109. 5億の行方
2074年8月上旬
あっという間に8月になってしまった。
ダーク最終作戦決行日まで、あとひと月を切った。
4度目の作戦で捕まり死線を潜り抜けてからというものの、俺に監視がついていて何も出来ないというのもあり、本当に穏やかに日々を過ごした。
これがずっと続けば良いのに……、と本音は思わずにはいられないが、ダークを復活させるべきと判断した時から、俺はある決心をしている。
そして今日は谷田貝がさくら号に乗り込んで来た3月以来、久々の三者でのビデオ通話だ。
……長井・谷田貝。久々にその顔を見た。親父を殺した憎むべきその顔を。
正直、腹の中で湧き上がる憎悪の感情を隠すのに必死だ。
「やぁ、久しいね糸原くん。執行猶予期間もあと僅か、監視されながら過ごす生活はどうだったかな?」
そう、皮肉を込めて薄ら笑いで言う長井。
「あぁ、お陰で安心して夜道を歩けた。ボディガードが常に後ろを歩いてくれていたからな」
「フフ、それはそれは。では期間後も監視をつけさせようか?」
「やめとけ。俺がコンドルを捕まえられなくなって困るのはアンタだろ」
「よぉ総理。良かったなぁ今の今まで殺されてなくて。ククク……」
相変わらずヘラヘラと笑う谷田貝。
長井はあれから、俺に黒幕の正体を一切聞いてこなかった。
「そうだね。君達の言う事を信じてみたが、本当に決戦の日まで尻尾を出さないのかもしれないね」
「早速本題だ。長井、俺の3つの要求は伝わったか?」
「あぁ、今日はその為の通話だよ」
以前俺は長井に対して、盗聴器の前で一方的に以下の要求をした。
『ダークの作戦遂行に向けて、アンタには3つの条件を呑んでもらう。
一つ、当日Mホテル内の会議室で、平野との会合の約束を取り付けろ。……これはアンタの要求する平野殺害を達する為の必要条件だ。
二つ、アンタが提携している暴力団の中で、縁切りしてもいい組を紹介しろ。利用させてもらう。
三つ、Mホテルを爆破・全壊させる』
「最初の平野の件は理解した、説明不要だ。だが他の2つは私にとってデメリットしかない。当然、全て正当で納得できる理由がなければ応じることは出来ん。特に私のMホテルを爆破するなどと戯けたことを……」
「だよなぁ。それは度が過ぎてる」
「きちんと説明して貰おうじゃないか、糸原君」
「あぁ、まずは暴力団のことについて。これを見て貰いたい」
俺は画面に指輪ケースを映し、中を開いて見せると、指輪の中央の宝石が蒼く美しく輝いた。
「ブルーダイヤモンドのリング、幾多のカラーダイヤモンドの中で最も希少性が高く、高価だ」
「ほぉ……、確かに美しい」
「この指輪には“海の魂”というタイトルも付けられている。俺はこれを足がつかないように、5億で購入した」
「ごおくぅ!? そんなハナクソみてぇな石がぁ!?」
素っ頓狂な声を出す谷田貝に対し、長井は嘲笑した。
「それは私がくれてやった5億だな。そんな買い物をして何がやりたい?」
「これをあんたの指定した暴力団に売りつける。しかもかなりの安価で」
「安価? おい待てよ。そんないい話だったらオレのところが受け付けるぜ?」
「いや、最終的に奴らは損をすることになる。……まぁ、組織を潰せる程の大損にはならないが」
長井と谷田貝は揃って首を傾げた。
「損にはならねぇだろお? その指輪の相場より1円でも安く買って相場で売れば、それは利益になるじゃねーか?」
「それにそれはダークに関係あるのか? 君の仕事は売ることじゃなく、盗むことだろう?」
「ふ……、まぁ見てろ。ダークの正体が俺であることが露見している以上、ダークをするにはその理由が必要だ。その組にはキッカケを作るための噛ませ犬として、利用させて貰う」
「ふぅん……。それで縁切りしてもいい暴力団か。いいだろう」
「次いこーぜ、ホテルの爆破の理由が気になる」
「爆破の理由? 無論、平野とコンドルを殺すためだ」
「それだけ? 他にも方法はあるだろう……! わざわざ私のMホテルを爆破させる必要はない筈だ」
「前回の作戦で、ダークはアンタの忠犬にさせられた。……つまり、DKには俺も長井も殺したい理由が出来たわけだ」
「?」
「ダークには平野を殺す理由はない。無論DKもだ。だがまだ正体が割れていないDKには長井、アンタを殺す理由を作ることができる。
アンタを殺しに来たDKの爆発に、平野は巻き込まれる形で死んで貰う。無論コンドルもだ」
「……」
長井は舌打ちして考え込んだ。しかし俺はその隙を与えない。
「長井、コンドルに殺されたくないのならMホテルは捨てろ。“二兎を追う者は一兎をも得ず”、どうせお前のセプテンバー計画が成功すれば、Mホテルがあと100個は建てられる莫大な金が手に入るんだろ?」
