16.殺人犯の息子
2072年12月3日
“12月の国会事件”
この日たった1人の男が、国会に侵入する。
所持品は、麻酔銃とレーザー光線銃。
男は、地方に住むごく普通の会社員。
名は、糸原高成。
2人暮らしで、当時高校3年の息子が1人いた。
事件の目的は、長井の殺害。
しかしそれは未遂で終わり、高成は謝って他の議員・天谷康久を射殺――。
そのまま現行犯逮捕された。
罪の有無は検察に送られ起訴されてから、裁判で決める事になるのだが、それすら1日で全てが終わり、長井は自分で作った制度――“害刑制度”により、事件からたった3日で彼を処刑した。
今となっては高成の動機は定かではないが、長井に対する一方的な私怨だろうと、世間からは片付けられている。
これが一般に知らされている、この事件の常識。
たった1人残され、忘れ去られた彼の息子のことなど、世間の中では全く興味のない話である。
放置された悲しみの芽は育ちに育ち、ついに多くの人間を巻き込んで花を咲かせた。
“12月の国会事件”は、タカがさくら号にやって来る、わずか3ヵ月前の出来事である。
___________
5月5日午後9時過ぎ
「すっっっごーい! 本当に出た! 怪盗ダーク!」
ある家のリビング。テレビにはヘリにぶら下がる縄梯子に捕まり逃走する、怪盗ダークが映し出されていた。
それを見て興奮気味に、小学四年生の遠藤ケイトは母親に向かって目を輝かせて言った。
「ねぇお母さん! カッコいいよね!? 怪盗って本当にいるんだね! 会いたいなー!」
「そうね……、私もドラマを見てるみたいよ……」
「タカ達も見てるかなー? 今度さくら号行ってくるね! ダークの話みんなといっぱいする!」
……何故この少年がさくら号に精通しているかといえば、その母親がさくら号の大家だからである。
彼女はシェアハウス専門の不動産を経営しつつ、その大家も兼ねていた。
ケイトはさくら号によく遊びに行っており、タカ達5人とも既に見知った仲である。
母親はテレビのダークの姿を見ながら怪訝そうに少し考えて、言った。
「……ねぇケイト。ちょっと面白い事しない?」
「え? 何?」
彼女は棚から鍵を取り出し、ケイトに渡した。
「さくら号の合鍵。これでみんながいない間にかくれんぼして、何か面白い会話が聞けたら私にこっそり教えて」
「えー! 面白そう! いいよ!」
「ふふ、あとそれから……。最近タカくんとは何か話した?」
「んー……、タカは相変わらず話しかけてもあまり相手にしてくれないんだ……」
「そう。何か彼から言われたら、それも教えてね」
「? わかった」
ケイトが再びテレビに視線を戻したところで、彼女の笑顔は消え、何か深く考え込んでいた。
___________
2073年5月6日
ダーク事件の翌日
警視庁
長井邸に予告通り怪盗が現れ、5,000万円相当のティアラが盗まれたという衝撃的なニュースは、瞬く間に日本中を駆け巡り世間の話題を奪った。
ネット上では面白半分でダークを擁護する声が大半で、予告があったにも関わらず取り逃がした警察は嘲笑されていた。
翌日には捜査本部が立ち上がるだろう。
青山たち警察は、夜通しで事件の洗い直しの作業に追われていた。しかし立つ鳥跡を濁さず、隙のない完璧な犯行であり苦戦していた。
ダークが唯一残した、本物とすり替えたティアラのレプリカ。しかし当然の如く、ここから指紋などは一切出ず。
ダークが乗ったヘリは太平洋方面へ去って行ったのを見届けて以降、行方知らず。
国内の空の監視網を頼っても見つからなかった、という事は海外逃亡の可能性が高い。
そして長井邸に設置された監視カメラは全て、犯行の30分前から別日の映像に上書きされていた。
……但し、一箇所を除いて。
「あのー……、自分、やられたっす」
監視カメラのチェックをするまでに、1人の警官が青山に名乗り出た。
青山の部下でもある、中林巡査部長。
「黒いローブと仮面を被った2人組に挟み討ちにされて、麻酔でやられたっす」
青山は中林の変な敬語が鼻につきながらも、監視カメラを確認した。
他の監視カメラは全て書き換えされていたにも関わらず、中林が警備していた非常口だけ映像が残っており、犯行の様子がしっかりと残されていた。
「コイツらがダークか……? でも2人?」
「や、『オレたちはダークを殺しに来た』って言ってたっす」
「ダークを殺しに来た??」
ここに来て第三勢力の出現に、首を傾げる青山。
しかも、何故わざわざここの映像だけ残した? 何故、すぐ麻酔銃で中林を眠らさずに自ら名乗った?
