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103.消された記憶


 

「ちょ、ちょっと待て……」


 俺は頭を押さえて、恐る恐る言葉を絞り出した。


「けいは俺と、異母兄弟って事か? まさか親父が、あんたと不貞行為を……」

「違うわよ、そんなドロドロした関係じゃない。慶音も明香音(あかね)の息子。私が養子にしたの」

「アカネ?」

「俺の母だ。じゃあ、アンタは……?」

「今は亡くなった夫の“遠藤”の姓を名乗ってるけど、旧姓は木谷。私は明香音の妹よ」

「か、母さんの妹!?」

「……って事は?」

「パワフルは、高俊の……」

「叔母さんって事になるのかの……?」

「エェェエ!?」


 衝撃すぎて本当に眩暈がする。俺は頭を押さえて、机に肘を付いた。

 俺がこの親子と、血縁関係があった!? けいが俺の弟で、このクソ女が俺の叔母だと!?

 意味が分からない。いきなり言われても、そんなの到底受け入れられない。


「おい高俊、叔母さんの事知らなかったってマジか?」

「母さん側の木谷家とは疎遠だったんだ。喧嘩してたとか何とかで……。だから存在は知っていたが、会ったことはなかった。

 しかしおかしいだろ。俺の弟は母さんと一緒に事故に遭って、生まれる前に腹の中で死んだはずだ。何で生きてる?」

「それが高成さんの最大の嘘よ」

「は……?」

「MBを打ったの、高俊の意思でね。明香音は事故に遭ったんじゃない、慶音を産んで死んだの」


 俺の意思で……?

 そうか。俺は一度何処かでMBを投与している事は分かっていたが、そのタイミングで……。


「なら、これはどう説明する!?」


 俺は左袖を捲り上げた。

 大きな切り傷を見て、パワフルは少しだけ苦い表情をした。


「この傷は事故で受けた傷だ。母さんが守ってくれたからこの程度だと聞いているが?」

「明香音が死ぬような事故で、それだけの怪我? しかも掠り傷じゃなくて切り傷?」

「……」


 確かに、交通事故で掠り傷ではなく切り傷なのは、不自然だと薄々感じていた。が……。


「上手な嘘ね。あなた10年もの間、高成さんに騙されていたの」

「何故、親父がそんな嘘を……」

「あなたの為……、いや、全部あなたのせいよ」

「俺のせい?」


 ……そう言われても、恐らく肝心なところの記憶はMBで消されていて、何も実感が湧かないのだが。

 パワフルは、静かに過去を語り出した。


「明香音はね、妊娠経過中は特に異常もなかったの。だけど慶音を産んだ直後、突発的な疾患で出血多量で死んだ。慶音は無事だったんだけどね。勿論誰のせいでもない、可能性の問題でただ運が悪かっただけ。

 だけど8歳のあなたがそれを許さなかった。明香音が死んだのは慶音が生まれてきたせいだって、生まれたての慶音を叩いて完全に拒絶したらしいわ。

 ……よっぽど、母親の事が好きだったのね」

「……」


 親父もそうだが、母さんも底抜けに明るい人だった。親父のボケに頓知で捻って返すような頭の回転の速い人だった。親父を尻に敷いて、口喧嘩では負け無しの強気な人だった。

 母さんが死ぬ直前に家族でフェアリーランドに行く約束をしたが、叶わなかった。……本当に、大好きだった。


「高成さんは必死に説得したらしいわよ。でもアンタは絶対に慶音の顔も見たくないって拒んで、家具を滅茶苦茶に壊して暴れ回って。……生まれたばかりの赤ん坊を、人殺し扱いしたって。

 一緒に住んだら慶音に危害を加える事すら考えられた。だから高成さんは貴方にMBを打って弟は死んだ事にして、あなたと慶音を引き離す選択したの。……MBはトリガーがあれば思い出す事があるから、そうせざるを得なかった」


 俺は左腕の傷を押さえた。

 多分、この傷はじゃあ、俺が暴れ回った時に出来た傷だ。


「私もあなたを説得しに行ったけど、聞く耳持たずだった。正直、高成さんには同情したわ。妻を亡くしたばかりなのに、息子まで手放さないといけなくなるなんて。

 彼にとっても苦渋の決断だった筈よ。私に泣きながら頭を下げて来たわ、『俺の代わりに慶音を育ててください』って」

「……」


 その親父の姿を想像して、胸が詰まった。


「私は承諾する代わりに、けじめはつけるべきと高成さんと約束を取り交わした。『あなた達親子は、私の許しがない限り二度と慶音と合わない事』。

 だってあなた達の都合で慶音を捨てたのに、それを自分勝手にまた会いたいなんて罷り通る訳ないでしょう? それを知った慶音はどう思う?」

「……」


 ……失望するだろうな。俺に対して憎しみさえ湧くかもしれない。


「私はね、高俊は全て知った上でここに来たと思ったの。だからあなたが偽名使ってまでさくら号に住み着いたって気付いた時、腑が煮え返る想いだった。『どの面下げて慶音に会いに来た?』って。だって全部高俊の我儘で始まった事なのに」