「Mホテルではなく、他のホテルではダメなのか?」
「アンタの協力が得られるMホテルでないと、全壊させる程の量の爆弾を事前に仕掛ける事は不可能だ。立地や広さや設備など、あそこ以上に目的の全てをクリアする場所はない」
――勿論それもあるが、本音は長井とは無関係のホテルに物的損害を出したくないからだ。
長井は尚も考え込んだ。
そしてそれを見ている谷田貝は、興味深そうに薄笑いを浮かべていた。
「総理。オレは悪い話じゃないと思うぜぇ? 逆に考えてみろ。Mホテルが崩壊すれば、そこにあった諸々の証拠も全部消し飛ぶ。
つまりホテル内では、テメェの都合の悪いものも全部DKのせいにしてぶっ飛ばせる。何をしても許されるって訳だナァ?」
――やはり、谷田貝は俺に同調してくると思っていた。コイツも長井の大切なモノを壊したいのだろうから。
そして長井はそれを聞いてこう考える、『もし糸原が自分の思い通りに動かなければ、ダークも平野もコンドルも全てまとめて吹っ飛ばせば終わりにできる』と。それを事前に仕込めるのは己の所有するMホテルだけだ。
案の定長井はそれを聞いて、フッと笑った。
「全く。糸原くん、君の我儘に付き合うのはほとほと疲れるな。谷田貝、今日の私の朝食は何だったと思う? 当ててみなさい」
「ハァ? ……目玉焼き?」
「惜しい。今日のオムレツはバターの風味がたっぷり効いてて非常に美味だった」
「何の話だよ」
「フフフ。私にとって5億がちり紙程度の価値なら、Mホテルは今日の朝食を抜く程度の価値かな。正直、ちょっと惜しい。だがそれくらいくれてやろう」
――いや、多少は強がりだろう。だがプライドの高いお陰で話がスムーズに進んで助かる。
「フッ、流石国のトップは金に糸目はつけないな。それを約束するなら、平野とコンドルの始末は約束しよう」
「なぁ糸原、オメェ本当に出来るのか……?」
「作戦に抜かりはない」
「ちげぇよ。オメェに人を殺せる度胸はあんのか? って聞いてんだよ」
谷田貝が薄ら笑いで言う。
あぁ、またいつもの挑発だ。コイツは本当に余計な事をする。このまま黙っていれば話は終わっていたのに……。
俺は嘲笑する。
「何を今更。躊躇する理由なんてない」
「オメェは長井を殺しそびれた糸原高成の息子。いざって時に判断力が鈍るのがオメェら親子の弱点なんだよ」
「……で? だから俺に人間を自分の手で殺せる度胸はないと?」
俺は谷田貝を――コンドルを、静かに睨みつけた。
何なら今すぐにでも、お前を殺しに行くが? と口に出したいところだったが、押し殺した。
「谷田貝、俺は糸原高成とは違う」
「へぇ?」
「親父はコンドルに“させられて”行動を起こした。だが俺は自主的に未来を切り開くために行動を起こす。親父とは違い、俺には計画性も自信もある。だからその覚悟はある」
「じゃあ例えば。お前の大事な大事なミミズちゃんに銃口が向いたとしよう。その瞬間、お前はソイツより早く引き金を引いて殺せるか?」
「殺せる」
即答した。もしひかるが止めてもそれが谷田貝、お前なら、親父の無念も込めて俺はお前を迷わず殺せる。
……まるで、そういうシチュエーションを作り出してやるぞと脅しているようだが。アイツに銃口を向けさせる事は絶対にさせない。
「ククク……、愚問だったかぁ? これは失礼」
「糸原、私は5億を君に支払ったんだ。取り引きは既に成立している。契約を破れば、分かるな?
君の住む同居人達とは、ダークの共犯関係以上に随分と仲が良さそうだね……? 君の采配次第では、他の4人の命運も君の肩に乗っている事を忘れぬように」
長井が声のトーンを落として言った。
俺が何処かで裏切る事は、既に分かっている筈だ。後は化かし合いで雌雄を決する。
「当然。分かっている。
話は終わりだな。では詳しくはまた後日、まずは潰してもいい暴力団を聞くとする。詳細はその時に」
俺は一方的に通話を切った。
はぁと椅子に持たれると、通話を横で聞いていた4人が俺を扇ぎ始める。
「おつかれ。本当におつかれ……」
「ハァ〜、聞いてて凄くヒリヒリしたヨ……」
「何でエリンギも汗だくなの……?」
「タカ、アイス食べるかい?」
「食べる」
「高俊、脇汗凄いから着替えたほうがいいぞ」
俺は無言でまさかりさんのスネを蹴り飛ばした。
「いって〜!」
「……ひかる」
悶絶するまさかりさんを尻目に、俺の『殺せる』発言の後少し不安そうな顔をしたひかるに言った。
「そういう展開には絶対にならないから安心しろ」
「……うん」
『誰も殺さない』、ダーク結成の時交わしたあの約束を破るつもりは毛頭ない。