……答えは明白だ。
「奴ら、敢えて自分の存在も知らしめようとしてるな。ダークに対してか、警察や世間に対してかは分からないが……」
「何のためすかね?」
「それは分からないが……。中林、コイツらの声を聞いてるってことだよな」
「あ、はい、一応っすけど……」
「会議が終わったら聞き込み回るぞ」
「聞き込み? 誰にすか?」
青山は、中林に携帯の画面のPDFを見せた。
「パーティ客のリストだ。この謎の二人組は無関係かもしれないが、ダークはヘリを使って逃走している。……という事は、背後に金を出したパトロンがいる可能性がある。そしてこのパーティ客は、大富豪ばかりだ」
「成程っす……」
「可能性は低いけどな。しらみ潰しに行くぞ」
青山は、ずっと興奮していた。
ここまでの犯罪をやり切った事と、長井を狙い何かを変えようとしているダークに対し、敬服の念すら抱いていた。
しかし、それ以上に。
刑事としてこの大犯罪者を絶対に捕まえてやるという、強い正義感と闘争心が燃えていた。
___________
2073年5月6日
ダーク事件の翌日……の、昼過ぎ
俺とエリンギは、ようやくさくら号に帰ってきた。
ヘリでエリンギの隠れ別荘があるロサンゼルスまて飛んだ後、普通の飛行機で東京までとんぼ返り。
つまり長井邸を離れてから今まで、ほぼ空の上にいた事になる。流石に2人ともヘロヘロで口数も少なく、エリンギに至ってはほぼ寝ていた。
俺はその間、ネット上でのダークに対する反応を見ていた。確かに日本中は大騒ぎしている。しかし世界から見れば、ダークの事件はささやき程度の事象だ。
……まだ。まだまだ足りない。
「ただいマー……」
エリンギがヨロヨロとさくら号の引き戸を開ける。
しかし、他の3人の声は聞こえてこない。……それどころか。
「……酒臭い」
「エ?」
嫌な予感がして、俺は足早に和室へ向かった。
呆れた。
ちゃぶ台の上には大量の酒や菓子。そしてそれを囲むように、ひかるとまさかりさんとじーさんが畳に転がって寝ていた。
……いや、それは百歩、一万歩譲っていいとしても。
畳に転がっていたティアラを見て、俺の怒りは一気に爆発した。
「ヒィィイィ……!」
その惨状と俺の鬼のような形相を見て、エリンギは悲鳴を上げた。
俺はティアラをハンカチで掴んで安全な場所に置いたあと、ちゃぶ台を蹴り飛ばした。
空の缶が小気味いい音を立てて落ち、3人はムニャムニャと目を開けた。
俺は荷物が入ったカバンを、寝ているまさかりさんの顔面に振り下ろした。
「ブッ!? いってえ!」
「おい起きろ。お前ら全員ぶっ殺す!!」
「ボクも!?」
___________
ひかるとまさかりさんとじーさんをちゃぶ台の前に正座させて、俺はちゃぶ台の上に足を組んで座った。
3人ともまだ目が据わっている。
「ホント、信じられない程低能だなお前ら。呆れてものも言えない」
「……ごめんなさい」
全員、顔色が悪い。
俗に言う、二日酔い。
「特にひかるは何故酒を飲んだ」
「えーっと……」
「じーさん、普段のアンタなら冷静に止めてただろ」
「すまん……、あまりに嬉しすぎて、羽目を外してしまった……」
「オレが勧めたってか、無理矢理……」
「だろうと思った。特に未成年のひかるに飲ませたのは法律に反する」
「ひぇー、お許しを……」
まだ頭が働いてないのか、まさかりさんは目を半開きのまま、俺に頭を下げた。
滑稽だな。今更「法律に反する」とか言える立場じゃないが。
「ひかる、部活は」
「へ?」
「今日は土曜日だが、行くって言ってなかったか? もう昼過ぎどころか夕方だ」
「あぁー! 忘れてた、行かなきゃ」
「馬鹿、行くな」
よろよろと立ち上がろうとするひかるの頭を押さえ付ける。
「そんな酒臭いまま行けるか。
第一風呂にも入ってないだろ。臭いんだよ」
「う……っ」
この言葉は女子高生であるこいつに効いた様だ。
俯いて縮こまってしまう。
「事件の前後に普段と違う行動をするな。それこそ毎日休まず出てた部活を休むとか。その行動で警察に目をつけられる可能性もあるんだぞ」
「はい……気をつけます……」
横で唯一俺の私刑を免れたエリンギが、ソワソワしていた。
「やっパタカ、相当キレてル」
「当たり前だろ。本気で殺意が芽生えたからな。このティアラ……5,000万で一体どれ程の事が出来る? それを畳に投げ捨てるなんて……」
「エーット、ヘリが一台買えるかナ」
「……エリンギお前には聞いてない。まさかりさん、ティアラの換金の準備を」
「悪かったって、なぁ? 先に打ち上げして。つーか頭いてぇ……」
「今すぐ」
「……ヘイ」