「……」

「おまけに高成さんは殺人犯でしょう? 慶音まで殺人犯の息子にする訳にはいけない。約束を破ってまで高俊を差し向けた事も許せないし、絶対に関わらせたくないと思った。……でもそこに降って湧いた話が、ダークよ」


 パワフルの声が、少し震え始めた。


「最初のダークが終わって数日後に、慶音からその正体があなた達5人って聞いて。ダークの狙いは長井だから、高俊は国会事件の高成さんと同じ事をしようとしてると納得がいったわ。

 でも慶音は目を輝かせて言った、『次からはおれも作戦に参加するんだ!』って。私それ聞いた時、本当に怒りで我を忘れる程だったのよ? 

 高俊は弟にも、父親の意志を継がせて長井の殺害に加担させようとしてる。しかも本人にそれを意図させずに!」


 ……そんなつもりは毛頭なかった、と口から出そうだったが、言い訳がましい。飲み込んだ。


「勿論私も止めたけどね……、まぁ、どっかの誰かさん達に似て聞く耳持たずだった。慶音も10歳だし、行くなと言っても意固地に何度もさくら号に通った……。私が高俊と距離を開けさせようとしたら、血相変えて怒るしね。

 じゃあどうしようかと考えたの。……ダークを潰して、高俊がさくら号に帰って来れないようにすればいいって。但し、慶音は何も関与してない事を条件にするには、警察じゃなくて長井についた方がいいと思った」


 警察にリークされていたら、それこそもっと早く俺は逮捕されてダークは終わっていただろう。


「なら、前回どうして俺を助けた? 俺が死ぬ事によってけいは傷ついたかもしれないが、俺から遠ざけるという目的は果たせただろうに」

「慶音が、あなたの弟だからよ」

「?」

「あなたと慶音が大喧嘩した後から、慶音はちゃんと笑えなくなってるのよ、今も。余程ショックだったみたいで。勿論、慶音には高俊が実の兄だなんて事言ってないわよ? ……でも、分かるのかしらね。本能的な何かで」

「……」

「しかも私が長井にリークしてダークを窮地に陥れた事も慶音にバレてしまった。そもそも慶音と喧嘩した原因が私でしょう? それで私が高俊を見捨てたら、慶音は私に対してどう思う?」

「……。俺が母親を失った時のようになりかねない、と言うわけか」

「そう、8歳のあなたを思い出したの……。慶音には絶対ああはなって欲しくない。

 だから不本意だけど私はあなたを助けた。……まぁ、警察から生きて戻って来るかは賭けだったけどね。あなたなら上手くやる可能性はあると思って」

「要するにあんたは、俺のせいで自分で自分の首を絞めてる訳だ。……バカだな」


 しかし俺は、もう嘲笑することすら出来なかった。


 今の話、俺には一切記憶が残っていない。当然いきなり言われて半ば信じられはしないが。

 親父の手紙がそれを信じろと言っている。……疑いの余地はない。


 パワフル。お前が俺に対する怒りは本当にずっと意味不明で、頭がおかしい奴だと思っていた。

 だがけいもパワフルも親父も翻弄したのは、8歳の俺だった……。母親としてけいを愛するコイツが今の俺に憤るのも理解したし、得心も行ってしまった。


「俺が聞いてこなくても、あんたは今日この事を話すつもりだったな? もう俺を味方に付けないと、用済みになったあんたもけいも長井に何をされるか分からない状況にいる」

「……」

「俺に記憶がない以上、過去の過ちは謝らないぞ。そもそも気持ちのこもっていない謝罪なんて、あんたも欲しくないだろ」

「……そうね」

「だが……。ケジメは付けるべきだ。

 親父はこの件、ただ俺とけいが会う機会を与えて欲しいと言っているだけで、その先の事は投げやりだ。

 俺はまだけいが弟だなんて実感が湧いてないし、あんたとけいの関係を壊したいとは微塵も思わない。……だから、あんたの判断に委ねる」


 机の上で組んだ指が、少し震えた。


「俺は、どうしたらいい?」



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