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100.おかえり、タカ


 

 俺はまだ少し痛む左腕を押さえながら、静かに口を開いた。


「最初から、全部話させてくれ。俺は“12月の国会事件”の犯人の息子、糸原高俊だ」

「何でずっと偽名なんか名乗ってたんだよ」


 まさかりさんが怪訝な顔をして言う。


「いきなり初対面の赤の他人に、自分が殺人犯の息子だなんて知られたくなかった。……想像してみてくれ、自分だってその立場だったらそうしたくならないか」

「それハ、分からなくもないけド……」

「じゃあ初対面じゃなくなった頃に、何で話さなかったんだよ? お前あれだけオレたちの事『信じてる』って言ってたよな? 嘘だったのかよ?」

「それは嘘じゃない。でもだからこそ『俺の事は信じて欲しい』と言っている手前、1年も名前を偽っていたなんて言えなかった」

「……」


 俺は目を伏せて、少し頭を下げた。


「本当に、悪かった」


 心からの謝罪だ。タイミングが悪かったとは言え、いつまでも言わなかった俺が悪い。

 俺が素直に謝っているのを見て、3人は閉口した。


 ひかるが氷水を袋に入れて持ってきてくれた。

 俺はそれを左腕に当てながら、再び口を開く。


「俺と親父の事、国会事件の前後、何があったか聞いて欲しい」


 コンドルが谷田貝である、という事を除いて(盗聴器が仕掛けられている為)、俺はゆっくりと全てを語り出した。






___________







 全てを語り終える頃には、腕に乗せていた氷は溶けてしまった。痛みは引いた。

 まさかりさんはただじっと俺の顔を見つめ、エリンギは途中でぐずぐずと泣き出し、じーさんは腕組みをしたまま目を閉じて聞いていた。

 俺は失笑した。


「何でエリンギは泣いてるんだ?」

「だってェ……、あまりにも辛過ぎテ……」

「ひかるから少しだけ聞いとったぞ。事件の後海に飛び込もうとしたと……。まさか、そこまでの事があったとはのぅ……」

「本当に、お前が死んでなくて良かったよ」


 ひかるは、要点は俺が話すべきと黒幕の事などは話さないでいてくれたようだ。

 余計に板挟みで居続けてしんどかっただろうに……。でも、お陰で自分の口から全部話す事が出来た。


「あの時見た海が、ダークの名前の由来だ」


 皆が、少し驚いた。


「ただただ暗黒の闇だった。だけどここに飛び込んで死ねば、この苦しみから解放されて俺がずっと会いたかった家族に会える。……そう考えると、その闇が希望の光にも見えた。

 “ダーク”というのは俺にとって希望で、親父を少しでも弔う事が出来そうな名前だと思った」

「そうだったんだね……」


 ひかるが目を潤ませて、頷いた。


「でも、ダーク結成の時にも言ってたよね。

『俺たちの決心が何色にも染まらない様に。目的に対する想いが黒よりも濃く、何者にも染まらない様に。俺たちの色が漆黒よりも濃く、混ざるように』って。アレもおれは好きだよ」

「あの時は正直俺たち5人が纏まるとかはどうでも良かったから、そっちの方はお前らを納得させるために咄嗟に言った。……でも今は、やっぱりそっちも悪くないな……」

「自分で言っといて、今更納得するのかよっ」


 まさかりさんのツッコミに、皆が笑った。

 ふぅ、と俺は一息置いて続けた。


「それで、順序が逆になって本当に申し訳ないが。先程長井との会話を聞いていたとおり、もう一度……ダークに協力してほしい」

「……」

「これは、本当に俺の為の闘いになるのかもしれない。だけど……前回の作戦で痛感した。

 大広間で無線が切れてお前らの声が聞こえなくなった瞬間、何も出来なかった。俺はただ威勢が良くて詭弁を並べるのが上手いだけで、一人だと本当に無力だ」

「……」

「お前らは……バカだ。バカだが、俺には到底手の届かない卓越した能力を各々持っている。その点尊敬しているし、頼りにもしている。……だから、頼む」


 俺は、椅子から立ち上がって皆に頭を垂れた。


「もう一度、俺に力を貸してくれ」


 頭を下げるなんて普段の俺なら絶対しない行動に、皆は驚いた。

 だが俺は、頭を下げる事ですら足りないと思っている。

 次のダークの最終的な目的は、長井と谷田貝を陥れる事だけだ。俺に協力するのはもう、4人にとって何のメリットもないどころかリスクだらけだ。逆の立場ならこんな非合理的な、自分の首を絞める事なんて絶対やらない。


