22.受けて立とうじゃないか
2073年6月上旬
長井邸
長井は、ある人物を客間に招いた。
長いテーブルを挟んで、2人は椅子に掛ける。その空間に、邪魔は誰もいない。密議をこらすにはもってこいの場所だ。
「Mホテルでのパーティぶりかな。あなたのことはよく覚えている。お父様は息災でいらっしゃるかな?」
「覚えて頂いて光栄です。父はお陰様で、今も変わらず仕事に励んでおります」
椅子に座って、長井は微笑する。
長井は給仕が運んで来たワインを一口含んで、身を乗り出して話を切り出す。
「……で? 早速本題だが。『ダークの尻尾を掴んだ』と言うのは?」
「それを決定づける為に、貴方と組みたいと思って」
「ほう?」
「奴等にトラップを仕掛けたい。貴方の人脈を見込んでの提案です」
「トラップ……。ならあなたの計画を聞かせて貰おうじゃないか」
来訪者は、静かに微笑んだ。
___________
2073年6月上旬
警視庁
青山は、長井邸に集ったパーティ客の名簿を穴が開く程眺めていた。
結局全員に聞き込みに回ったが、有力な情報は得られなかった。
ダーク事件から一月が経った。
さすがにメディアで騒がれることは少なくなったものの、未だに奴の存在は民衆の心を掴んで離さない。
「やー。しっかし大人気っすねダークは。悪事を咎めるどころか、次はいつだろうって話でいっぱいっすよ」
相変わらずの口調で、中林はPC画面を見つめる。
ダークについてネット上では憶測が絶えない。中林はその内の一つを見ているのだろう。
「あ、ダークとDKの関係について予想してる人もいるっすよ」
「あっそ」
DK(=Dark Killer)
中林を襲い監視カメラに映った謎の2人組を、誰かがそう呼び始めたことから広まった呼称。
奴等の素姓も、未だ謎のままだ。
「ダークに便乗して、貧困者支援団体に物資を提供してる人が増えてるっすよね。良い流れ作っちゃったな〜、なんかオレらもやり辛いっすよね〜」
……それだから、ダークを憎めない。
民衆には今や政府どころか、警察まで非難を浴びている。
『ダークを捕まえるな』と。
アホか。
奴の目的はともかく、私物を盗んだ窃盗犯には変わらない。
世間がどれだけ騒いでも、ダークを捕まえたいという青山の正義感は揺るがない。
「おい、中林。ネットはロクな情報なんてねーから、もういい。それよりお前が聞いたDKの一人の声、思い出せねーのかよ」
「うー。む……」
コイツ、声覚えてるって言うから聞き込みに連れて行ってやったのに。
いざ全て終えてみたら、やっぱもう忘れたっす……、と一言。
超、使えない。
「あーっ。もういい。もうお前には頼んねー」
「く……っ、悔しいっす」
「出直してこい。馬鹿」
「うぃっす」
「『はい』だろそこは。変な敬語も直せ」
それと……ダークには関係ないが。
調査対象のマイケル・エレンジとルームシェアしていた、あの目付きが鋭い青年。
めっちゃ……似てた。
“12月の国会事件”犯人の、息子に。
まぁ名前違ったし、ただのそっくりさんだろうが……。都内じゃなく地方に住んでたし。
ただ今その息子がどんな生活を送っているか、気になる……というか心配で……。
「青山さーん? 次のダークいつだと思うっすか?」
「……」
流石に青山は、中林の言動に苛つき始めていた。
___________
2073年6月下旬
さくら号
俺は卓袱台を中心に、ダークのメンバー(けいを含む)を集めた。
「これから2回目のダークの作戦を説明する」
「やったぁ!」
何故か歓喜したのはけい。
「やっとそれっぽくなってきたね! 楽しみだぁ~」
「それっぽくって……」
「ふわぁ~」
まさかりさんが長いあくびをした。
……あぁ、早速物凄くイライラする。
「今回のは前回と違い、警察は本気でかかってくる。警備はより重厚になるだろうな。よって今回の作戦は前回より複雑になる。全員がしっかりと、全てを頭に入れておけ」
「はーい」
「ねぇねぇ。次はどこで何を盗むの?」
「それは――」
「超豪華客船レインボー号で、ピンクダイヤモンドを長井から盗むんだぜ」
だからまさかりさん、何でアンタが言うんだ……。
まさかりさんには見取り図を事前に用意してもらう為、どうしても他の奴等より情報が早くなる。
「あのなまさかりさん……」
「船!? 楽しみーっ!」
「レインボー号って聞いたことあるヨ! 有名だよネ?」
「豪華客船なんて乗るの初めて……。わくわく」
「船の上で飲む酒は美味そうだぜ……」
「船か……。酔い止め飲まなきゃの」
会話がカオスな事になり、俺は天を仰いだ。
けいが加入した事と、初回成功したという自信からか、場の空気はフワフワとして緊張感ゼロだ。
はぁ、本当に……バカばかりで疲れる……。
……しかし、苛立ちは抑えろ。
ここは鵜飼か猿山の飼育員になった気持ちで、上手く手懐けろ。
