18.バカとハサミは使いよう
「い、いいの……? いいのいいの?」
他の4人の心配とは裏腹に、けいは目をキラキラと輝かせて俺を見た。
「ただし、どうして俺がお前をダークに引き込む必要があるのか。はっきり言うぞ」
「え……?」
「同じ罪を被り、お前の口が外部に漏れないようにするためだ」
俺を見上げ、口を半開きにするけい。
「ダークをやるということは、即ち犯罪者の仲間入りをするということ。つまりダークのことを他人に言いふらすことは、自分の首を絞めることになる。分かるな」
「う、うん……。言わなければいいんだよね?」
「言えばお前はともかく、俺たち全員死ぬと思え。大袈裟じゃないぞ。俺達が闘っている長井は、3日で犯罪者の死刑を執行させた前科があるからな」
「わ、わかった……」
俺の脅しかかった声に、けいは初めて不安な表情を見せた。
「おい高英、ジョーダンだよな?」
まさかりさんが苦笑いで言う。
それを今聞くアンタは本当にバカだな。「冗談だ」なんてけいの前で言ったら、話が振り出しに戻るだけだろ。
……もうこうなったら、とことんコイツを利用させてもらう。
「時にけい、お前の特技は? 才能は?」
「え、才能?」
「何か持っていなければ当然役割を与えない。お前をただのマスコットにしたままで、ダークの情報を与える訳にはいかない」
「えぇ、えー……」
懸命に悩み始めるけい。
そして数秒経って、はっとした様に言った。
「おれ、泣きマネ出来るよ!」
一瞬、皆ポカンとする。
「泣きマネ……?」
「うん。やってあげようかー?」
「や、後でいいよ……」
俺は少し思考した。
「……有りだな」
「アリなの!?」
「いいだろう。次の作戦に組み込んでおこう」
「やったー!」
「子どもらしくていい。けいは“子ども”として色々活用出来る」
「こどもとしてがんばりまーす!」
「ダークにそんな要素必要なノ……?」
「流石、タカが考える事は一歩先をいって読めんのう……」
「タカ! ありがとう大好き!」
けいは突然俺に抱きついてきた。
俺はそれを力づくで引き剥がす。
「そうと決まれば早く帰れ。時間見ろ」
全員が壁の時計に目を移すと、もう9時を回っている。
「げっ、早く帰れけい! じゃなきゃオレたちが殺されるんだよ、パワフルに」
“パワフル”とは大家の……けいの母親のあだ名である。
女性であるがこの威力のあるあだ名は、まさかりさんが嫌味を持って付けたらしい。まさかりさんは家賃をしばしば滞納する為、彼女に激しく取り立てられているのである。
だが他の奴らもこのあだ名にしっくり来ており、皆彼女をパワフルと呼んでいる。そして本人も最初は眉を顰めていたが、もう慣れたようだった。
「はーい。みんな今日はありがとー!」
「送るヨ」
「待てエリンギ、言っておきたい事が」
「うン?」
俺はエリンギを引き留めた。
「お前にその内、警察が訪ねて来る。ダークの件で」
「エェー!? 何デ!?」
「警察は今ほとんど手掛りがないからな。藁にもすがる想いで、パーティ客に聞き回るだろう。無論、マイケル・エレンジも例外なく、だ」
「ウソ……」
顔が青白くなるエリンギ。いや、元から白いが。
「下手な嘘はつくな、なんて言われなくても分かってるだろうな。帰ってきたら上手い言い訳を考えるぞ」
「ウッ……、ラジャー……」
青白い顔のエリンギと、ニコニコのけいは共にさくら号を出て行った。
「タカ、もしかしてもう2回目の作戦考えてるの……?
けいをダークに組み込める作戦を……」
ひかるが問うのに対し、俺は鼻で笑う。
「まだに決まってるだろ」
「だ、だよね……」
「だが、足踏みしている時間はない。次はもっと大きな盗みをするぞ」
「ねえ、あまりけいを酷使しちゃダメだよ……?」
「しない。所詮アイツはオマケだ」
重要なのは、お前ら4人の力だ。
初回のダークで確信出来た。次も行ける。
この天才達を、俺が上手く使いこなせば。
___________
ダークから4日が経った。
世間がダークの話題から少し離れて来たこの頃、再びダークの件のニュースが飛び込む。
貧困者の支援団体に、ダークの名で4,000万の寄付があったことだ。これによりダークは“ただの窃盗犯”から、“弱者を救うヒーロー”になった訳だ。
この件でダークは、一気に庶民達の心を掴んだ。少なくとも日本国内では、賛否の有無は無しにしてダークの名を知らぬ者はいない程になっただろう。
これで、“奴”からアクションがあれば良いのだが。
ここまではおおよそ、俺の計画通りに事が進んでいる。
ところがこの日。俺が昼飯を買いに出て、さくら号に帰って来た時だ。
さくら号の前に普通乗用車を停め、俺はちょうど2人の男が降りるのを目撃したのだ。
2人の内一人は、誰だか分かった。
青山春樹。
まさか本当に青山自身がやって来るとは。
青山ともう一人は、中には入らず、さくら号の引き戸の前で何かを話し込んでいた。聞き耳を立てると、一言だけ聞こえた。
「本当に、こんな所に住んでるんすか……?」
あぁ……、それは真っ当な疑問だ。
