。長井の目が泳いでいる。
……宝石の鑑定は初めてでこの知識はネットからだったが、間違いなさそうだな。
「抜かったな長井。今お前はこの少年の命と宝石を天秤にかけて、リスクがあるにも関らず偽物を渡したな。子どもの命より金を取ったんだ」
「……」
「呆れるだろうな、国民は。たった一人の子どもの命すら守れない総理大臣なぞ――」
「分かった。これが本物だ……。投げないぞ」
長井は懐から出したネックレスケースを床に置いて、少し下がった。
俺はそれにも息を吹きかけ、ニヤリと笑って、銃口を下げた。
「引くぞ」
「うわぁぁん!」
じーさんは人質 (けい)を解放せずに、そのまま後退して会場の出口に向かう。
俺も銃を構えたままそれに続く。
「おい待て、約束が違うだろっ! 人質を解放しろ!」
青山が怒気を交えて言う。
「それは我々の安全が確立されてからだ。
お前も下がれ、さもなければ撃つ」
俺は銃を青山に向けた。
しかし青山は動じた気配を感じさせなかった。
「そんなオモチャの銃じゃ脅しにもなんねぇよ!」
「……玩具?」
「オモチャだよ! あれだけ漏れなく金属検査をしたんだ! それが本物の訳がない!」
わずかにほくそ笑む青山。
残念。青山、お前に少し、期待外れ。
「あんたは、この俺を馬鹿にしているのか?」
「……は?」
怪訝な顔をする青山。
あんたの弱点は、自信過剰なことだ。
自分のペースになったと思ったらすぐ余裕綽々となる。
だからダークを捕まえられないんだよ。
「……試し撃ちしてやろうか?」
「な……」
「あんたがいい? それとも長井か? あの餓鬼か?
賭けの対象だよ。これが本物ならその人間は死ぬ」
「……!」
唇を噛んで俺を睨む青山。
俺が憎むべきは長井だけではない。
長井に加担し俺を失意のどん底に落とした、お前ら警察もだ。
正義面をして俺の前に立ちはだかるな。偽善者め。
「嘘だよ。俺が殺したいのはダークだけだ」
俺は銃口を天井に向けて、発砲した。
「きゃーッ!」
客の悲鳴が響き渡る。
銃口から光線が飛び出し、天井のシャンデリアを割ったのだ。
当然この銃は萩本のだから、本物だ。
青山の表情は、鳩が豆鉄砲を食ったよう。
滑稽だ。
「行け」
今度こそじーさんは人質を連れたまま会場を去り、俺もそれに続く。
青山や他の私服警官も銃を構え、少し距離を開けて俺たちの後を追う。
「しっかし、よくそこまでダークに演じられるよな。ま、高英の性格の悪さが滲み出てて、適任だったって訳だな」
「まさかりさん、褒め言葉ニなってないヨ。あと“ダーク”って言葉使うとややこしいヨ」
「今のはけなしたんだぜ?」
「ウン、まあでも確かにタカ演技上手いよネ。ボクもDKが憎くてしょうがないヨ」
「ちょっと2人とも、今は黙っててあげてよ」
無線から、場にいない3人の呑気な会話が聞こえる。
まだ終わってないんだぞこっちは。本当に黙れ。
俺たちは会場を出た後、階段を使い2階へ上がり始める。
俺とじーさんは背中合わせに前進する。俺はじーさんの背中を頼りに後退しながら、後ろの青山たちに銃を向け進む。
そして計画通り、じーさんは203号室の扉をマスターキーで開き、けいを連れて入室する。
「嫌だぁぁ! 助けて、助けて!」
けいは想像以上に上手くやってくれている。
最後に俺もスキが出来ない様注意しながら入室した。
扉を閉めると、ぱたりと外の音が遮られた。
「ふぅ……。おれ、こんなに泣き真似して疲れたの初めてだなぁ」
「急げ、時間がない」




