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DARK ー5人の怪盗ー  作者: 七梨
Determination
110/156

110.もう帰らない

 


 2074年8月中旬ーー


「王手!」


 さくら号のちゃぶ台の向こう側で、慶音は俺にしたり顔をして見せた。


「成る程。少しは腕を磨いた様だな」

「でしょー? 最近お母さんが相手してくれるんだよ?」

「へぇ、あいつが」

「そろそろ勝てるんじゃないかなあ、タカに」

「だがしかし」


 俺は王将を動かし、あっさりと危機を脱した。


「あぁぁぁ」

「あっ、また将棋?」


 ひかるがオレンジジュースを持ってやってきた。


「けい、どう? 勝てそう?」

「もうちょっと!」

「嘘つけ、あと100年はかかるな」

「えー! もうおじいちゃんになってるよぉ」

「あっははは! 100年は極端だって。タカもジュースいる?」

「いる。暑いんだよこの部屋」


 外気温40度。それでもさくら号のエアコンの設定温度は節電で30度。窃盗額2億を超える天下の怪盗ダークのアジトが、こんな極貧生活をしていると誰が想像出来るだろうか。

 俺がジュースを一気飲みするのを、ひかるは俺の喉仏の辺りをぼんやり見つめていた。…‥俺はそれに気付きながらも、ひかると目を合わせなかった。


「温度下げちゃう? みんなに怒られるかもだけど」

「下げてしまえ。慶音もいるんだし、パワフルにも電気代を少し払わせろ」

「え〜、おれがお母さんに怒られない?」

「お前の母親はそんなケチか? ……いや、ケチかもな」


 パチンと、駒と盤の当たる耳に心地良い音が響く。慶音はパワフルに立派な将棋盤まで買ってもらっていた。


「おれ将棋のルール知らないけど、今度教えて貰おうかな……」

「うん! ひかるもやろうよ!」

「うん。それにしても、タカとけいがこんなに仲良くなってよかった。一時はどうなるかと思ったけど……」

「俺もまさかこうなるとは思わなかった。王手、詰んだ」

「う……、うぅぅ~……」

「慶音、明日ついてきて欲しい場所がある」

「え?」

「どこ?」


 俺は盗聴器に聞こえないように、ひかると慶音に耳打ちした。


「俺の親父のところだよ」







___________






 翌日。


「おぉ~、やっと着いたあ……」


 飛行機やバスに揺られて数時間、昼過ぎ俺の実家に着いた慶音は少し疲れた表情だった。

 実家はかなり埃が被っていること以外は、以前来た時より変わりはなかった。


「ここからが本番だ。簡単に掃除するから手伝え」

「えぇー、疲れたよぉ……」

「休憩が多いと今日中に帰れなくなるぞ」

「むぅ……」


『別にいいんじゃない? 勝手にしなさい』


 意外にもパワフルはあっさり、慶音を俺の実家に連れて行くことを許可してくれた。ただし今まで通り、俺と慶音が兄弟であるという秘密は守るという条件付きで。

 慶音にパワフルの許可が下りていることを言うと、目を輝かせて行きたいと言った。それを聞いていたひかるも心底行きたがってはいたが、部活がどうしても休めず断念した。


「広いねー……」


 中に入るなり、慶音は興味津々といった様子で見回していた。


「こっち」


 俺は慶音を手招きして、仏間へと導く。


「おぉ~、……暑い」

「確かに」


 俺は窓を全開にして換気した。

 その間、慶音は親父と母さんの遺影をじっと見つめていた。

 俺はその慶音の背中を見ながら、2人に心の中で語りかける。


 ……連れて来たぞ親父、母さん。あんたらのもう1人の息子だ。9月で11歳になる。


「やっぱり、この人がタカのお父さんだったんだ……」


 ……やっぱり?

