20.わたしだけが知ってる
2072年4月
タカとひかるがさくら号に来る約一年前。
2人は元々東京から離れた地方都市に住んでいた。
ひかるがタカ――糸原高俊のことを知ったのは、同じ高校に入学して陸上部に入った時だ。
タカは長距離で種目は違えど、3年の先輩。
ひかるのタカに対する第一印象は、かっこいいなと思った。しかしそう思ったのは、ひかるだけではなかった。
初日の部活を終えると、一年の女子はタカに群がる。
「糸原先輩。彼女いるんですか?」
「連絡先交換しませんか?」
ひかるはそれを遠目で見ていて、次の行動には驚いた。
飛び交う黄色い声に、タカはぴしゃりと雷を落とした。
うるさい、寄るな。と。
その氷のような形相に、誰もが固まった。
そしてタカは、どけ、と誰とも目線を合わせずに場を去るのであった。
……そう、せっかくの顔と頭脳を持ち合わせているのにも関わらず、彼は常に孤高の存在であった。
タカは学校では、いつも一人だった。
しかしそんなタカにも、一人だけ親友がいた。
長谷川優輝。
気さくで裏表がない人で、明るくて面白くて、いつも輪の中心にいるような人物だ。
タカと真反対の性格と言える二人だが、幼馴染らしくタカは彼だけとは普通に会話する。
優輝も同じ陸上部ということもあり、ひかるはそんな人当たりの良い優輝とすぐに打ち解けた。
「よぉ光里。お前最近どーよ? 彼氏出来た?」
「それ、昨日も聞きましたよね。一日で変わるものじゃないです〜」
冗談混じりに会話が進んで、話はタカのことになった。
「先輩は、どうやって糸原先輩と仲良くなったんですか?」
「あー? もしかしてお前も高俊狙ってるのか?」
「いやいや、違いますよ。ただ性格が正反対な糸原先輩と優輝先輩が仲良いのが、意外だなーって」
「そうか? 確かに傍から見たらアイツは冷たい人間に見えるかもしれねーけど、実は面白い奴だぞ高俊は」
「え……。そうなんですか?」
「おぅ。頭いいくせに変なところは不器用だから、イジりがいがあって楽しい」
「糸原先輩を……イジる?」
「あっ、これ言ったこと内緒な。アイツそういうキャラで通してないから」
優輝は笑って言った。
……意外すぎる。イジられてるタカなんて、ひかるには全く想像がつかなかった。
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ひかるは、タカや優輝と帰りの電車が同じだった。
たまたま同じ車両に乗り合わせて、タカと優輝の斜め向かいに座った。
ひかるに気付いた優輝が、小さく手を振る。ひかるはそれに会釈する。しかしタカはひかるを一瞥して、すぐに目を背けた。
空いた車内に、響く電車の走行音と2人のひそひそ声。
ひかるはイヤホンで音楽を聞いているフリをして、二人の会話に集中する。
「どうした優輝。今日は幾分機嫌がいいんだな」
「まーな。また今日告られた」
「最近月1のペースだな。お前彼女もいないくせに、どうしていつも断るんだ」
――うわ、糸原先輩が普通に会話してる。
そのタカの表情をこっそり盗み見る。
いつも無表情なあの人が、薄くニヤニヤと笑っていた。
びっくりした。
「そりゃお前、好きでもないヤツと付き合えるかよ?