「しかし前回の作戦は裏切り者のせいで失敗したじゃろ……。それを解決せん事には、また同じ事を繰り返すんじゃないかの?」

「……」


 じーさんがそう言うと、皆沈んだ顔になった。

 俺は携帯のメモ帳に素早く文字を打ち込み、皆に見せた。


『盗聴器があるからここでは喋れないが、大丈夫だ』


「え……っ」


 俺はしーっと唇に手を当てながら、また打ち直した。


『この中に、裏切り者はいない』


「!?」

「確かに裏切り者の件は解決していない……。このままでは長井の思う壺だ。だがもう、仮に分からずじまいになっても、8月になったら作戦を決行するしかない」


『その件は明日、場所を変えて改めて話す』


「そうじゃの……。分かった」


 じーさんが上手く同調してくれた。

 俺がニヤリと笑って頷くと、皆がホッとしたように笑顔になった。


「にしても高俊、人に頼むのにバカは余計じゃね?」

「全く、お前さんはいつも一言多いのぅ……」

「マァどっちにせヨ、ボクらも長井に逃げるなって言われてるけどド……」


 言葉とは裏腹に3人は笑って、頷き合った。

 そしてひかるに、何か目で合図を送った。


「タカ、座って」


 ひかるに促され、俺は大人しく座り直した。

 3人は無言でキッチンの方に消えた。


「目、閉じて。あと、左手を机に置いて」

「は?」

「いいから、早く」


 言われるがままに、目を閉じて左手を机に置いた。


「優輝先輩から聞いたんだけどさ。タカとお父さんがラーメン好きだったってのは知ってるけど、味玉を交換する為にポイントをマメに集めてたって本当?」

「は!?」


 何を話してるんだアイツは。そんな恥ずかしい事言いやがって……。

 話しながら、ひかるは俺の左手首に何かを付けた。


「おれさ、それ聞いた時笑っちゃったよ。お父さんがお金にだらしないから、反面教師でタカがケチになったって……。だからさ、タカが服とか身の回りのモノとかあまり買わずに、大事に大事に使ってたのは知ってる。おれはタカのそういうところ……好きだよ」

「……バカにしてるか?」

「違うよ、モノを大事にするって意味で、本当にそこが良いんだって……。

 それでおれが真剣に悩んでたら、何か様子がおかしいってエリンギにバレちゃってさ……。正直に話したら、結局みんなで何にしようって考えることになって」

「おい、何の話をしてる?」

「みんながタカの事を許そうってなったら、渡そうねって話してたんだよ。だからね、これはおれたち4人からプレゼント。目開けていいよ」


 目を開ける。電気が消され、暗くなっている。

 俺の左手首――監視腕輪の隣に、少し高そうな腕時計が付けられている。


「え……」

「タカ!」


 まさかりさん・エリンギ・じーさんが、満面の笑みで立っている。

 机の上に、ロウソクに火がついたホールケーキが置かれていた。


「これが、わしらの答えじゃ」

「糸原高俊くんっ! 19歳の誕生日!」

「おめでとオォオォ!!」


 4人がクラッカーを同時に鳴らした。

 呆気に取られた。そうだった。


 今日、3月21日、俺の誕生日だった。


 俺が唖然とする中、まさかりさんがハイテンションでバースデーソングを熱唱し、皆がノリノリで合いの手を入れる。

 急な展開で付いていけない。クラクラする。

 まさか、俺が謝る前から皆でこれを準備してたというのか……?

 皆の笑い声と、腕に付けられた腕時計と、目の前のケーキの揺らめくロウソクの炎と、プレートに書かれた『タカ Happy Birthday』の文字を見て。


 ぷつんと、何かが切れた。


 ぽたり。

 何の前触れもなく、目から大粒の涙が溢れた。


「え……っ」


 それを見た皆以上に、俺が一番驚いた。

 しかも、ポロポロと後から後から流れ出して止まらない。


  ……あぁ、そうか。

 俺、実は相当メンタルやられてた。


 俺が捕まってから、この2週間ちょっと。毎日ずっと死線にいた。

 一手間違えれば取り返しのつかない状況で、取り調べや長井との面会や青山との会話やさっきの通話でも、必死に考えて言葉を選んで絞り出して。

 ずっと四面楚歌で、多分自分でも思った以上に気が張っていた。


 でもやっと、さくら号に帰って来れた。

 このバカな輪の中にやっと戻って来れて、心底ホッとしている。

 そして今緊張の糸が切れて、ダムが決壊するように溢れ出した。


「っ……」


 涙が止まらない。歯止めが効かなくなり、動揺して俺は逃げ出そうと席を立った。

 その肩をまさかりさんに押し込められ、強引に座らされた。悪魔の微笑みだ。


「逃げんな! ロウソクの火を消せ!」

「離せ、無理だ。こんなのイジメだろ……」

「ほれ。泣くならここでいっぱい泣くんじゃよ」


 じーさんがタオルを差し出すのを、受け取って顔を覆った。

 女々しい。恥ずかしい。感情が溢れて止まらない。この俺が人前で泣くなんて。

 でもそれ程、この2週間半本当にしんどかった……っ。


「ひかる!」


 エリンギがひかるに駆け寄り、耳打ちする。


「え!? いや、でも……」

「いいかラ! 絶対喜ぶかラ!」

「う……っ」


 エリンギがひかるの背中を無理やり押して、俺の前に立たせる。


「た……タカ」


 ひかるはそのまま、座って項垂れる俺の頭を抱き寄せた。


「!?!?」

「警察に捕まってから色々、本当に本当に辛かったよね。一人で頑張ったね……。でも、取り敢えず今は一息つけるのかな。料理沢山作ったから、いっぱい食べてゆっくり休んでね。愚痴も沢山聞くよ」

「っ……」

「おかえり、タカ。ちゃんとさくら号に帰って来てくれて、ありがとう」


 ひかるの腕の中が、暖かくて居心地が良くて。

 ……もう、どうでも良くなった。

 脇目も振らず、俺はひかるの腕の中で頭をもたれて、堪え切れず嗚咽を漏らしながらひとしきり咽び泣いた。


 ひかるも俺の頭の上で、少し泣いているようだった。

 他の3人はそれを茶化さずに、俺が落ち着くまでただ見守っていてくれた。


 ……おかえり、か。

 俺には、ちゃんと帰る家がある。

 もう二度と、誰にも壊させはしない。



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