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21.どうか死なないで

 


 事件からおよそ2週間後。

 結局ひかるは傍観する事しかできずに、鬱々と時間だけが過ぎて行っていた。


「あ」


 平日の、夜9時を回った頃に気付いた。

 家に鉛筆がない。明日の模試はマークシートだから、鉛筆がいる。


 ただそれを買いに行くだけの理由で、ひかるは家を出た。コンビニは歩いて5分の場所にある。その道中に、海岸のすぐ横を通る。

 街頭はまばらで、薄暗い。


 ひかるは少し早歩きで、用事を済ませた。

 その帰り道だった。


 海岸の隣の道を歩いていると人影があって、思わず足を止めた。

 その人影は、『危険! 立ち入り禁止』の看板の先に立っていた。

 しかし見た所、子供ではない。


 人影は、崖の上に立ってただ下の海を、眺めていた。

 落ちたら助からないかも知れない。それにも関わらず、人影は一歩ずつ海に近付いて行く。


 ぞわりと、背中を走る緊張。

 嫌な予感がする。

 周りに他の人間はいない。


 ひかるは看板の所まで駆け寄った。人影との距離は、10メートル程だろうか。

 その後ろ姿に、息を呑んだ。


 よく、知ってる人だったから。


 だから一瞬、様々な考えがひかるの中で起こり、躊躇してしまう。

 だけど、すぐに吹っ切れた。

 その人が今にも、どす黒い闇の中に飛び込もうとしていたから。


「糸原先輩ッ!!」


 叫ばずにはいられなかった。


 ひかるが叫んだ瞬間、タカはビクリと肩を震わせて驚いた。

 振り返って、目が合う。


 その顔に、ひかるは息ができなくなるくらい胸が苦しくなった。

 暗くてはっきりとは分からなかったが、あまりにも疲れ切った顔をしていた。

 他人を威嚇するあの鋭かった眼光も、今は見る影もなく光を無くし暗く霞んでいた。


 大切な人が突然他人を殺し、処刑されて、日本中に晒し者にされて。正気でいられるわけが無い。

 この2週間、一体この人はどんな思いで過ごして来たのだろう。

 今日が、限界点だったのか。

 この人の苦しみが、孤独が、絶望が……、ひかるの想像を遥かに超えていて、分からない。


「あ……」


 ひかるは言葉を失った。


 タカは、ひかるの元へと歩いて来た。

 そして掠れた声で言う。


 何もしてない

 ただ、眺めていただけ


 目も合わせずにそう言うと、タカは歩いて行ってしまう。


 どうしよう。

 どうしようどうしようどうしよう!


 絶対このままほっといたら、この人は死んでしまう。

 別の場所で、たった1人で……。


 でも、どうしたらいい?

