28. 2nd DARK outside ④
「ダークが、ダークが現れたぞ!!」
その声は、決して無線から発せられた声ではなかった。
ダークは2階の吹き抜けから、1階の青山を見下ろしていた。
黒のシルクハット、タキシード、マントに身を包み、仮面は白ベースにシンプルな装飾、DKの様に顔全てを覆うのではなく口元だけを見せるデザイン。
青山はダークとの再会に、笑った。
怪盗ダーク。
2ヵ月半ぶり、やっと会えた……。
「よぉ、遅刻なんてお前らしくないな」
「遅刻?」
ダークは薄ら笑いを浮かべた。
声は前回の様にスピーカーを通してではなく、肉声が聞こえる。
勘のいい萩本は、手元でボイスレコーダーの電源を入れた。
「それはとんだ勘違いですね、刑事さん」
「は?」
「私はちゃんと見ていましたよ。DKの犯行の一部始終を。酷いものです、子供を使って“桜色の宝”を奪い私を誘き寄せるなど」
ダークは“桜色の宝”がDKの手元にあることを知っていた……!?
じゃあ、ひょっとして……。
「ちゃんと時間通りに頂いて来ましたよ。ほら」
ダークはポケットから、ネックレスケースを出した。遠目だが、確かに長井から受け取ったものと同じ様な……。
しかしにわかには信じ難い。
2対1で、しかも相手は拳銃を持っていた。
全てはDKの思い通りにいっている筈だったのに、どういう訳かダークが宝石を持ってここにいる。
「このネックレスが偽物だと、今思ってますね」
「まぁな。どう考えてもお前がDKから奪えるとは思えない」
「まぁ、そうですよね……」
ふふ、とダークが笑う。
どうしてあいつはあんなに余裕があるんだ。腹が立つ。
「まぁそれは、この事件が終わった後に証明されますよ。あなたが何も手を加えずとも、簡単に」
「何もしなくても……?」
「またこれを換金して、貧しい方達の助けになるよう救いの手を差し伸べます。そうすれば嫌でも耳に入るでしょう? まあ勿論、これが偽物だったらそれも出来ませんけど……」
青山とダークが会話をしている間にも、2階で私服警官たちが着々とダークの周りを囲っていく。松浦もそっちにいる。
いくつもの銃口が奴に向けられる。もはや鼠一匹逃がされない。
ただしすぐにでも取り押さえることが出来ないのは、奴の右手にガスマスクが握られていたから。
「やれやれ、物騒ですね」
ダークは溜め息混じりに、自分の周りを見渡す。
「貴様が物騒だ。何だそのガスマスクは!」
2階の松浦が叫ぶ。
「さあ……なんでしょうね? おっと、防犯ネットなんて小癪な物は使わないでくださいよ。私を怒らせたら大変です。ここは海の上ですから、あなた方も逃げ場はありませんからね?」
その言葉に、身構える警官たち。
まさか、何かガスを撒くつもりか?
こいつはあのDKを退けてここまで来ている。
だとすれば、何か金属探知機に引っかからない武器を持っているに違いない。
「さぁて、そろそろおいとましましょうか」
ダークは俺を見下ろしていた吹き抜けの手すりから、一歩身を引いた。
足首を回して準備運動をし始める。
「おいおい……、この包囲網の中をどうやって抜ける気だよ」
「それは今から、見ててください」
青山は舌打ちした。
前回より学習済みだよ……、お前のその言葉がただの強がりじゃないということは。
「じゃあ、ここからが真剣勝負ですよ!」
ダークはその言葉と同時に素早く懐から何かを取り出し、それを地面に叩き割った。
勢いよく何かガスが噴出し、周りを囲んでいた警官たちがむせ始める。
「うわぁっ!?」
「ゲホッ、ゲホッ」
松浦たちの悲鳴と咽せる声が聞こえる。
ガスマスクをつけたダークは、その警官たちを縫うようにすり抜け、2階の出口から会場を出て行った。
「クソ……、催涙ガスか!? 追うぞ!」
「はいっす!」
1階にいた青山と中林たち部下はガスの効果を受けなかった。慌てて迂回して後を追う。
ここは海のど真ん中だ。奴の逃走手段は限られる。
一つはヘリだ。この船にはヘリポートが設備されていて、ヘリの離陸は容易に出来る。
ただし、さすがに前回と同じ手段は使わないだろう。警察もヘリポートの警備は特に強固だ。
または、青山たちを撒いた後に再び客に化けるか。
……うん。どう考えても後者が合理的だ。
だから奴を見失う訳にはいかない……!
