106.3つの条件
2074年5月5日
時は進み、ゴールデンウィーク。
「王手っ!」
目の前には、してやったりと満面の笑みでこちらを見る慶音の顔があった。
そしてそれを、俺は鼻で笑い返す。
俺は今、ピークを過ぎて暇なパワフルの不動産事務所で、慶音と将棋をさしていた。
「甘いな」
俺は慶音が王手を掛けていた駒を、あっさりと奪い取った。
「ま、待った!」
「ふっ……、またか? これじゃあいつまで経っても決着がつかないぞ」
そう言いつつ、俺は駒を元の位置に並び直す。
さくら号にいる間は最低月2回、さくら号を去ってからも最低年2回、慶音と会う。パワフルが俺と取り付けた約束を、俺は真面目に守っている。
形式だけの兄弟なら意味がない。親父もそれを望んでいない。心から慶音を弟と思えるまで、俺はこの習慣を続けようと思っていた。
少なくとも俺がダークとして自由に動けない、8月いっぱいは……。
横で自分の仕事をしていたパワフルが、呆れたように言う。
「ちょっと高俊、いい加減負けてあげなさいよ」
「やだ!」
目を釣り上げて叫んだのは俺ではない、慶音だ。
「手加減されて勝っても嬉しくない!」
「そう言ってもねぇ……」
盤上の駒を見て、圧倒的俺の有利にパワフルも俺も肩を竦めた。
慶音に将棋を教えてからどっぷりはまり込んで毎週飽きずにさしているが、未だに俺の不敗記録を塗り替える気配はない。慶音の気持ちは分かるので、俺も手加減しないからだ。
「……全く、慶音が負けず嫌いなのは誰かさんに似てそっくり」
その言葉に俺は、苦笑した。
『こんにちは。3時のニュースをお伝えします。世界的歌手のジョニー・ジャンクソンさんが、今日正午過ぎ来日しました』
事務所の小さなテレビが、最近有名な歌手が空港を颯爽と歩いているのを映し出していた。
「だから、持ち駒を無闇に使うな。ここぞと言う時に使え」
「でも使わないと、すぐ追い詰められちゃう」
「だからと言って無鉄砲に攻めても無意味に終われば最悪。守りはガラガラ、王手をかける駒も残されない」
「う~ん……」
『ジャンクソンさんは今晩“ミリオネアホテル”、通称“Mホテル”に宿泊するとのことで、Mホテル最高経営責任者である長井敏郎氏と会談しました』
慶音が次の手を考えている間、俺はテレビに目を向けた。
長井が和やかに、その歌手と握手を交わしていた。
Mホテルは、国内でも三本の指に入るほど有名な宿泊施設である。
よく外国の大富豪や、有名な俳優や歌手が利用すると言う。宿泊費は、一般人じゃなかなか手が届かないとか。大きな会議室もあり、稀に国会議員の会合も開かれる。
そのホテルを、長井は政治家という職務をこなしながら創り上げた。
「……それで? あれから長井とは何かあったの」
パワフルが書類から目を離さずに言った。
「特に。そもそも俺に警察の監視がついている以上、直接接触するのは不可能だ。……王手。詰んだな」
「うあああ! まった!」
「だが、今日は何の日か知ってるか?」
俺は再び駒を戻しながら言った。
パワフルは卓上カレンダーに目を移す。
「5月5日、子どもの日?」
「そう。ダークの誕生日だ」
「あぁ……そうだったかしら」
「ダークはちょうど一年前に現れた。今日は長井からダークの誕生日プレゼントを貰えるんだよ。ふふ……楽しみだな」
「はぁ?」
「アンタも聞いてただろ、アレだよ」
首を傾げるパワフルに、俺は不敵な笑みを浮かべた。
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さくら号の玄関を開けると、待ってましたと言わんばかりにエリンギが顔を覗かせた。ニヤけている。
「タカ、きたヨ」
