102.親父の嘘
俺は今度はパワフルに目を向けて言う。
「長井に背けば、あんたはけいを人質に取られる。だからあんたは俺たちの味方をする事は出来ない。表面上は長井の味方であり役に立ち続けなくてはならないから、俺たちが盗聴器を外しても永遠に仕掛け直す必要がある、だろ?」
「……そうね」
「そんな……」
「だがそれ程のリスクがあっても、大広間でDKに扮し俺を助けた。何故か? アンタが言ったな。
『私の行動は全てケイトの為』と。俺が死んだら、けいが傷つくからだろ?」
「……」
「長井に差し出せば即俺は殺される。なら警察の方が抜け出せる可能性があると考えた訳だ。そうして俺は今こうして釈放された。前回のダークはあんたの独り勝ちだよ。全てがあんたの思惑通りになった訳だ。
だが今の状況は最悪だな? 俺が死なないようにするには、今後あんたは長井を欺きつつ俺たちの味方をしなければならない。ダークと長井の間で板挟みになり、弱い立場にいる」
しかしパワフルは強気に嘲笑した。
「何で高俊は上から目線なの? あなただってケイトを守らないといけないのに」
「はぁ? あんたも知ってるだろ? アイツは俺との約束を破ってダークを窮地に陥れたから、決別したんだよ。今もそれが時効になった訳じゃない。
けいは一方的に俺の事を慕っているのかもしれないが、俺にはけいもアンタも守る義理もメリットも無い。
それに俺はアンタがDKに扮して長井を妨害したという弱みも握っているが? 頭を下げて此方に従うのはお前だぞパワフル」
薄ら笑いをする俺を、パワフルは睨みつけ口調に怒りを露わにさせた。
「アンタって本当性格悪いわね。折角助けてあげたのに。その恩をダシにして脅すなんて」
「その件は一応感謝はしておく。が、もっと他に方法あっただろ……。あの頭痛は死ぬかと思った、本当に三途の川が見えたぞ」
「一体誰に似たのかと思ったけど、絶対母親ね。あなたの母親もペラペラとよく口が回ったわ」
「は?」
……コイツは母も知ってるのか?
「高俊、あなたはどうしてさくら号に来たの? 私はもう分かってるのよ。でもどうして何も言って来ないの? 何考えてるの? 何か企みでもあるわけ?」
パワフルの言葉に、俺は唖然とした。
パワフルは、俺がさくら号に来た理由を知っている?
『もう1つの封筒を持って、別紙に書いてある住所の人へ、会いに行きなさい。
その人が封筒を読んでくれれば、きっとお前に希望をくれる。
俺の嘘を、本当のことを教えてくれる。』
俺は親父の手紙に導かれて、パワフル宛の手紙を渡す為にさくら号に住み込み始めた訳だが。
そうか。もうこの女は俺に何を話すべきか、親父の用事を分かって言っているのか……。
「あなたの顔を最後に見たのは8歳の時だった。だから最初は気づかなかったのよ。偽名だって気付いていれば、すぐに追い返していたのに」
「は? 8歳? 俺に会ったことがあるのか?」
8歳といえばおよそ10年前――。
ちょうど、母さんとお腹の弟が事故で死んだ時だ。
そこまで言うとパワフルは口を噤んだ。
いずれにせよ、もうこの手紙の内容を知っているのなら渡すべきだ。
俺はカバンから、手紙を差し出した。
「親父から、あんた宛だ。俺はこれをあんたに渡すために、さくら号に住んで様子を窺おうとした」
俺が親父の手紙を差し出すと、パワフルはジト目で俺の事を見た。
「高成さんから手紙? 何でずっと渡さなかったのよ」
「アンタが俺の事『嫌い』だの『出て行け』だの散々言ったからだろ! そんな状態で大事な手紙を渡せるか!」
「高俊は、高成さんからどこまで聞いてるの?」
「何を」
「……私とケイトの事よ」
「何も聞いてない。ただその手紙をあんたに渡せば、親父の嘘を教えてくれるとだけ書いてあった」
「はぁ? て事は、高俊は何も知らずにここに来たって事!?」
「……そうだが?」
パワフルは顔を手で押さえて、深い深いため息を吐いた。
「どおりで、何かおかしいと思った……。じゃあ私が『嫌いだから出て行け』って言った意味、本当に分かってなかったのね」
「だからずっと何故かと聞いていただろ……」
「分からないフリをしているかと思った。それはごめんなさいね。でも高俊、それでもあなたの事は嫌いよ」
「わざわざ言い直さなくてもいいだろ」
「その手紙に書いてある事は大体分かる。彼は私との約束を破ろうと……、いえ、もう破っているわね。そこに更に不躾なお願いをしようとしている。私は多分、その手紙を読んだら怒って破り捨てるわ」
