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105.月が綺麗だね


 

 パワフルの家から、俺は1人で歩いて帰っている。


 窮地は脱したものの、ダークの状況は依然として最悪な事には変わりない。

 だが終わった訳ではない。長井サイドにはパワフル、警察サイドには青山(は、まだ試用期間中だが)がそれぞれ味方となり情報提供してくれる。少なからず、これは俺たちに有利に働く筈だ。


 長井の指定する8月――目一杯引き伸ばしたとして8月31日まで、あと5ヶ月ちょっと。失敗すれば俺達どころか日本が終わる。……『日本が終わる』という冗談みたいな壮大なフレーズに吹き出しそうにもなるが、笑えない。

 だがプレッシャーは感じない、そっちの方は誰かに頼まれた訳じゃない。俺は俺の目的の為だけに事を成す。


 さくら号の戸を開けると、和室から賑わう声が聞こえた。

 4人以外の声がする。……あぁもう、アイツまたアポ無しで来やがった……。


「おい優輝。お前何馴染んでんだ」


 ちゃぶ台を囲んで4人と、優輝が楽しそうに話していた。


「よっ、高俊。待ってたぜ」






___________






 別にもう4人の前で優輝と会話しても良かったが、さくら号には盗聴器が仕掛けられている。……当然それは優輝には話せない。

 俺は優輝を連れ出して、肌寒い夜の街を2人で歩いた。


 俺は所謂“無敵の人”ではもうなくなった。俺の大切な人達は皆俺の急所になり得る。……ダークに無関係な人間は特に。俺の余計な人間関係まで長井に知られる事はない。

 あの4人……何をどこまで話した? 流石に長井に聞かれている所で、先ほどの俺とパワフル・慶音の関係性を話す程バカではないと思うが。特に俺とパワフルに血縁関係がある事を知られたら、パワフルの立場が危うい。


「あの4人と何を会話してた?」

「え? いや、鈍過ぎるお前が光里の気持ちにどうやったら気づくか、作戦会議?」

「は??」

「あとお前が色々明かしたって聞いたよ、名前と高成さんの事も」

「優輝。前に聞いたな、『俺がMBを過去に打たれたか知らないか』と。実はさっき真相を全部知った」

「え!?」

「弟はすでに知ってるヤツで、仲違いしてたんだが和解してきた。……お前も俺と親父の為に、ずっと黙っててくれたんだな」

「まぁな……。オレだけじゃなくて、ご近所中の人が知ってるけどな……」

「は……」

「高成さん、口実を合わせる為に近所中に頭下げて回ってたから……。ホント感謝しろよな高俊」


 そうか、それはそうだ……。

 町内会があって回覧板を回し定期清掃があるような場所に住んでいた。近所付き合いというものが割と濃くて、親父も母さんも社交的だったから顔が広かった。噂は瞬く間に広まるだろう。

 ……それは、親父に本当に申し訳ない事をした……。しかしよく10年も俺にバレなかったものだ。


「 で、どう? 弟がいる感想は」

「いや……、まだ実感が湧いてない」

「まぁそりゃそうだよな。今度オレにも会わせろよな」

「あぁ」


 優輝とは幼稚園からの長い付き合いだ。

 親父とも親しかったし、(本人には口が裂けても言えないが)家族同然だ。会ってほしい。


「……で、本題に入りたいんだけど」

「本題?」


 優輝が急に、真面目な顔になった。


「高俊、お前が怪盗ダークなのか?」


 突拍子もない発言に、俺は思わず動揺した。


「……どうしてそう思う?」

「だってよ、ダークが長井総理狙う動機とか、今まで音信不通だったのに、ダークの釈放日の翌日お前がここにいるとか。もう高俊、お前じゃねーか」


 優輝は苦笑いして言う。


 ――ああ、巻き込みたくなかったのにな。コイツは。

 まあでも、流石にバレるか。言い逃れは出来なさそうだ。


「……止めても無駄だぞ」


 俺が口調を変えると、優輝の表情も変わった。


「やっぱり、そうかぁー……。いや……、そりゃ危険なことしてるから止めたいけどよ。止めねえよ」

「は?」

「だって、それがお前の生きる目的だったんだろ?