 わたし、何も知らない……。

 何か言葉をかけてあげられる権利なんてない。何か言っても、彼の心には残らないだろう。

 どうか死なないでなんて、考えなおしてなんて、簡単に言えない。


 そう考えている間に、タカの背中が少しずつ小さくなって行く。

 目頭が熱くなる。息が苦しい。


「……い、糸原先輩」


 ひかるは震える声を、何とか絞り出した。

 タカは足を止めて、振り向いてひかるを睨んだ。


「……何」

「え……、っと……」


 何かいい具合に言えないものかと、必死に頭を働かせる。

 涙が落ちそうになるのと、鼻を啜るのを堪えた。


 しかしひかるにはもう、どうしようも出来ない。

 もう、誰かに頼るしか。


「優輝先輩が……」

「……優輝?」

「っ……さ、探してました、……糸原先輩を」


 咄嗟に嘘をついた。そう言うしかなかった。


 タカは自分の携帯を見た。当然、メッセージや着信がある筈もなく。

 タカは怪訝な顔をして、再びおれに問う。


「何処にいた」

「……っと、あっ。中央公園、です。た、確か。あ、あの、探してみて、もらえませんか……?」

「……」


 しばらく沈黙の後、タカは無言のまま踵を返した。

 そうして歩きながら、背中ごしで、苛立ちを隠さずにわざと大きな声で言った。


「どうして探すのに、何も連絡を寄越さないんだろうな」

「っ……」


 ひかるは、地面に崩れ落ちた。


 自分には何も出来ない。

 こんなに心配して助けたいのに、何も……。


「っ……、うぅ……っ」


 涙でタカの後ろ姿がぼやける。

 ひかるはしゃがんで、嗚咽が聞こえない様に必死に押さえ込む。


 その時、タカがポケットから携帯を取り出したのが見えた。


 ――まずい、優輝先輩に電話かけるつもりだ。


 ひかるは焦って優輝に電話をかけた。

 呼び出し音が鳴ってる間ほど、緊張したものはない。


「もしもーし。どした光里?」

「先輩……っ」


 優輝先輩の声が聞こえて、心から安堵した。

 同時に前方で、タカが携帯を耳から離すのが見えた。


「優輝先輩ッ! 糸原先輩を助けて!!」


 優輝はハッと息を呑んだ。

 ひかるは嗚咽混じりに、早口で先程の出来事を説明した。全て説明し終わる頃には、タカの姿は見えなくなっていた。


「……分かった。中央公園か……、激チャして15分だな」

「15分……」


 タカの足なら、5分程で着いてしまう。間に合わない。

 自分の嘘の下手さに、うんざりする。


「先輩ごめんなさい……っ、私何も……」

「いや、ありがとう。時間稼ぎになった。わり、電話切るぞ」

「はい……」

「またかけ直すから」


 通話が切れて、一瞬忘れそうになった現実に引き戻される。


 ――どうしよう。

 どう考えても糸原先輩の方が、先に公園に着いてしまう。

 あの状態で優輝先輩を探してくれるだろうか。……いや、探す筈がない。

 最悪公園にも行かずに、また同じことを繰り返すんじゃないか。


 心配だ。

 やっぱりもう一回、優輝先輩が来るまで引き止めた方が……。


「うわぁぁ……っ、あああぁ……っ」


 ひかるはその場に崩れ落ち、慟哭した。


 あの人が、怖い。

 ……好きだから、怖い。


 追いかけたとしても、どうせ、何も出来ない……。

 冷たく睨み返されて、それで終わりだ。


 優輝に全てを託して、ひかるは暫く、その場から動けずに泣き続けた。


 そして数十分の後に優輝から電話があり、タカの無事を知ったことで、ひかるはようやっと安堵し立ち上がった。

 しかし何もできなかったという自責の念は、ひかるの胸にいつまでも残った。





___________





 3月――


 あれから一度も見ぬまま、タカは卒業していった。

 優輝によるとタカはあれ以来自ら命を投げ出す様なことをしてはいない、とは聞いていたが、ひかるの気持ちはいつまで経っても晴れなかった。


「えっ! 糸原先輩東京に行くんですか!?」


 ひかるは突然聞いた優輝の話に、目を丸くした。


「進学ですか?」


 大学入試試験は受けてないって噂だったけど……。


「いや、違う」

「え、じゃあ……」

「うーん……、オレの口からはちょっと言えねーかな。ごめん」

「あ……」


 ――わたしはこの2人の仲に踏み込めない。踏み込んじゃいけない。

 優輝先輩の口が堅いからこそ、糸原先輩はこの人を親友に選んでるんだ。


「でも、一人暮らしは、この前のこともあったし心配です……」

「あー。それは大丈夫。シェアハウスするから」

「シェアハウス……?」

「他人との共同生活。一つの家に一緒に住むんだとよ」

「……えぇー!?」


 あ、あの他人嫌いの糸原先輩が!?

 何で? 性格の改心?


 ひかるは聞きたい衝動をぎりぎりで抑えた。


「一緒に暮らす人がどんな人間かはオレもよく知らねーけど、まぁ少しは安心してるよ? オレは」


 にこやかに話す優輝だったが、ひかるの気持ちは相変わらずモヤモヤしている。


「先輩、どうしたらいいですか……?」

「え?」

「わたし、糸原先輩が海に飛び込もうとした時、何も出来なかったことが凄く悔しくて……」

「そんな事ねーって! 光里が止めてなかったらアイツ本当に死んでたから!」

「でも……、今度はちゃんと糸原先輩の力になりたいんです。じゃなきゃこのままじゃわたし、一生後悔する……」

「光里お前、そんなに高俊のこと……」


 優輝もひかると一緒に真剣に悩んだ。

 そしてしばらく経って、ひかるがぽつりと出した言葉。


「……追っかけます」

「追う? 近くに住むってことか?」

「“他人との共同生活”ですよね」

「……お前、まさか」


 優輝も察したらしく、ひかるは頷く。


「や、でも! 確か女禁止だって聞いた様な……」

「じゃあ男装します」

「うぇぇ!?」

「さすがにウザがられると思うんで、……藤原光里という人間は捨てて行きます」

「いや、いくらなんでもバレるだろ顔! その髪切ったとしても」

「糸原先輩にとっては、私の存在なんて空気でしたから。大丈夫です」

「空気って……なぁ」


 優輝は困ったように頭を掻いた。


「でも光里。男装して行くってことは、高俊はお前を女として見てくれないってことだぞ? それじゃお前、何のために追うのか分かんねーじゃん」

「別に、結ばれたいとか思ってるわけじゃなくて。わたしはただ……、先輩の力になれればそれでいいです」


 ただ、タカの笑顔を取り戻す事ができれば。

 わたしが彼を、もう一度笑わせたい。

 それがひかるの夢だ。


 優輝は鼻からゆっくり息を吐いて、


「オレもそーゆー恋愛してみてーな」


 皮肉混じりに、笑って言った。






___________

___________






 俺の横でベンチに腰掛けているひかるは、考え事をしながらも何故か少し笑っていた。


「……ひかる」

「あ……、うん?」

「気色悪いな。ニヤニヤして」

「え、ニヤニヤしてた?」


 俺は未だにニヤニヤ顔のひかるを無視して、開いていた本を閉じた。

 ……というか、ずっと横にいられたんじゃ集中して読書できないだろ。

 俺はベンチから立ち上がり、スタスタと歩き出す。


「帰る」

「え、じゃあおれも」


 ひかるは小走りで、先に歩く俺に追いつく。


 ……しかし、何でこいつはこんなに俺にまとわりつくのだ。

 気色悪いなんて言われたら、女は傷つくものだろう。普通。

 今まで近付いて来た人間には、そうやって冷たい言葉を浴びせて遠ざけていたのに。


 いずれは、こいつだって切り捨てる可能性がある。


 だからもう自分の心の許容範囲に、優輝以外誰も入れたくない。

 情に絆されてしまえばダークをしている以上、自分が傷つくのが目に見えている。


「……考えた」

「え?」

「次のダーク。如何にしてけいを使うか」

「つ、使うって言い方はやめてよ」


 2歩後ろを歩くひかるを一瞥する。


「前回と違って準備期間が長くなる。早く作戦を図面にまとめてしまいたい。

 お前は、何も考えずひたすら筋トレをしてろ」

「……はーい」


 ひかるは若干、ふて腐れて返事をした。



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