 あぁ、そうか。国会事件のニュースで名前や顔は見聞きしたことが……。


「おれ、タカのお父さんとたまに遊んでたんだ。……お母さんには秘密だけど」

「え……っ」

「公園で遊んでたらたまにやって来てね、友達になったの。だから、死んじゃったって聞いた時は、すごく悲しかった……」


 親父……。

 全く、あんたって人は。パワフルとの約束、俺が会いに行く前から破ってたんじゃないか。

 ……まあでも親父は慶音と、俺の我儘のせいで嫌々距離を置いたのであって。一番それを俺が嘲笑してはならない。


 慶音の目が少し潤んでいた。


「でも、タカのお父さんだったんだ……! 最後のお別れも言えなかったから、今言えてよかった」

「……そうだな」


 俺はロウソクに火をともした。線香に火をつけ、リンを鳴らす。

 俺と慶音は正座をして、静かに手を合わせた。


「ナリさん、今までありがとう。楽しかった。天国でも元気でね」

「ふっ……」


 ナリさん、って……。そういえば、母さんも親父の事“ナリ”って呼んでた気がする。


 ……そうか、今。やっと。

 初めて家族4人、ここに揃えたんだな。


 ……。


 少しの間、黙祷する。


 ――親父……、本当に。

 今まで悪かった。

 国会事件の前、1人で相当苦しい想いをしていただろう。あんたの苦しみに寄り添えるのは俺だけだった。気づくべきだった。本当に本当に悔いている。


 俺の未来のためにあんたは死んだ……、なのに。俺はあんたの望んだように、この1年と8ヶ月生きられたとは思わない。


 俺は親父のために長井とコンドルを倒す。その決意は今でも変わらない。

 でもあんたとしては、自分の事なんて忘れて欲しかったんだろう?

 そんな事俺はいつからか気づいてはいたし、俺の行動が親不孝であることは知っていたけども。


 やっぱり善人のあんたが悪人として他人に語られるのは、嫌だ。


 仮にコンドルを捕まえずに“殺人犯の息子”として生きていったとしても、その苦しみからは永久に抜け出すことは出来なかっただろう。


 俺の親不孝、あと1度だけ付き合って欲しい。

 次で綺麗さっぱり終わらせて、この苦しみから決別する。


 俺は顔を上げて、慶音に言った。


「さて。始めるか掃除」

「うん」


 その時、玄関チャイムが鳴った。凄く良いタイミングで来た。


「誰?」

「俺の友人だ」


 玄関扉を開けると、優輝が満面の笑みで立っていた。


「よっ、高俊。初めまして、慶音くん」








___________








 冷房を効かせた俺の部屋で、優輝が持ってきた菓子をつまみながら、優輝は俺の昔の話を慶音に聞かせた。……勿論俺たちが兄弟であるということは伏せて。


 優輝と慶音はすぐに打ち解けて、楽しそうに話していた。

 ……あぁ、この場に親父が居たら良かったのに。なんて考えてしまって、少し辛くなった。


「さーて、今日はこの家の掃除手伝いに来たんだよ。高俊、オレはどこやる?」

「……慶音、お前はこの部屋を頼む」

「はーい」

「優輝はこっち来い」


 慶音を冷房の効いた部屋に残し、俺と優輝は再び暑い仏間に戻った。

 掃除の手を動かしながら、優輝は口を開く。


「慶音、めっちゃ良い子に育ってて良かったな。お前に似てなくて良かったー」

「おい、どういう意味だそれ」

「ま、慶音の事はともかく。光里とは最近どう? あれから何かあった?」


 ……ひかるの事は、優輝が東京に来た日『特に差し障りのない会話しかしてない』とだけ報告をしていたが。


「いや……、その事で相談なんだが」

「えっ、相談!? 何何何?」

「……」


 何だが嬉々として興奮する優輝に、俺は唇を尖らす。


「何でそんなに嬉しそうなんだよ」

「だって、お前が恋バナをし始めるなんてねーだろ!」

「……恋バナにもならない」


 その言葉に、優輝はポカンとした。


「え?」

「俺は確かに、アイツのことを特別視してる。だけど俺は……この感情に蓋をしたい」

「は!? 何でだよ!」

「このまま俺と一緒になっても、アイツは俺と一緒に地獄に落ちるだけだ。それが分かっていて無責任な事は出来ない。身を引くべきなんだ」

「高俊、お前、何言ってんだ……?」


 優輝が泣きそうな目で俺の肩を掴む。


「この事はまだ、()()()()()()()()()()()()。言っても多分納得させられないから……。

 でも優輝、お前には先に言っておく」

「……何だよ」


 俺ははぁと息を吐いて、意を決して口を開いた。


「俺はこの最終決戦の後、さくら号にはもう帰らない」



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