世界的大企業の御曹司が、こんなちんけなルームシェアに住んでるのは本当に意味不明だ。
しかしその理由は想像がつく。
アイツは本当に、小心者で寂しがりやだ。それ以上の理由はたぶん、ない。
少し青山と会話してみたいという興味があった。
俺は彼等の方へゆっくりと近付いた。
「え……?」
俺に気付くなり、一瞬驚いた様子の青山。
その顔を見て、一瞬俺の偽名を聞いた時のひかるの反応を思い出した。
何だその、不自然な表情は……。まさかいきなり、ダークとバレた訳じゃあるまいな。
いや、そんな筈がない。顔の半分を仮面で隠してたし、肉声だって聞かれていない。
「あ、ここに住んでる人すか?」
もう一人が尋ねる。
「そうですが、何か」
「……」
俺の顔をただ凝視する青山。
バレていない自信はあるが、さすがに心臓が高鳴り始める。
青山は、我にかえって言った。
「警察の者ですが。ここがマイケル・エレンジさんの住所で正しいですか?」
「そうですけど」
「すみません。エレンジさんを呼んで頂けますか」
俺はフッと笑った。
「不思議ですよね。あんな金持ちが、こんな所に住んでるなんて」
2人は、苦笑いした。
青山がどれ程の器量の男なのか興味があったが、この場で会話を引き延ばすのは無理そうだ。
俺はさくら号の中に入った。
「あ、おかえりー」
「おかえリー」
引き戸の開閉する音が聞こえ、顔を覗かせたのはひかるとエリンギ。
「エリンギ、来たぞ」
「エ?」
「青山たちだ。やはりお前と話がしたいと」
「エェー! 今!?」
「そう。今」
どうしようどうしようと、落ち着きなく歩き回るエリンギ。
「バカ、落ち着け。挙動不審だと余計に怪しまれる」
「だっテェ……」
「エリンギ! 自然体が一番だって!」
ひかるがバシバシとエリンギの腕を叩く。
エリンギは不安な表情のまま、玄関の戸を開けた。
「こんにちワ……、エレンジでス」
「初めまして……、ではないですね。警視庁の青山です」
「あ、中林っす」
青山の言葉に、一瞬ヒヤリとするエリンギ。
しかしじーさんに確認したところ、会釈程度はしたかもしれないが、会話はしていないと。
そもそも誰が青山なのか、じーさんは認識できてなかった。
俺とひかるはそのやり取りの様子を、こっそり垣間見る。
ひかるが耳打ちする。
「タカ。あの中林って人、“謎の2人組”が襲った人だ」
「何?」
そうか。俺はあの時あの男の背中しか見ていなかったが、ひかるはずっと正面を向いてたから分かったのか。
だとしたら、声を判別する為に同行したのだろう。しかしあの時じーさんの変声術で声を変えていたから、抜かりはない。
「先日の怪盗事件で、お伺いしたいことがありまして。あの日あなたが首相公邸のパーティ会場にいたのは、間違いないですね?」
「アー……、ハイ」
それを確認すると青山は、パーティ会場の見取り図を取り出し、照明が消えた時点でエリンギがどの位置にいたかを聞く。
エリンギの表情が曇る。エリンギは実際あの時会場には一歩も入ってない訳で、じーさんしか知らないことなのだ。
「……ッ」
「……覚えておられないですか」
「ア……、ハイ」
「大体でいいんですけど」
青山の目が密かに、鋭くなる。勘が鋭い男なら、この不自然が分かるだろう。大体なら、深く考えなくても大体でいいのだから。
よく考えてみろエリンギ。
客の目を眩ませ明順応するまで、30秒未満が盗みのチャンスだった。従ってじーさんは、可能な限り夫人の近くにいた筈だ。
「じゃア、ここデ」
如何にも、『選びました』という言い方が気に食わなかったが、まぁおおよそ俺の思う通りの場所に指を置いたようだ。
「はい……分かりました」
青山の口調は特に変化ない。
隣で盗み聞きしているひかるも、心配そうな顔をしていた。
それからもエリンギと青山のやり取りは続いた。聞いていて何度かヒヤリとした場面もあったが、エリンギはまあまあ、俺の思う回答をしただろう。
「……ではこの辺で。ありがとうございました」
「いエ」
「あ、もう一つ聞きたいことが」
怪盗とは無関係ですが、と加えて、青山は続ける。
「さっき一番最初に我々と会った、あの青年……彼の名前を教えていただけますか」
ひかるはとっさに、俺と顔を見合わせた。
は? 俺のことか?
「名前……ですカ? 木谷高英くんでス」
「木谷……?」
何だ?
俺の名……偽名を聞いて……おかしいか?
「いや、はい。ありがとうございました。失礼します」
青山は若干納得しない様子で、中林と共にさくら号を後にした。
「何でタカの名前、聞かれたんだろ……」
「……」
……そうか。
ダークではないとすれば、国会事件絡みだ。警察の一部の人間は、糸原高成の息子の顔を知っている。
しかし、何故青山が俺の顔を……。
少なくとも凶悪な殺人事件であった国会事件は、青山の属する捜査三課ではなく一課の担当のハズだが。
まさか、あの時……。
とにかくさっきエリンギが偽名を言った事で、面倒になったな……。名前は違ったがそっくりさんが居たな、くらいには思われたかもしれない。
今後青山との接点がないと良いのだが。




