3.最大の秘密
キャラ名は主人公 (タカ)以外、あだ名だけでOKです。本名はほぼ出てきません。
都内の片隅にある築30年程の小さな一軒家・さくら号。定員8人のこのシェアハウスは、今日から入居者が5人となった。
俺を除く先住者は3人。茶髪で酒好きな男と、金髪の留学生と、白髪混じりの老人。この3人は元より仲が良く、毎夜毎夜3人で集まっては適当な惣菜や飲み物を持ち寄り騒ぎ立てていた。
俺もその輪の中に入るよう何度も誘われてはいるが、断っている。そういった無意味な馴れ合いは好かない。その為俺と3人の間には、深い溝がある。
同じ屋根の下にいる以上嫌でも耳に会話は入ってくる訳だが、この3人、聞けば中々各々に面白い特技を持っている。しかも、多分有能だ。……全員バカではあるが。
俺には、成すべきことがある。
その為に彼等を上手く利用できないかと思案していたところだがーー。
そんな折、藤井ひかるという最後のピースがさくら号へやって来たのである。
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藤井ひかるが入居した夜。
和室のど真ん中に古い卓袱台が置かれている。そこを囲んで藤井・まさかりさん・エリンギ・じーさんが座る。
「じゃ、ひかるの歓迎会始めまーす! かんぱーい」
「かんぱーい」
小気味好い音をたてて、グラスがぶつかりあう。卓袱台の上には、たくさん惣菜が並んでいた。
「あの……、あの人は参加しないんでしょうか……」
藤井が言う“あの人”は、俺の事だ。
俺は1人、二段ベッドの上段で読書に没頭していた。
同じ部屋の中で疎外された空間。別に仲間外れにされている訳ではない。この時間に藤井の歓迎会をするのも聞いている。
「ア……、タカね……」
「いつもこれくらいの距離感なんじゃよ……」
「アイツは後で強制参加させるから。後回し」
「あ……はい……」
「じゃ、自己紹介しよーぜ! オレからな!」
茶髪で癖毛の男が立ち上がる。
ポケットに小銭が入っているのだろうか、チャリンと音がした。
「オレは金田総志! みんなからは、まさかりさんって呼ばれてるぜ!
趣味はパソコン、特技もパソコン! 仕事もパソコン関係! 28歳、彼女いない歴6年! よろしくなっ」
『彼女いない歴6年』のところで、藤井がフワリと笑った。
「……まさかりって?」
「金田=キンタ=金太郎=まさかり」
「なるほど!」
まさかりさんは社会人のくせに、金遣いが荒くて短気で喧嘩っ早い。
今が楽しければそれで良いというタイプだ。要するにバカ。
俺とは真逆の性格だ。一番反りが合わない。
「次、じーさん」
「わしか」
老人が、よっこいしょと言いながら立ち上がる。
その髪は白髪も混じるが、整えられているため清潔感を感じる。
「わしは小松次郎、60歳じゃ。好きなものは茶と菓子。特技は……、コスプレ……かの……」
「こ、コスプレ!? じーさんが?」
「ほほ。勿論わしが、じゃなくて……。わしは現役時代、特殊メイクに携わる仕事をしてたんじゃ。で、今は趣味と小遣い稼ぎを兼ねて、コスプレイヤーのメイクをしとる。ちなみに声もかなり精巧に作れるぞ」
「え、すごーい! 見たい!」
「ほほ、また今度」
じーさんは最年長なだけあって、常に感情がフラットで冷静だ。
俺とは論理的思考で会話できるから、まだ一番話しやすい。(と言っても話す事はないが)
「次はボクだネ」
金髪が立ち上がった。
外国人なだけあって、この中では一番の長身だろう。
「ボクはマイケル・エレンジ! みんなからはエリンギって呼ばれてるヨ。アメリカから留学中で、4月から大学3年だヨ」
「留学!? すっごー……」
まぁネ、と照れるエリンギ。
じーさんが補足する。
「ひかる、エレンジャーズという会社を知っとるか?」
「えっと、聞いたことあるような……」
“エレンジャーズ”
アメリカの、今儲かってる会社。『プチプラなのに質がいい』ファッションアイテムを売る、大手アパレル企業だ。今後、日本にも進出予定らしい。
「ボク、そこの御曹司」
「え、えぇ!? 凄いお金持ち!?」
「フフン、まあネ。ちなみにボクはガールフレンドいるヨ。アメリカと日本で遠距離恋愛中」
「へー……」
「おいエリンギ、それオレへの当てつけだろ」
「そうだヨ。まさかりさんも早く彼女作れバ?」
「ムカー……」
エリンギは平和主義者だ。喧嘩が嫌いで、さくら号の調和を求める。
だが、小心者でもある。俺とも仲良くしようと友好的に話しかけてくるが、俺が冷淡に遇らう為に、いつも勝手に傷ついて退散する。