つーか高俊こそ。寄って来る人間は星の数程いるだろうに。突っ返さなくても」
「女には興味ない」
「お前の興味は親父だけか。お前最強のファザコンだからなぁー。あっはっは」
「気色悪い言い方をするな。家族想いと言え」
面白可笑しい会話に、ひかるも思わず頬が緩んだ。
糸原先輩も笑うんだ。冗談が通じるんだ。
てっきり感情のないロボットみたいな人だと思ってたけど、違うんだ……。
ひかるは、この帰り道でタカの顔を見るのが楽しみになった。
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時は進み、夏。
ひかるは1年生でありながら全国大会――インターハイの出場を決めた。
他に3年生も数人出場を決めたが、タカと優輝は出場がかなわなかった。出場する人もしない人も、3年生はインターハイが終わると引退だ。
そして今日は3年生は最後の部活の日。今日限りで2人は部活に来ないから、早い電車で帰ってしまうだろう。
だからひかると2人が一緒な電車は、今日が最後。
「この電車も今日が最後かぁー」
ひかるが心の中で呟いたことを、優輝がため息混じりに言った。
「最後だぜー? たかとしぃー」
「……そうだな」
タカは外の景色をぼんやり見つめながら、突然ぽつりと言った。
「優輝。ラーメン食いに行こう。今から」
「おぉ。おぉ?」
「親父と3人で」
「高成さんもか! そりゃいい! おごってもらえるしなー」
『高成さん』
前々から、2人の会話に度々出て来る人物だ。
話を聞いてる限り、タカのお父さんらしい。
「で? 何で突然ラーメン食いに行きたくなったんだ?」
タカは何かを思い出した様に、ふふっと笑った。
「昨日親父が、『ラーメン食いたい。あー今週中に食わなきゃ死ぬ。ラーメン中毒で死んじまう』と昨日、そばを食った後に言ったのを思い出した」
「ははっ! 高成さんらしー」
お、お父さんってそんなキャラなんだ……。
タカは心底楽しそうに続けた。
「親父はラーメン食いすぎなんだよ。職場の飲み会もよく行ってはベロベロになって帰ってくるし、俺はあの人が生活習慣病で死なないか心配なんだ」
「いや、じゃあラーメン誘っちゃダメだろ」
「今日は俺が食いたい気分なんだよ。部活、何も爪痕残せなかったのが……こう、むしゃくしゃするし。お前も色々愚痴を言いたいだろ」
「それはそうだ。じゃ、どこのラーメン屋行く?」
へえ……糸原先輩のお父さんって、ちょっとだらしない人なんだなあ……。
でも愛嬌があって、愛されキャラなのかな?
何だか話だけ聞くと似てない親子だけど、その凸凹なのが逆に居心地がいいのかもなあ……。
お父さんの話をしているタカは、何だかいつも楽しそうで、ひかるはその顔を見るのが好きだった。
最後の電車は本当に、いつも通り取り留めのない会話で終わって行く。
そしてひかるは、結局最後の最後までタカに話しかける事が出来なかった。
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その後、部活の接点をなくしたひかるはタカを見かける事は殆どなくなった。
たまに廊下ですれ違うか、図書室で見かけるかくらいで、あの時電車内で見せた笑顔は嘘だったかのように、タカはずっと無表情だった。
しかし、一度だけタカの笑顔を見れた。
ひかるはよく覚えている。
12月2日。――国会事件の前日だった。
たまたまひかるは友人達と焼肉を食べに来ていたところに、少し離れた席にタカがいたのだ。
タカは40代半ば位の男性と一緒だった。
たぶん、あれがお父さんだったんだろう。
ひかるの席からはお父さんは背中しか見えず顔は分からなかったが、タカの顔はハッキリ見えた。
それはそれは、穏やかに、楽しそうに笑っていた。
会話の内容は分からなかったが、ひかるは友人達の会話も耳に入らなくなるくらい、タカのその顔を見ていた。
――ああ。いいなあ。
糸原先輩は、お父さんの事が大好きなんだ。
そしてこの人は、自分が心を許した人にだけ笑顔を見せる。本当は、とても情が厚くて暖かい人なんだろうな。
そしてその事は、たぶんわたしだけが知ってる。
いつかその顔を、自分にも見せてくれたらなあ……。
なんてひかるは思ったが、今の今まで自分はタカと挨拶程度の会話しか出来ていない。
無理だろうなあと諦め半分だった。
ひかるはそのタカの顔を、しっかり脳裏に焼き付けた。
ひかるはこの日以来、タカの笑顔を一度も見ていない。
そして翌日、“12月の国会事件”が発生する。
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2072年12月3日
ひかるが“12月の国会事件”を知ったのは、ネットニュースだった。
犯人の名前が“糸原高成”と報道されていて、ひかるはすぐにタカの父親だと悟った。
そんな。信じられない。
タカは、まさかこの事件が起きる事を知っていたのだろうか。――いや、知っていたら昨日、あんなに穏やかに笑って食事なんて出来ないだろう。
たぶんタカも、何も知らなかったのだ。
ひかるは、タカの境遇を想像しただけでゾッとした。
タカにとってお父さんは、笑顔を見せられる程の大切な人だったはずだ。
なのに突然殺人を犯し、数日後に処刑されるなんて。しかもその日から自分も“殺人犯の息子”として生きて行く事になる。
タカは、お父さんが殺人を犯した理由を知ってるのだろうか。
どんな理由であれ、自分だったら……とても堪えられない。それこそ、跡を追いたくなるかもしれない……。
ひかるは、タカのことを凄く心配に思った。
しかしひかるはタカの事を一方的に想うだけで、タカはひかるの事など知らない。
ひかるには、どうする事もできなかった。
その日からタカは、一度も学校に来なかった。




