10. 1st DARK outside ①
outsideは警察(青山)視点です。
2073年5月5日
長井邸(首相公邸)
午後6時半、長井敏郎結婚記念パーティ開場。
警察の警備人数:15人。
長井が総理になってから莫大な資金により建て替えられた首相公邸は、広大な敷地に豪壮な建築・美しい大庭園が臨める立派なものである。
会場は、長井邸のほぼ中央に位置する、大広間。壁も床も全面大理石の白を基調とした空間に、照明が眩しいほど明るく照らしていた。その空間に、ボディガードを引き連れたパーティ客が続々と入場してきた。
青山は、長井邸の出入口の警備にあたっていた。
出入口ではパーティの受付をしており、客やボディガードは必ずここを通過する。つまり、怪盗が客に混ざって侵入したとすれば、必ず青山の目の前を通って行くということだ。
客は、主に政治家、大企業の代表、希に著名な作家など。見ていて知っている顔が多いので、青山は名前を思い出そうとするだけでも十分暇が潰れた。
しかしその時、年配の男女が客の殆どを占める中で、一際目立つ客がやって来た。
今回の客には珍しい、金髪白肌の外国人の若者だ。おまけに彼は、室内にも関わらずサングラスをかけて登場した。
青年はボディガードも引き連れず一人で、受付の前で口を開く。
「いらっしゃいませ。お名前は」
「あぁ……、マイケル・エレンジです」
青山はそれを見てボンヤリ思い出した。
“エレンジ”……?
……あ、もしかして“エレンジャーズ”の!? そうか……、彼はあそこの社長の御曹司だ。
歳は20くらいか? 若いのにこういうパーティに参加するとは、名家の子息も大変だな……。
「では、会場はあちらを真っ直ぐになります」
「分かりました」
すると彼はこちらを向いて歩きだし、サングラス越しに青山と目が合った。
「お疲れ様です」
見た目に反して(失礼だが)そう流暢な日本語で言うので、驚いた。
全く言葉の濁りがない。
もしかして、長い間ここ(日本)に滞在してるのか? 御曹司だからといって気取ったりしてないのが好印象だった。
___________
午後7時57分。
犯行予告時間3分前。
結局特に怪しい人物が現われることなく、パーティは始まっていた。
パーティはまず、長井の長ったらしい挨拶から始まり、次に長井から夫人に、ティアラのプレゼント。ティアラはその場で堂々と、夫人の頭に乗せられた。
そしてワイングラスを片手に乾杯をし、食事会や名刺交換がスタートする。今は各々が自由に談笑しているところだ。
仮に怪盗が現われるとしたら、恐らくこの大広間に現われると青山は踏んでいる。だとすれば、ここの出入口を完全に塞げばいいのだが……。
やはり、犯人のターゲットに目星をつけておきたい。
“金色の宝”ねぇ……。
会場には金色のモノが溢れかえっている。
そして金目のモノという意味を指すにしても、同じく。
あまりにも怪盗の狙うモノの目星をつけることは難しいので、少し気持ちを落ち着かせて、状況を整理しよう。
長井邸は3階建て、会場となっているこの大広間は、一階の中央に位置する。
怪盗が侵入してくる可能性があるのは、
正面玄関・5つある非常口・各部屋の窓
正面玄関や全ての非常口に警備をおいているし、窓は防犯ガラスだ。何より敷地内外の防犯カメラが侵入者を検知すれば、けたたましくアラームが鳴る。
そもそも客一人一人にボディガードがついている。そして青山は現在、会場の入口を警備している。
「青山さん、ぶっちゃけどう思います?」
少し離れて隣りに立つ、部下の萩本が言った。
「怪盗か?」
「えぇ」
「ぶっちゃけ、現れないな」
「やっぱり」
「けどぶっちゃけ、現れてほしいな」
「え、そうですか?」
萩本は怪訝な顔、というよりは、驚いた顔で青山を見た。
「意外ですね。正義感の強い青山さんが」
「正義感もあるが好奇心もあるんだよ。
もし仮に現れたとして、一体どう盗むのかってな。
ま、ドラマみたいに期待しない方がいいだろうけど」
「きっと“怪盗”と“強盗”の区別もつきませんよ」
その言葉に苦笑する青山。
だよな。何を期待してんだよ。