「はい、ひかる以外の自己紹介終了!」
「いや、まだ一人おるじゃろ……」
「アイツの紹介いる? 存在空気なのに」
「いります! 聞きたいです!」
藤井が慌てて言った。
まさかりさんが深い深いため息を吐いて、2段ベッドの上の俺に向かって言う。
「おい問題児! お前も紹介しろよ!」
「……」
無視した。
「タカ……、キミの事だヨ……?」
「誰が問題児だ。愚弄したことを謝れ」
「うるせーな、事実だろーが。お前の番だから早く自己紹介しろって」
俺は本から一切視線を逸らさず言った。
「エリンギ、適当に済ませろ」
「ナ、なんでボクが」
「降りて来て名前を言うだけでいいんじゃ。さぁ」
「俺に参加する義務はない筈だ」
「あーイライラする! 訳分かんねー!」
そう叫びながら、まさかりさんは俺のベッドのはしごを2段上がり、俺の腕を掴んだ。
「馬鹿、離せ!」
「いいから降りて来いって!」
「まさかり……! やめなさい危ないから」
「おい!」
上と下で引っ張り合う。
俺が物凄い形相で睨んでも、まさかりさんは屈しない。
「ムカつくんだよ! 一緒に住んでんのに『馴れ合いはしない』とか訳分かんねーし! オレ達の何が気に食わないんだよ」
「いちいち熱くなるアンタのそういうところが気に食わないな!」
今の言葉に、相当カチンときたらしい。まさかりさんも物凄い形相で睨み返して来た。
「……じゃ、一遍落ちろ」
「は?」
「落ちて頭冷やせばーか!」
するとまさかりさんは更に力を下にかける。
俺はベッドの柵にしがみつき、必死に体重を支える。
こいつ……!
本当に俺を落とす気か!?
次の瞬間、ゴッと鈍い音がした。
「イタっ!?」
突然まさかりさんが手を離したおかげで、俺も後ろに尻餅をついた。
「やりすぎだよ、まさかりさん!」
そう叫んだのは、藤井。
藤井が、咄嗟にまさかりさんのスネを蹴ったのだ。
パッと、藤井が上にいる俺の顔を見た。
その瞬間、なんだか妙な感じがした。
……え?
それは藤井の目が潤んでいたからではない。
そういえば、藤井とまともに目が合ったのは、初めてだ。
何だ……?
こいつ、どこかで見た……?
「あのっ」
その藤井が、俺に話しかけてきた。
「言いましたよね……? 歓迎会の時に、自己紹介してくれるって」
「……」
あぁ……確かに、言った。
「おれはあなたの事、知りたいです……もっと」
「何故?」
「え、なぜって。これから一緒に住むから……」
はぁ、もう、これ以上抵抗するのも面倒になってきた。
「それにタカ、お前さんが降りて一言言うだけで、丸く収まる話じゃないかの?」
じーさんも藤井を擁護して口を出す。
まぁ、その通りである。
鼻から、長い溜め息。それから俺はゆっくりとはしごを降り始める。
それぞれが卓袱台を囲んで再び着席し、俺は藤井の隣りに腰を下ろす。
不自然に藤井が、俺と少し距離を開けたのは、気のせいではない。
「……で、何から言えばいいんだ」
「とりあえず、名前と歳かの」
わざと大きなため息を吐いてから、俺は口を開いた。
「俺の名は木谷高英。18歳。以上」
藤井は、ポカンと口を開けて俺の顔を見ていた。
「……おい、聞いてるのか」
「き、聞いてますけど……。あの、もう一回名前言ってもらえますか」
「はぁ?」
くそ、こいつ……。
俺が仕方なしに、嫌々自己紹介してること、分かってるのか?
「木谷高英、……もう言わないぞ」
「え……」
しかし藤井は目を更に大きく見開いて言った。
「きたに、たかふみ……?」
「……!?」
藤井ひかるの動揺した姿に、今度は俺の方が動揺した。
何だ……?
こいつ……まさか……。
「そうじゃぞ? 木谷高英くん、みんなタカと呼んでおるぞ」
「あ、そうなんだ……。よろしく……」
……冷静になれない。このままでは。
不自然に笑う藤井の顔から目を逸らして、立ち上がった。
「終わりでいいだろ」
「……」
藤井は何か言いたそうだったが、気付かないふりをした。
俺はさっさと2段ベッドの上に戻った。
『きたに、たかふみ……?』
何だ、あの反応。
何だ、あの不自然な挙動。
俺はベッドの上に戻ってからも、内心焦っていた。額に嫌な汗をかいている。読書をしているフリをして、懸命に頭を働かせていた。
藤井ひかる……?
誰だ? 思い出せない。というより、絶対初めて聞く名前だ……。
なのにあいつは、俺を知っている。俺の名を聞いてあの反応は、過去の俺の事をある程度知っているという訳だ。
……まさか、理由は分からないが俺の事を追ってここに来たのか?
なんて奴だ。最悪だ。
藤井ひかるは俺の、最大の秘密を握っているーー。