「きたか」
和室に行くと、皆がまさかりさんのノートパソコンを囲んでいる。
「確認できたか?」
「おぅ。5つの口座を足して、ちょうど5億だ」
そう。長井からのプレゼントとは。
3月にビデオ通話した時に資金として出すよう依頼した、5億円だ。
この大金の動きを足が付かないように、長井は海外の銀行経由で複数に分けて指定口座に送金した。……段取りが異様に良かった、恐らく同じ手口を何度も使っているのだろう。
「すごい……5億って、本当に途方もないお金だね……」
「日本人の生涯所得は平均2億円だと言われている。普通に働いてたら到底お目にかかれない金だな、まさかりさん」
「おい高俊、何で今オレに振った? 無職のオメーには一番言われたくない嫌味だな?」
「無職言うな。昨年度はダークのお陰で年収800万だが? しかも表に出せない金だから非課税だ。ほぼ全額分散して投資に回してるから、俺の代わりに金が働いてる」
「ドヤ顔で言うなよ、無職は無職だろーが」
「所謂“ネオニート”というのを目指すのも良いな。投資だけで稼ぎ、不労所得で生計を立てる。生きる為に自分の時間を削ってきりきり舞い働くのは御免だ、俺はそんな烏合の衆の一員にはならない」
「お前やっぱり超ムカつく〜」
俺とまさかりさんのやり取りを聞いて、他の3人はくくっと笑った。
「でもサ、こんだけお金あったラ海外に逃げれちゃうネ……」
はっとしたように、じーさんがエリンギの口を塞ぐ。
「盗聴器が仕掛けられとる……」
「そ、そうだっタ……。ジョークだヨ! そもそもボクのポケットマネーなら海外逃亡なんテ余裕だシ……」
「え、ちなみにいくら持っとるんじゃ?」
「エ?」
「え?」
皆が興味津々でエリンギに視線を集める。
「盗聴器の前だかラ……言わないヨ……」
「じゃあ後でこっそり教えてくれるって事かのぅ?」
「言わなイ言わなイ絶対言わないからネ!? 言ったらタカやまさかりさんが絶対『奢れ』って言ってくるかラ!」
「いーじゃねーか、有り余るほど金持ってるんなら。なぁ高俊」
「あぁ、金持ちのくせにケチだなエリンギ」
「何でこの2人は奢ってもらって当然って態度なノ!?」
「それでタカ、この5億円何に使うの……?」
ひかるの問いに、俺はフッと笑って視線を送った。
そして声を張り上げて言う。
「おい長井、もしくはその手下。聞いてるんだろ。
全く、俺の携帯が警察に傍受されているから、便利だな盗聴器は? 裏切り者が誰なのか分からないせいで、取り外せずに困っているが。しかしお陰で此方からの要求は一方的には伝えられる」
皮肉を込めた俺の言葉に、皆が失笑する。
「ダークの作戦決行は8月31日午後10時。舞台はアンタの所有する、“Mホテル”だ」
「Mホテル!?」
これは皆にも初めて話す。
恐らく日本人なら一度は聞いた事があるホテルの名だ。皆が驚いた。
「ダークの作戦遂行に向けて、アンタには3つの条件を呑んでもらう。
一つ、当日Mホテル内の会議室で、平野との会合の約束を取り付けろ。……これはアンタの要求する平野殺害を達する為の必要条件だ。
二つ、アンタが提携している暴力団の中で、縁切りしてもいい組を紹介しろ。利用させてもらう。
三つ、Mホテルを爆破・全壊させる」
「爆破!?」
「あぁ。これはコンドルと平野をまとめて葬る手段だ。詳しくは後日説明する。またビデオ通話の機会を設けろ。以上だ」
「爆破全壊って、こりゃまた大胆じゃのぅ……」
「Mホテルって長井がCEO(最高経営責任者)でショ? 許してくれるかナ……」
「あぁ、承服させるさ。日本最大級のホテルが崩れ落ちる様は、最終決戦に相応しい演出だろ?」
俺はほくそ笑んだ。