「……」
俺は4人に向かって言った。
「おいお前ら。パワフルが手紙を破ろうとしたら全力で止めるぞ。これが5人で殴り込みに来た意味だ」
「オッケー」
「ちょっと、卑怯よそれ……。はぁ、取り敢えず読むから黙ってて」
そしてパワフルは、親父の手紙を読み始めた。
親父が死んで1年ちょっと。
遂に……親父の嘘を知る時が来るのか。
親父曰く、この嘘というのは俺にとっては希望の光らしいが。ポジティブな話かと思えば、パワフルが怒り狂う話でもあるらしいから謎だ。
1分程だろうか。読み終えたパワフルは、静かに手紙を畳んだ。
破り捨てるようなマネはしなかった。
「まぁ、大体、予想通りの事は書いてあったわ。で、知りたいの? 高成さんの大嘘」
「その為にさくら号に来た」
「その前に、みんなの前で話していいの? 完全に糸原家のお家の話だけど」
「いい。俺はもうコイツらには隠し事はしない」
それを聞いて、皆は嬉しそうに頷いた。
「本題に入る前に、あなたに聞きたかったことがあるの」
「何だ」
「あなたのお母さんと、生まれるはずだった弟は事故で死んだ。相違ない?」
「何故そこまであんたが知ってるか知らないが、そうだ」
「その2人に、憎しみはない?」
「何故事故で死んだ2人を憎まないといけないんだ?」
「……そうよね。じゃあ、自分の目で確かめなさい」
パワフルは、親父の手紙を俺に差し出した。
「え……」
「私の言葉より、本人の言葉がいいでしょ」
俺はそれを、恐る恐る受け取った。
パワフル本人が言うなら、もう、俺がこの手紙を読んでもいいのか……。
「あんたには朗報のハズ。……そう高成さんは信じているわ」
「……」
俺は少し息を吐いて、文章に目を通し始めた。
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遠藤美登里様
お久しぶりです。お元気でしょうか。
先日の僕が起こした事件に、大変驚かれていると思います。
美登里さんにまで迷惑を掛けてしまうことは重々承知ですが、お願いがあってこの手紙を高俊に持たせました。
殺人犯とは、当然関わりを断ち切りたいでしょうから、この手紙は必ず処分してください。
慶音の件、本当に感謝してもしきれません。
もう父親ですらない自分が言うのはどうかと思いますが、ここまで育ててくださったこと、感謝します。
あなたとの約束を破ってしまう事は重々承知ですが、再度お願いがあります。
高俊は僕のしたことで傷つき、突然のことで心が壊れてしまっています。彼は最後の望みを持ってあなたのところに来ている筈です。
お願いします。僕の代わりに、高俊に事実を話して頂けませんか。
慶音はもうあなたのお子さんであり、僕の子ではありません。
しかし高俊にとっては、かけがえのない、たった1人の兄弟なんです。
弟の存在を知れば、高俊の心の拠り所となり、きっと生きていく意味を再び見出せると思います。
そして僕という過去に縛られることなく、慶音と未来を見つめていってくれると信じています。
しかし高俊の性格上、あなたに頼らず1人で生きていこうとする筈です。
あなたと慶音を引き離すつもりは、僕には毛頭ありません。権利もありません。
高俊と慶音が、話を出来る空間を作って貰うだけで結構です。
殺人犯である僕の頼みなんて聞きたくもない筈です。
しかし、高俊は何も悪いことはしていません。
2人を引き離したのも僕のせいです。
慶音をあなたに押し付けたのも、僕のせいです。
しかし僕には、高俊を幸せにする義務があります。
どうかお願いします。
高俊と慶音を、普通の兄弟と変わらぬ環境で引き合わせてください。
そしてこれからも慶音を、よろしくお願いします。
糸原高成
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「嘘だろ……」
全て読み終えた俺は、息をするのも忘れていた。
こめかみを冷たい汗が流れ、喉はカラカラだった。
震える手で何度も読み返す。
過去にないくらい、俺は動揺していた。
「え……何が書いてあったの……?」
ひかるの問いに俺はすぐ答えられなかった。
代わりに4人にパワフルが答えた。
「高俊と慶音は、兄弟よ」
「は!?」
「なっ……」
「え!?」
「エェェエ!?」