第一、今の今まで何も異常はなかった訳だし。期待しても、もう無駄。
怪盗なんて、現実離れしたものを……。
「……そろそろだ、萩本」
大広間の壁にある、値打ちのありそうな時計に目を移す。
鐘が鳴る30秒前。
青山は、ゆっくりと腰の辺りに手を触れる。
拳銃と麻酔銃……、大丈夫。もしも犯人を逃がした時は、麻酔で眠らせる。拳銃は最終手段で、動きを鈍らせるために使う。
撃つ覚悟は、何時だって出来ている。
さぁ、来い怪盗。
期待を裏切らないでくれ。
ゴーン、ゴーン……
午後8時ちょうどを告げる鐘が鳴った。
この瞬間、すっかり油断しきっていた客たちでさえも警戒したために、会場は鐘の音のみの静寂に包まれた。
ゴーン、ゴーン……
最後の鐘が鳴り終わった時、
午後8時0分10秒
何か特別、変わった様には思えない。
上、右、左、後ろ、ついでに下も。
見回しても、結果は同じ。
20秒。
会場にざわめきが戻ってくる。
それでも警戒を続ける警備側。
30秒。
「……はは」
完全に身体の力が抜けた。
青山は隣の萩本と顔を見合わせる。その瞬間、一気に襲う脱力感。
40秒。
「ま……、当然の結果だな」
「はは」
苦笑いしあう互いの顔は、どこか残念そうだった。
まぁ、予想通りだったが。骨折り損だったという訳だ。
50秒。
「ま、これで俺らは退散出来るわ」
54秒。
「ふ……、そうですね」
56秒。
「穏便に仕事が済んで、よかったよかった」
58秒。
「じゃ、皆に指示を――」
その時、突然。
辺りがフッと闇に覆われ、視界が無くなった。
「!?」
8時0分59秒
ギリギリ予告時間内。
眩しい会場が一転、照明が落ち一気に暗闇に包まれた。
会場の空気は張り詰め、悲鳴が飛び交い、皿の割れる音が響く。
おいおい、まじか……!?
まさか、本当に怪盗が現れるのか!?
そんな中で、プツッと小さな音がした。何故か会場のスピーカーの電源が入ったらしい。
「上級国民の皆様、ご機嫌麗しゅう。ご歓談の最中、突然割り込み申し訳ありません」
声はやはりスピーカーから発せられ、機械によって声が変えられている。
「予告の通り参上しました。
私は怪盗。名はダーク。以後お見知りおきを」
怪盗・ダーク!
何だお前は。この会場内にいるのか?
先程までの光が強過ぎて、なかなかこの暗闇に目が慣れてくれない。
しかし客達は携帯のライトを照らして、自らの視界は確保出来ている。怪しい動きをする人間が居れば、誰かが気づくはずだ。
「まずは総理、本日は結婚30周年おめでとうございます」
「うるさいうるさいうるさいっ!」
暗闇のどこからか、長井の叫び声。
「貴様は一体何なんだ! 何故私の邪魔をする?」
「私は怪盗ですから、価値のある宝を盗みに来たまでですが?」
「だから何を狙っている?」
「予告した筈です、“カネイロの宝”と」
会場内にいる長井と会話が成立してる……。ということは、怪盗は間違いなく今、この大広間に……!?
「何をしている警察! 早く捕まえろ! 相手はたかがネズミ一匹!」
そんな事は百も承知なのだが、誰が喋っているのかまでは分からない。
そもそも怪盗も、皆が警戒している中身動きできないハズだが?
「宣戦布告です、長井総理。これから私は何度も貴方の元へ現れ、破滅まで貴方のモノを盗み続けます」
「……!」
「そして貴方が弱者の痛みを知った時、これまでやって来た悪行の全てが暴かれる事でしょう」
「貴様! 何を言っている!?」
怪盗ダークの目的は、長井の破滅……!?
おいおい、これは……。
青山は、暗闇の中笑ってしまった。刑事として有るまじき感想だが、面白くなってきてしまった……!
「それでは“金色の宝”は頂戴しました。皆さん、どうぞ刮目あれ」
次の瞬間、閃光が俺たちを包んだ。
「っ!?」
いや、厳密には閃光ではない。
照明の光だ。だが先ほどの比ではない出力で照射され、しかもそれが会場全体の大理石に乱反射している。
暗闇の中怪しい人物がいないか目を皿にして警戒していたこの場の全員には、不意打ちだった。
会場の誰しもが、目が眩んで30秒ほど視力を失った。