「……は?」
青山たちの前に予想しなかった光景があった。
ダークが、数十メートル離れた場所に立ち止まっていたのだ。
……俺たちがここに来るのを、待っていたのか……。
何故こんなに余裕があるんだ。
誰の目も向いてない内に、客に化けていればいいものを。
「ダーク。油断大敵だぞ。もしかしたら、お前の計画がどっかで狂う可能性だってあんだぞ」
「……」
ダークはその口元でニコリと笑い、青山に向けて挑発するように手招きした。
そうして、再び背を向けて走り出したのである。
漆黒のマントをはためかせ、全力疾走で逃げるダーク。青山たちも全力疾走でそれを追う。
「青山さんっ、足撃っていいすか!?」
走りながら青山の後方から中林が問う。
奴に麻酔弾が効かないことは言うまでもない。
指揮官は松浦だ。走りながら無線に青山は叫ぶ。
「松浦警部! 発砲許可を!」
「構わん! 確実に捕えろ!」
しかしその瞬間、ダークは角を曲がった。
「はぁ……っ、くそ! つーか中林! お前、拳銃とられたんじゃなかったかっ?」
「大丈夫っす! オレ実は、狙撃得意なんでっ、借りたっす!」
「あっそう!」
狙撃得意だとか借りたとかは多少聞き流して、相槌をうつ。
ダークの逃げ足の速さは相変わらず健在で、みるみる青山たちとの距離を離していく。
くそ……! このまま見失ってたまるか……!
と思った矢先、ダークが屋外へと飛び出した。
青山たちもそれに続くと、真上の太陽の光が視力を一瞬奪った。
「この先奴は甲板の方へ向かっています! 甲板まで追い詰めたら奴の逃げ道はありませんっ」
「甲板……!?」
ヘリポートでもなく、また人混みに紛れるでもなく、行き止まりの甲板!?
奴は客に化ける気は毛頭ないらしい。
よししめた! ……と思って前回は逃げられたんだ。
今回も正直、逃走経路が予測できない。
ここは確実に、奴の動きを止めるべきだ。
「奴の動きを封じろ! 足を狙えっ」
「了解っ」
青山が告げると、部下たちは走りながら前方のダークに銃を向ける。
しかし甲板にはカフェテラスが設けてあり、テーブル等の障害物が俺たちの行く手を阻む。
よってなかなか狙いが定まらず、連射は出来ない。
青山も腰の拳銃に手をかけた……、いやかけようとした。
空を切る青山の手。
……銃がない。
「はぁー!?」
そんな、何故!?
DKに気絶させられた後も、銃がちゃんとあることは確認した。
それ以降は……、
『オレ実は、狙撃得意なんでっ、借りたっす!』
はっ! まさか……!
「おいっ、なか――」
振り向いた瞬間、中林は光線銃の引き金を引いた。
光線は一瞬肉眼で確認出来、それは確実に、
ダークの右のふくらはぎを射抜いた。
「う……ッ」
うめき声を漏らし、よろよろとなんとか奴は船首まで辿り着いた。
奴の表情は仮面に隠れて窺い知れないが、辛そうに肩で息をしている。
前回とはまるで違う……。撃たれたせいもあるだろうが。
ダークは手すりにしがみついて一歩も動けない状態だ。
これ以上のチャンスはない。
「取り押さえろッ!!」
ダークに向かって、青山たちは全力で走る。
今度こそ、終わりだ!
しかしダークも諦めた素振りは見せない。
ダークはすぐ下の海を一瞥し、ポケットから何かを取り出した。
手のひらサイズの、あれは……、
「爆弾……!?」
ダークはカチリとスイッチを入れると、俺たちの方へ放り投げた。
宙を舞う爆弾らしき何か。
それが床に落ちるまでに、ダークは背を向け、船から身を乗り出した。
既に陸地は遥か遠くの上、あの足だ。
海に落ちれば、命はない。
「おいっ、よせッ!!」
次の瞬間、爆弾らしき何かがクラッシュした。
爆弾らしき何かは突如、閃光を発した。
その閃光は甲板にいた者たちの視力を、一時的に奪う。
「うあ……ッ!?」
あまりの強い光に、目を瞑り腕で顔を覆う。
熱や爆風はない。閃光弾だ。
成す術もなく、青山たちはその場に立ち尽くした。
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――光が収まった時には、もう既にどこにもダークの姿はない。
まだ視力が回復しないまま、青山はふらふらと船首へ歩む。途中、何度もテーブル等の障害物に身体をぶつけた。
目を擦り、ダークと同じ位置から海を見下ろした。
何もない。
確かに、閃光が発せられる直前に見たのだ。
ダークが己の身を海に投じたところを。シルクハットが風に奪われていったところも。
「畜生……! 畜生ぉぉ!!」
青山は大海原に向けて目一杯叫んだ。
今の悔しさはダークを逃がしたことではない。
追い詰め、たぶん……死なせてしまった。
捕まえて救うことが出来なかった。
こんな終わり方は……、あんまりだぞダーク!!