 無理矢理止めたらお前、そりゃまた死ぬとか言うんだろ」

「……。よく分かってるな」

「それで、目的は達成できそうなのか?」


 優輝はそれを聞いて、しまったという顔をした。


「……昨日釈放されたばかりだった」

「いいや。計算通りだ」

「マジ?」

「ああ。次の作戦で長井を失墜させ、コンドルも捕まえてみせる」

「高俊やっぱお前、すげーわ」


 苦笑しつつも、誇らしげな優輝。

 てっきり、強く反対されると思ったのに。まあそれが分かってるから、俺と長く付き合って来れたのだ。


「……で、反対するんじゃなかったら、わざわざ東京まで何しに来た」

「いや、そりゃお前のことが心配で顔見に来たんだろーが!」

「はっ……、大袈裟だよ」

「まあ高俊もだけど、光里も心配なんだよ」

「……あいつが?」

「光里、今年のインターハイ出なかっただろ。足を故障したと聞いたけど。まさかお前、光里を巻き込んでねーだろうな……」

「……」


 俺は、優輝から目を逸らした。


「まさか、やっぱり。夏の船のダーク、足を撃たれたって報道があったけど。あれは光里だったのか……」

「……そうだ」

「高俊、光里がどうしてそこまでしてお前に協力してるか、分かるか?」


 ……どうして?


『おれの夢はね、タカの笑顔を見ることだから』


 俺が自殺しようとしてたのを止めきれなかったのを、負い目を感じていたからだと思った。

 でも、よく考えたら。それで男装してまでさくら号に来て、人生を賭けてまでダークに協力して……。


 赤の他人の俺に、普通そこまでするか……?


「何故? 優輝。お前は知ってるのか?」


 優輝は目をカッと開いて俺の胸倉を掴んだ。


「はああああ!? 分かんねえのかよこのバカあああああ!!」

「そ……そこまで言わなくてもいいだろ……」

「オレから言える訳ねーだろこのクソ鈍感野郎! ただお前……、あいつのこと都合のいい奴隷のように思ってねーだろうな!?」

「はぁ!? それはない!」

「本当だろうな!? それが嘘ならオレは、光里の為にお前をぶん殴ってでもダークをやめさせるつもりだったから!」


 ……確かに最初の頃は、使い勝手のいいコマだとかは思ってたが……。

 今は、キッパリ言える。


「ひかるは、大事な仲間だ」


 そう言うと、優輝はホッとしたように胸倉から手を離し、俺の肩を掴んだ。


「……なら、いい加減。光里に返してやれよ」

「何を」

「何をって、だから……っ。光里はな、本当にお前を助けたくて100%下心なしで、感情に蓋をしてまでここに来たんだ。だからお前からアクションがないと、お前ら……、これ以上、進展はないぞ」

「進、展?」

「男だろ!! 高俊!!」


 ……は?


