表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/156

19.不可解な女たち

 


 5月も終わりに近付いた。


 五月晴れの空の下を、俺はカバンを持って歩いていた。中には数冊の本が入っている。今先程、近くの図書館で借りたものだ。


 本来なら、この時間は大学で勉強に費やしている筈だったのだ。

 ただ金がないから進学を諦めた訳ではない。進学の為に親父が貯めてくれていた資金を切り崩して、今慎ましく生活している。

 大学に行く意味を、見出すことが出来なくなったから。親父が……死んでから、一度は生きる意味さえも、見失った。


 ……あぁ、そうだ。国会事件の後。2週間経ったくらいか。

 俺は絶望の最中にいた。

 そして今思えば、あの時あの場にたまたまひかるが通りかかることがなければ、きっと今ここに俺はいない。

 ダークも存在しなかっただろう。


「タカー!」


 歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声がして振り返る。

 けいが走ってやって来る。その後から、買い物袋を持ったパワフルがゆっくり歩いてやって来る。


 ……パワフル。

 さくら号にはたまにやって来る。男ばかりのむさ苦しい空間を、綺麗にする為に。

 だが、何故だろう。俺はコイツに好かれていない……どころか、激しく嫌悪すらされている。理由はわからないが。だから俺との会話は殆どない。


「何してるのー?」

「見ての通り、散歩」

「暇なの? キャッチボールしない?」

「暇じゃない。散歩してる」


 パワフルが、俺の前に腕を組んで立ちはだかる。


「久しぶりね。ちょうどあなたに話があったのよ」

「話?」


 俺はパワフルの顔を窺う。

 あだ名の通り威圧感がある。口は笑っているが、目は笑っていない。


 ……この女、どうも苦手だ。何故か腹の中が探れない。


「木谷高英くんにお願い。さくら号から、出て行ってほしいの」

「はぁ!?」

「何で!?」


 俺だけじゃなく、けいも素っ頓狂な声を出した。


「言う人を間違えてないか? 家賃ならちゃんと滞納せずに払っているが?」

「総志くんからはこの前一括返済してもらったわよ。何か大金が手に入ったらしくてね」

「何故だ。いくらアンタがさくら号の大家でも、正当な理由がなければ拒否する」

「そう。追い出す事は出来ないから、こうやってお願いしてるんじゃない」

「だから、その理由は」

「あなたの事が嫌いだから」


 ……は?? 何だそれは餓鬼か?

 呆気に取られて、言葉を一瞬失った。


「お母さん! おれはタカの事が大好きなの! 追い出したら絶対嫌だよ!」


 俺の代わりにけいが目を吊り上げて怒った。

 パワフルはそのけいを見て、失笑した。


「ケイトの前でする話じゃなかったわね。じゃあ単刀直入に聞くわ。さくら号に入居した理由は何?」

「……」

「人嫌いのあなたが、シェアハウスなんて選択するなんておかしいと思って」


 俺がパワフルを黙って睨んでいると、パワフルは笑って目を逸らした。


「……言うつもりも、出て行くつもりもないのね」

「ない」

「それなら、ケイトと関わらないで欲しいの」

「関わって来るのはコイツからなんだが?」

「お母さん! 怒るよ!」


 けいがパワフルを叩く。本当に怒っている。


「……ごめんねケイト。じゃ、忠告したわよ。行きましょう」


 ……忠告?


 そう言って、パワフルは踵を返して去って行った。


「え〜? おれはタカと遊んで帰ろうかな?」

「遊ばない。帰れ」


 俺もパワフルとは反対の方向へ、歩き出した。


「えー……、またねタカ〜」


 何なんだあの女。本当に意味がわからない。

 入居を決めた時はあんな態度取られなかった。なのに、住み始めてから豹変した。俺は何もしていないのに……。

 しかもさくら号で、俺ばかりが目の敵にされている気がする……。家賃滞納しているまさかりさんはさておき。


 困った事にはなったと思っている。

 俺がさくら号に住み始めた理由は、パワフルお前なんだよ。






___________






 パワフルと会話して非常に嫌な気持ちにはなったが、依然として良い天気ではあったので、俺は予定通り公園のベンチに腰掛け本を読み始めた。


 俺の事が嫌いだからさくら号から出て行け? 理由が幼稚すぎて笑わせてくれる。無視だ無視。

 せっかくダークが軌道に乗り始めたのに、それを手放す手はない。


 暫くすると、向こうで誰かの足音が聞こえた。

 見知らぬ制服の女子高生。俺はまたすぐに視線を本に戻す。

 が、思い直して再びそいつに焦点を合わせた。


 あいつ……!


 胸の辺りまである長髪は、西日を浴びて茶っぽくなっている。

 細身のそいつは、重そうな黒いエナメルバッグを背負って、公園の公衆トイレへ入って行った。

 ……俺の存在には気付いていない。


 ……よし。


 俺は公衆トイレから一番近いところにあるベンチに移動して、そこで本を開く。

 随分長い時間が経過して、女子トイレから出て来たのは学ランを着た一見男子生徒だった。

 髪の毛が一瞬で短くなった……、しかし顔でそいつが同一人物だというのは一目瞭然だった。


 あいつ、どうやって学校通ってんのかと思えば、こんなところで毎日……。


「おい、ひかる」


 ひかるは俺に気付くなり、目を見開いて息を飲んだ。


「た、タカ……!」

「随分長い便所だったな。藤井ひかる」

「ち、ちが……っ!」

「それとも、藤原光里(ふじはらひかり)と呼んだ方がいいか?」

「や……。ひかるでいいです……」


 鼻で意地悪に笑う俺を、ひかるは何とも言えぬ表情で見た。


「な、なんでここに」

「読書に打って付けの場所だから。

 お前こそ、毎朝朝練だとか言って早くさくら号を出るのは、そこで着替える為か」

「あはは……」


 笑っているけれども笑えない顔をして、ひかるは俺の隣に腰掛けた。

 敢えて俺との間隔を、ヒト一人分開けて。


「髪の毛は? お前の髪は自在に伸びたり縮んだりするのか?」

「はは、まさか。つけ毛しただけだよ」

「学ランは? 買ったのか」

「お兄ちゃんの。校章とか違うけど、タカたちにしか見せないからバレないじゃん」

「学校では藤原光里として過ごしてるんだな」

「……うん」

「へぇ」


 一度、そこで会話が途切れる。

 弱く生温い風が、少し俯くひかるの短い髪を揺らした。

 ひかるは何処か落ち着かない様子だ。


「……で?」

「……で、って?」

「どうして男装してまでさくら号に?」

「う……それは……」


 少し長い沈黙の後。


「……言わない」

「何故?」

「言いたくないから」

「……理由になってない」

「ほ、ほっといてよ。タカだって言わないくせにさ」


 そう言って、ひかるはそっぽを向いてしまう。


 ひかるが転校した高校を少し調べてみたことがある。

 ……が、特にこれと言って魅力的な何かがあるという訳でもなく。

 陸上に至っては前の高校よりも成績は劣っているというレベルだ。

 たぶん単純にさくら号から近くて、自分の学力に見合った高校を選んだだけなのだろう。


 ……ならば、可能性として。

 やっぱり俺を追って来たのか?

 いや、そうだとしても何故だ?

 俺を追うことでこいつに何のメリットがある……?


 ひかるは遠くを見つめていて、何か考えごとをしている様だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