まだ会議は始まったばかりだ。ここで俺が感情的になっては本当に収拾がつかなくなる。
俺がわざと大きく咳払いをすると、皆は同時に俺に目線を向けた。
「期日は7月17日、海の日」
「てか、その日に長井がレインボー号に乗るって確実なの?」
もっともな質問だ。
俺は携帯を操作して、画面をテレビに映す。
「ソースはまた、長井のブログだ」
「また……1回目もそうだったよね」
「あぁ。だが初回とは明らかに趣旨が違う。まずは読め」
『2073年7月17日
横浜発大阪着、午前10時出港の客船レインボー号に乗船予定。
大阪府知事に就任予定の田中氏に、ピンクダイヤモンドを就任祝いに贈呈するつもりだ。
ピンクダイヤモンドは希少価値が高く(8,000万は下らないだろう)、きっと喜んでくださる筈だ』
皆これを読んで、首を傾げる。
「何か、すっごく不自然……」
「普通、宝石の値段まで書ク? 出港予定の時間まで丁寧ニ……」
「しかも府知事に贈呈って、ワイロ? あんまりいい印象は受けないけど……」
「まるで、『ダークに盗んでくれ』とでも言うかの書き込みじゃの」
「その通り。これは長井から、ダークに対する挑発だ」
「挑発?」
「あぁ。船上という鳥籠に、自らをエサとしてダークを招待してくれたんだ。しかも盗品の値段を上げるサービス付きでな。
普通に考えて海の上なら逃げ道はないからな。警察と示し合わせて計画した可能性もある」
この中でも唯一勘が働くじーさんが、怪訝な顔で問う。
「タカ……、それはダークを捕まえる罠という事にはならんか? 彼等の懐に入るという事じゃろ、向こうの事前準備も万全じゃろうし、大分リスクが上がる気がするんじゃが……」
「その通り。でもそれもただの知恵比べだ」
俺は、ほくそ笑んだ。
「俺たちが勝てば、長井も警察もまとめてその鼻を折る事ができる。とても面白いショーになりそうだ……、これは世間から更に注目される怪盗劇場になる。この勝負、受けて立とうじゃないか」
俺が自信たっぷりに言ったのを見て、皆も顔を綻ばせる。
「なんか、タカが言うと大丈夫な気がする」
「そうじゃの。司令塔がハッキリした態度だと、安心するのぅ」
「オレはその顔ムカつくけどな」
「長井をギャフンと言わせヨ!」
一人余計な事を言った奴がいたが、乗せられるな。無視だ。
「この記事の事柄……、船の出港時刻やピンクダイヤモンドの存在、府知事就任予定の田中氏のこと等、全て事実であることは確認済みだ」
「ちなみにオレが確認した」
「分かってるよまさかりさん」
「今から各々、期日までに準備してもらう事柄のメモを渡す」
俺はまさかりさん、エリンギ、じーさんにそれぞれメモを渡す。
3人はすぐにメモに目を通した。
「……あの、おれには?」
「おれももらってないっ!」
けいはともかく、ひかるまで悲しそうな顔をする。
「ひかるは言った。ひたすら筋トレしておけ」
「えぇー……。いいよ。どーせおれは朝飯だけをひたすら作っとくよ」
「マーマー。すねないでヨひかる」
「エリンギに励まされてもなぁ……」
おれはおれは?
と、けいがしつこく問い詰めるので、渋々答える。
「……そう。一番の問題はお前なんだよ」
「えぇ? なになにっ?」
……問題だと言っているのに、何故目を輝かせるんだ。
「お前は縛る練習をしなければならない」
「しばる? なにを?」
「俺を」
「……ぅええっ?」
まさかりさんが飲んでたジュースを吹き出した(流石に作戦会議中は禁酒している)。
「プッ……、んな、何ステキすぎるM発言しちゃってんの? 高英くん」
「うっさい黙ってまさかりさん。真剣なんだってば」
俺はまさかりさんを歯牙にもかけずに続ける。
「詳しいことは後で話す。じーさんも俺が縛るからな」
「わしも?」
「あとじーさん。他人を変装させることは可能だな?」
「もちろん、元はコスプレイヤー向けにメイクしてたからのう。しかし今回は、前回よりえらい変装リストが増えるのぉ」
じーさんに渡したメモには、変装リストが書いてある。
「船中で2回、違う人物に入れ替わることになる。出来るな」
「出来ること前提で聞いてるぜ、じーさん」
「手厳しいのぅ。まぁやってみせようじゃないか」
じーさんがそう言うのを確認して、俺は畳から立ち上がって自分のベッドに一度上る。
そこから見取り図を取り出し、卓袱台に広げた。
見取り図にはダーク及びDKの行動ルートを示した線を、分かりやすく色分けして引いている。
「オォ……! さすが豪華客船だネ!」
「おっきいなー。迷わないかなぁ」
「けいはほぼ俺やじーさんと行動を共にするが、ひかるは全て単独行動だ。マップは全て頭に詰め込んでおけ」
「えぇ……、大丈夫かなあ……」
「お前は筋トレしかやる事ないんだから、死ぬ気で覚えろ」
「はい……」
ひかるはしゅんとして肩を落とした。
「それじゃあ作戦を説明する。質問は全て後で受け付けるから、黙って聞いていろ」