 〜♪

 優輝の携帯に着信だ。


「お、噂をすれば光里だ。

 もしもーし? え? 話足りない? あ、じゃあオレのホテルで2人で話す?」

「はぁ!? お前ふざけんな優輝ッ!」

「あー冗談冗談。高俊が今隣でブチギレた。あっはははは、そうそうむくれてる。可愛いところあるよな」


 俺は優輝のスネを思いっきり蹴り飛ばした。


「イッタ!! ……ったく、高俊も素直じゃないよなー。もっと光里と話したいってさ。こっち来る? ……うんうん、コンビニの前いる。んじゃ待ってるな」


 優輝は笑いながら通話を切った。


「じゃ、光里ここ来るから、オレは帰る」

「は!? お前が呼び寄せておいて?」

「釈放されたばかりで、2人きりで喋ってないんじゃないの? 積もる話もあるだろ。じゃーな。明日観光案内しろよ、駅に7時集合な」

「早いな」


 そう言って、優輝はヒラヒラと手を振り去って行った。


「……」


 俺はコンビニの前で待つしかなくなった。






___________







「あれ!? 優輝先輩は!?」


 ひかるは走ってきた様だ。息を切らせてやってきた。


「帰った」

「えぇ!? 何で!?」

「知らない。意味不明だ」

「何だ……。先輩と話したかったのに……」

「悪かったな俺で」


 俺が唇を尖らせると、ひかるは察して慌てて言った。


「いや、タカとも沢山話したかったから! ちょうど良かった!」

「はぁ〜……。帰るぞ」

「ちょ、怒んないでよ! ホントだってば! 見て、おれの目を! 嘘じゃないって分かる?」


 ひかるは俺の前に立ちはだかって言った。

 ……コイツが嘘ついた時はすぐ目を泳がせるから分かる。嘘は付いてない。


 しかし俺は、すぐに目線を逸らした。

 ……長く目を合わせていられなかった。


「……公園でも寄るか。寒くないか?」


 ひかるはぱぁと目を輝かせて、深く頷いた。


「うん! 大丈夫!」






___________







 ひかるがさくら号に来てちょうど1年だ。

 俺がコンビニに行くのをひかるが追いかけて来たのも、大体こんな感じの夜だった。

 そしてこの公園で『俺と組め』と言って、俺たちの共犯関係が始まった訳だ。


 ベンチに横並びに座って、俺たちはココアの缶を開けた。


「もう一年経つんだね〜」


 ひかるも同じことを考えていた様だ。


「タカに殴られかけたの……」

「う……っ、アレは悪かったよ……」

「いや、おれがタカの名前叫んじゃったのがいけなかったから。おれこそごめんね」


 ふふふ、とひかるは笑った。怒っているどころか、何だか嬉しそうだ。

 その顔を見て、俺は目を逸らした。……昨日のことを思い出した。


『おかえり、タカ』


 俺の頭を抱き寄せたひかるの腕の中は……暖かくて、ふわふわして居心地が良かったな……。


 もう一回やって欲しい。

 いや、もう百回でもやって欲しい。


 あれから風呂の中でもトイレの中でもそれを考えてしまうくらい、またやって欲しい。本当に良かった、正直離れるのが名残惜しかった。気を付けないとふとした瞬間に思い出してにやけそうになる。


 いやでも、そんな事ストレートには口が裂けても言えない……。嘘でもまた泣いたらやってくれるか……?

 あれはエリンギが嗾けていた。と言う事は、またエリンギにお願いして……って、エリンギにもそんな事頼める訳ないだろ!


「……タカ? 何か笑ってる?」

「ん、あ、いや?」

「ね、そういえば読んだ? 留置場に持ってった本」

「あぁ、読んだ」

「ホント!? どうだった?」

「まぁ概ね面白かったが、やっぱり比喩的表現が難しかった。俺は恋愛感情がよく分からないから……」

「えっ、恋愛感情? そうだね……例えば……」


 ひかるは、少し顔をほてらせながら言った。


「おれの経験談だけど……。ふとした瞬間にその人の顔を思い出しちゃうのが、恋じゃないかな。

 お風呂の中とかトイレの中とか、一人になった時に考えずにいられなくなっちゃうんだよね……」


 ……。


「ふぅん……」

「え、伝わった?」

「さぁ……」

「もしかして、タカも経験ある?」

「いや?」

「タカ? どこ見てるの? おーい、何でこっち見ないの?」


 俺が目線を上に向けていると、ひかるもつられて見た。

 快晴の夜空に、月が浮かぶ。


「月が綺麗だね〜」

「……!?」


 ……いや、考えすぎだろ。

 本を読まないコイツは、夏目漱石の逸話なんて知ってる訳ない。


「……そうだな」

「うん」


 俺達はそれからも随分と長い間、公園のベンチで話し込んでいた。



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